フランドールの禁断書架 ~つよつよ美少女吸血鬼、いろんな日常をちょっと覗き見してはメモってます~

つよつよ妹吸血鬼、外の世界で収集物自慢をする。
サク_ウマ
サク_ウマ

第一編:夜と虫けら

公開日時: 2021年10月2日(土) 13:20
文字数:6,234

 ……おまたせ。それと、よおこそ「永遠に紅い禁断書架」へ。

 私はフランドール・スカーレット。道楽でここの管理者をやっているの。

 貴方が一人目の来訪者よ。歓迎するわ。


 うふふ、「どうして小さな女の子が一人で?」とでも言いたげな顔ね。

 心配しなくても、裏に優秀で愉快な従者も控えているもの。それに流石に外の人間が私を害するなんて少々無理がありすぎるわ。こう見えても私、妖怪なのよ?


 ……「何が禁断なのか」? そうねえ。

 まず一つ、ここで収集しているのは、私が「平行世界の私」に接触を図って集めた、平行世界の記録なの。その時点でもう、なかなか見られない、禁断の書物だと思わないかしら。

 もう一つ、私の普段暮らしているのは「幻想郷」と呼ばれている土地なのだけど……知らないでしょう? ええ、当然よね。外の世界――ここのことを幻想郷ではそう呼ぶの――と幻想郷とは、結界で隔てられているのだもの。


 幻想郷は、古き法則の息づいた人外化生の楽園。神が座し、妖精が遊び、妖怪の棲む、貴方達からするならきっと、御伽噺のような世界。外からは見られないように普段は隠されているのだけど、そこの管理者が空間を繋げて、外の世界の人間へ、私の収集物を公開するよう言われたの。

 だから、ここは「禁断書架」。普通は見れない、隠された物語の集積所。

 ……あいつは一体何を考えているのかしらね。説明不足にも程があるのだけど。


 あら、その顔は信じていないわね。

 別にそれでも構わないわ。私は単なる引きこもり、幻想郷のことを広めるだとかの大層な考えは持ち合わせてなどいないもの。

 ただ、私の収集物を見せるにあたっては、私の住んでいる土地のことを説明しないといけないでしょう?

 いきなり異界の物語なんか見せられたって、面食らってしまう筈だものね。


 ああ、そうそう。

 もう一つ注意しておくと、私達の倫理観は外の世界とは異なるの。

 飛んでいける距離に冥界があり、腕の欠損ごときでは死なず、場合によっては死んでも再び蘇る。

 そんな世界で、貴方達と同じ倫理観なわけないでしょう?

 だから、恐ろしくても拒絶しないで頂戴。それが私達の「普通」なのだから。


 前置きが長くなっちゃったわね。

 自由に読んで行って頂戴、と本来なら言いたかったのだけど、今のところは結構な数が白紙なのよね。平行世界に接触できるようになったの自体が比較的最近のことだから、まだまだ記録できていないものが多いの。恥ずかしい限りだわ。

 だから、とりあえずは私が選んで押し付けさせてもらうわね。


 そうねえ。

 一見の貴方には、これなんてどうかしら。

 残念ながら作中に出てくる彼女たちとは、平行世界の私達でも面識すらないのだけれど。けれど幻想郷を知るには、この話が一番参考になると思うわ。


 一応、登場人妖の紹介をしておくわね。


 ルーミアは宵闇の妖怪。周囲に闇を纏わせることができるわ。決まった住処を持たずにうろうろ転々としている、いわゆる野良妖怪ね。

 リグル・ナイトバグはホタルの妖怪。ここの世界では虫を操ることができるだけだと聞いているのだけど……まあ、詳しくは本編で、とだけ言っておくわ。

 ミスティア・ローレライは夜雀という妖怪よ。彼女は趣味でヤツメウナギの屋台をしていることが有名かしら。それ以外は人を鳥目、夜目が効かないようにするだけの至って無害な妖怪ね。


 そろそろ私は書架の整理に戻るわ。のんびり楽しんで行って頂戴。……いえ、間違えたわ。

 御免なさいね。ここを外に繋げられたとき、必ず言っておきなさいと言われた定型句があったのだけど……そうそう、思い出した。

 それじゃあ改めて、――『ゆっくりしていってね』。












 むかしむかしからあるところには、宵闇の妖怪が住んでいました。

 宵闇というのは、夜、そして暗がりのことです。ですから宵闇の妖怪というのは、夜と暗がりの妖怪ということですね。

 宵闇の妖怪は、いつも夜のように黒い服を着ています。ひとみは夕焼けのように赤く、満月のような金色の髪には、これまた朝焼けのような赤色のリボンをつけているのでした。

 宵闇の妖怪は、名前を「ルーミア」といいます。

 いつもいるのは、妖怪キノコのずらりとはえた、薄暗い森のなか。みんなからは、「魔法の森」と呼ばれるところです。

 そして、その魔法の森をはじめ、ひとたび迷うと出られないという竹やぶや、天狗が住んでいるという山など、あたり一面を全部まとめて。

 その場所は、ふしぎなものの住んでいるところ、「幻想郷」、と呼ばれていました。



 もしかしたら、みなさんはもう知っているのかもしれませんが、夜というのは、めんどくさがりやです。

 だから毎日、お日さまが向こうの方から顔を出すと、けんかなんかはめんどくさくてやってられないよ、とばかりに、夜は山の向こうへと、すぐに隠れてしまうのです。

 暗がりもまた、おんなじですよね。まっくらなお部屋も明かりをつけると、暗がりはすぐに、どこかへ出て行ってしまいます。

 明かりや朝とけんかすることは、夜や暗がりにとっては、とても、めんどくさいのです。

 ですから夜と暗がりの妖怪、宵闇の妖怪ルーミアも、それはそれはたいへんな、めんどくさがりなのでした。


 こんな話があります。

 ルーミアはお肉が大好きです。ですがお肉を食べるのに、がんばりたくはありません。

 ルーミアはにんげんを食べます。兎や、ほかの動物も食べます。ですが、にんげんやほかの動物と、けんかしたくはありません。

 考えこんだルーミアは、「じさつ」するにんげんを、さがすことにしました。そして、そのにんげんに、残ったお肉は食べていいかな、と訊いたのです。

 おかげでルーミアは、だれともけんかすることなく、ときどきお肉を食べることができるようになったのでした。


 さて、とある寒い寒い秋の日のことです。

 いつものように、ルーミアは、「魔法の森」のあるところで、ぼうっと寝転がっていました。

「考えごとをするのは、めんどくさい。立つのも、座るのも、めんどくさい」

 ルーミアは、そのように思っていましたから、なにもないときは、いつも、ぼうっと寝転がっていたのです。

 すると、なにやら向こうの方から、どさりと、まるで、なにかが落ちたような音が聞こえました。

「なんだろう」

 と、ルーミアは思いました。

「行き倒れの、にんげんだったらいいな。動物でもいいな」

 ルーミアは、そう思いながら、ふわりと浮かんで、音のしたところへ向かいました。

 ちなみに「行き倒れ」というのは、たとえば、おなかがすいたのに食べものがなかったり、寒いのにあったかい服がなかったりしたにんげんが、ばたり、と外で倒れてしまうことです。こういったにんげんも、ルーミアや、ほかの妖怪たちの食べるお肉になるのですね。


 はたして。

 ルーミアの行った先にいたのは、たしかに「行き倒れ」ではありました。

 ですがその「行き倒れ」は、にんげんでも、そして動物でもありませんでした。

 「行き倒れ」は、ホタルの妖怪でした。

 「行き倒れ」のホタルの妖怪は、草原のような緑の髪と、森林のような、緑のひとみをしていました。からだは大きな黒いマントにおおわれていて、頭には黒い、それこそ虫のような触角が二つ、ひょっこりとのびているのでした。

 ホタルの妖怪の名前は、「リグル・ナイトバグ」。みんなからは、「リグル」と呼ばれています。


 ルーミアがリグルに近づくと、リグルはその触角をゆらゆらさせて、ルーミアの方に顔を向けました。

「まだ生きてる?」

 と、ルーミアは訊きました。

 リグルは、うなずいて、

「もうじき死ぬよ」

 と、言いました。

「もうすぐ死ぬから、食べるのは、そのあとにしてくれないかい。いたいのは、やっぱり、いやなんだ」

 そのようにリグルが言ったので、ルーミアは首をかしげました。

 それもそのはず。ふつう「行き倒れ」のにんげんは、ルーミアの言葉に、

「死にたくない」

 と、なきながら言うか、

「ころしてくれ」

 と、お願いするかの、どちらかだったのですから。


「死にたくない、って言わないの?」

 と、ルーミアが訊くと、リグルは、首を横に振りました。

「それなら、ころしてくれ、って言わないの?」

 それにもリグルは、首を横に振ります。

「不思議なひとね」

 と、つぶやいたルーミアに、

「そうかもね」

 と、リグルは言って、ふふ、とほほえみました。

「それはきっと、私が毎年、秋に死んでは、春に生き返るからだと思うよ」

 そう、リグルはルーミアに言いました。


 ところで、虫って不思議ないきものですよね。

 夏になると、色々な虫を見かけます。

 カとか、セミとか、ホタルとか。

 秋にもさまざまな虫がいますね。

 スズムシ、コオロギ、キリギリス……。

 ところが、冬になると、ぱったりと虫を見かけることがなくなります。

 冬の初めの頃などは、虫の死がいなら、いろんなところに落ちています。

 ですが、それも、中ごろになるとめったに見なくなりますよね。

 そうして、春になるとまた、どこからともなく、虫たちは、あらわれるのです。

 まるで、生き返るみたいに。


 え?

 虫は卵で、それか冬眠して冬を越す、ですって?

 たしかに、私たちにとってはそうなのかもしれません。

 でも、妖怪たちにとっては「見た目」がいちばん、大切なんです。


 もしかしたら、地震は土の下の大きなナマズが起こしているのかもしれない。

 もしかしたら、山彦は山に住んでる妖怪が大声を返しているのかもしれない。

 もしかしたら、迷子になった子供たちは、天狗にさらわれたのかもしれない。

 そして、もしかしたら、虫は春になると、生き返るのかもしれない。


 そんな「もしかしたら」がつみ重なって、妖怪というのは、うまれるのですよ。


 リグルとルーミアの話に戻りましょう。

 それからルーミアは、リグルのとなりに寝そべって、ぼうっと、空をながめていました。

「つまらないな、ってならないの?」

 と、リグルはたずねましたが、

「でも、立つのも、座るのも、めんどくさいから」

 なんて、ルーミアが言ったので、リグルは、

「そうかい」

 と、それだけ言って、そのまま、口をとじました。


 しばらく、そのまま時間がたちました。

 どれくらいかというと、まだ青かった空が、あかあかと、夕焼けに染まりきるぐらいまでです。

 そうして、ようやく、リグルは口をひらくと、

「ほんとうは、食べてほしくもないんだ」

 と、言いました。

 ルーミアは、しずかに、それを聞いていました。

「ねえ、ミスティア・ローレライ、という妖怪を知っているかい。桜のような髪の色をして、背中のはねが、こうもりのつばさに、鳥の羽毛をならべたような、ふしぎなかたちをしているんだけど」

 と、リグルは言って、ルーミアの方を見たのですが、ルーミアは、ただ、首を横に振っただけでした。

「まあ、とにかく、もしできたらでいいんだけど。そのミスティアに、私のしかばねを、持っていってあげてほしいんだ。ミスティアは、ヤツメウナギのかば焼きを、いつも屋台で売っているから、においですぐに、見つかると思う。私のしかばねを渡したら、ミスティアはきっと、やつめうなぎのかば焼きを、ごちそうしてくれるはずだよ。だから、わるい話ではないと思うんだ」

「いやだよ。めんどくさいもの」

「うん、そうか」

 と、リグルはうなずいて、言いました。

「どうして、持っていってほしいの」

 と、ルーミアが訊くと、

「それはね」

 と言って、リグルは、話しだしました。


「それはね、私とミスティアが、約束をしているからなんだよ。

 どんな約束かというとね、毎年、私が死んだら、そのしかばねを、ミスティアに食べてもらうんだ。

 どうして、そんな約束をしたのか、というとね、ミスティアが、けっして私を、食べ残さないでくれるからなんだよ。

 私は虫の妖怪だから、寒くなったら、からだが動かなくなるし、もっと寒くなったら、かんたんに死んでしまうんだ。それは仕方ないと思う。そのしかばねを、だれかが食べることだって、ふつうのことだと思うよ。

 だけど、もしも私を食べるならせめて、食べ残さないでほしいんだ。食べのこされた私のしかばねを、捨てられるのははらが立つし、それに、それを知り合いに見せてしまうのは、あんまり、よいことではないからね。

 そう、ミスティアはかならず私を、ぜんぶ食べきってくれるんだ。くし焼きにして、売っているって言っていたから、みんなひとりで食べているのではないらしいんだけど。それはいいんだ。私は、ひとりに食べてほしい、なんて思ってはいないから。

 なにより、ミスティアのひとみが、すてきなんだ。

 ミスティアの、食べものを見るそのひとみは、とても真剣で、私も見とれてしまうぐらいなんだ。その理由はきっと、ミスティアが、食べものを売っているからだろうね。食べられるものを捨てることが、どんなによくないなことなのか、ミスティアは、よくよく分かっているんだよ。

 だから、私は、ミスティアのひとみを、一目見たときに、思ったんだ。ほかの誰よりも、ミスティアに、私を食べてほしい、って」


 そうして、リグルが口をとじてからも、ルーミアは、言葉をこぼすことはありませんでした。

 それを見て、リグルは、

「どうせ、そのからだの大きさだと、私のことを食べきることはできないよね」

 と、言いました。

 ルーミアは、そんなことはない、と思いました。なにせ、ルーミアは、リグルよりも背の高い、「行き倒れ」や、「じさつ」したにんげんを、7日ほどかけて、なんども食べきったことがありましたから。

 ですがルーミアは、それを口にはしませんでした。それは、リグルのもとめているものではないと、ルーミアは分かっていたのです。

「それなら、私を食べないで、ミスティアのところに持って行って、かわりにヤツメウナギのかば焼きを、ミスティアにもらう方が、ずっとずっと、まんぞくできると思うんだ」

「めんどくさいなあ」

 と、ルーミアは、ほんとうに、めんどくさそうに、言いました。

「そうかい。ざんねんだよ」

 と、リグルは言って、それから、息をすいこむと、大きな声で、言いました。

「ああ、今年も、私のことを、ミスティアに食べてほしかったなあ!」


 そうして、リグルは、こときれました。


 ちからのぬけたリグルを見たルーミアは、起き上がると、そっと、リグルのからだをゆすりました。そうして、リグルが、ちっとも動こうとしないのをたしかめると、ルーミアは、リグルのうでを、ゆっくりと、自分の顔の前まで持ち上げました。

 そうして、ルーミアは、リグルのうでを、じっとしばらく見つめると、そのまま、かじりつくこともしないで、そっと、もとのところに戻したのです。


 そのまま、ルーミアは、じっとリグルのしかばねを、ただただ見つめつづけました。

 あかあかと夕焼けに染まった空が、だんだんと青く、暗くなっても、ルーミアはそのまま動きませんでした。

 山の上にいたお日さまが、山の後ろに隠れきって、宵闇がまっくろに空を染め上げても、ルーミアはちっとも動きませんでした。

 まっくろに空を染めきった宵闇が、ふたたび反対の山の後ろから顔を出したお日さまに、空を追い出されてしまうまで、ずっとルーミアは動きませんでした。


 ルーミアが、そのとき、なにを思ったのかは、だれも知りません。

 リグルの言葉に心を動かされたのか、なにかめんどうなことがあったのか。それとも、べつに、なんにも考えていなかったのかは、誰にも分かりません。


 ですが、ひとつ、たしかなことには。ルーミアは、それからしばらく、ヤツメウナギのかば焼きには、まったく、こまらなかった、ということです。


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