眩かった閃光がやみ、次第に視覚が戻ってくる。
ぼやける視界を取り戻そうと目を擦った後、どうにか瞼を開く。
すると目の前には先程まで存在しなかったナニカが鎮座していた――
「これは……たま……ご?」
そこには深みのあるブルーに昏いモスグリーンが斑らに入り混じった、リンゴほどの大きさの球体が転がっている。
決して鶏卵のような形状ではなく真円に近いナニカだったが、何故かは分からないが彼にはそれが何かのタマゴに思えた。
「うーん、なんでタマゴに見えたんだ? どちらかっていうとまるで地球のような……」
『続いてチュートリアルを開始します。ユーザー名を入力してください』
左手に握り締めていたスマートフォンから先程と同じ無機質な女の声が流れた。
ユーザー名? 俺の名前を言えばいいのだろうか。
「御神本 那由多だ。……これでいいのか?」
『ユーザー名、ミカモト=ナユタ様。……認証完了。第一段階、星の揺籠に生命エネルギーを転送してください』
「星の揺籠? 生命エネルギーってなんのことだ?」
『ヘルプを起動。星の揺籠は宇宙の卵。全ての起源であり、全ての終末。貴方は世界の親となり、世界の子ども《チャイルド》は貴方となる』
「い、意味が分からん。つまり俺はどうすればいいんだ?」
『……星の揺籠に手を当て、温めてください。ナユタ様のその生命の鼓動が、ここに新たなる世界を創るのです』
ヘルプにならない説明を言い終えるとガイドは沈黙した。
気は進まないがここまできたら最後まで付き合ってやろうじゃないか。
転がっている星の揺籠とやらを両手に持ち、目を閉じて集中する。
――なんかSFのような話だ。そういえば最近は忙しくて映画やラノベも読めてなかったな。追っかけてたあの小説、新刊出てたんだっけ……
そんなことをつらつらと考えていると、段々と手のひらがじんわりと暖かくなり、次第にタマゴが熱を持ち始めた。
気のせいかドクンドクンと脈を打っているような感触もしてくる。
「ちょ、ちょっと不味くないか!? なんかブルブル震えてるぞ? って熱ッ! 熱くて持てねぇぇえ!」
火にくべた焼き石のような熱さになったタマゴを思わず落としてしまったナユタ。
鳥の卵のようにグシャリと潰れることはなかったが……
――ピキリ。ピキピキピキ……
「や、やっちまったか!?」
『星の揺籠の胎動を確認。第二段階へ移行。これにより世界を始動します。おめでとうございます、元気な世界ですよ?』
スマホの音声ガイドの巫山戯たメッセージが流れる。
――勝手に人を訳の分からないタマゴの親にするな。そう文句を返そうと口を開いた瞬間……割れたタマゴの中からピンポン球の大きさのナニカが飛び出し――――そのままナユタの左眼球に突き刺さった。
「――ッッガァァァアアアア!?!?」
顔面からボタボタと血を流し、洒落にならない痛みに絶叫をあげながら蹲るナユタ。
幸いにして頭部を貫通することは無かったが、左眼の視界は完全に喪失した。
医師免許を持つ彼であれば、正常な状態であったならすぐに自身へ応急処置を行えたであろう。
だがしかし、いきなり自分の左眼を失う事態など初めてだ。抑えようのない痛みに悶え苦しむ彼が辛うじてできたことは、自ら意識を手放すことだけだった。
◆◆◇◇
「うっ……ぐうぅう……」
あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。
なぜか左眼からの流血は治まり、痛みも無くなっていた。
割れた眼鏡を外し、顔面を撫でてみるが特に違和感は無い。
……いや、明らかな変化がある。
視界は取れているが、どこか俯瞰的というか。
自分の眼で見ているのではなく、一度カメラのレンズを通してテレビを観ているような感覚。
自分が見ているのに、まるで誰かが視界に介入してしるような錯覚に陥りそうだ。
「いったい俺は……クソッ、そもそもここはどこなんだよ!!」
そう。現在ナユタが立っているのは先程まで居た暗黒空間ではなく、茶色一色の岩が転がる荒れ果てた荒野。
背後を振り返れば、どこまでも続くブルーの絨毯が波打つ平原。つまり大海原だ。
地球で感じた時と同じ、海の香りと潮騒の音楽。
そして肌を刺すような太陽の熱が、呆然とするナユタを更に混乱させる。
「ここは……地球のどこかなのか?」
『いいえ、ナユタ様。ここは新たな世界。そして貴方は新世界の神となりました。御誕生、おめでとうございます』
これまでの出来事全ての原因としか思えない奴の声が、再びナユタの耳を苛つかせる。
「お前ッ、いい加減にしろよ!! いったい俺に何をした!? ここはどこだ! 全部分かるように説明しろよ!!」
普段は冷静で温厚な彼も、こればっかりは流石にキレた。
電話の向こうにナニがいるのかは不明だが、現状唯一会話ができる相手だ。
正体不明なアプリを開いたままのスマホを片手に怒鳴りつけるナユタ。
しかしスマホから返ってきたのは、相変わらず感情を感じさせない平坦な音声だった。
『私は策定されたガイドラインに従い、ユーザーであるナユタ様にサービスをご提供しているだけでございます。そしてここは貴方様がお創りになられた世界です。最もお詳しい方は創造主であるナユタ様、貴方ですよ。……それでは、第三段階を開始してよろしいでしょうか?』
「……お前に聞いた俺が馬鹿だったようだな。やれよ。どうせこれは夢でも何でもなく、どっかの誰かの面倒事に巻き込まれたって事だろ……もう、好きにしろよ」
もうここまで来たら続けるしか無い。
なるようになれと半ば諦めたナユタは、ゴツゴツとした岩肌の地面に足を投げ出すように座った。
『…… 第三段階の遂行が承認されました。それではナユタ様。メイキングを始めましょう。まずはアプリのエディターを開いてください』
「……エディター? えぇっと、この歯車のマークか?」
スマホの設定や編集モードによくあるマークをタップし、エディター画面を出してみる。
色々な名称の項目や時計のマーク、音量のようなスライダーゲージなどが沢山並んでいる。中には操作していないのに変動しているメモリさえあった。
『現在は誕生からある程度経過した地球をモデルとした初期設定となっております。ただし生物は必要最低限しか存在しておりません。また温度、空気組成、その他の環境は一ヶ月間のみ保持される設定となっています。従いましてナユタ様は一ヶ月以内に生活環境を整え、この生まれたばかりの星で生き残ることが当面の目標となります』
――ちょっと待て。なんだそれは?
俺がこの星全ての環境を整え、生物が暮らせるようにしなくてはならないと!?
そんな無茶苦茶なことが出来るか。
やれるんなら俺は元の世界で政治家か宗教の教祖でもやってるわ。
「それは……俺一人でやらなくてはならないのか?」
『いいえ、ナユタ様。貴方様のその神としての権能を用いて新たな生命体を創造することができます。早速お試しになられますか?』
どうやらアシスタントを創ることが出来るらしい事実を聞いて、安堵の溜め息を吐くナユタ。
流石に独りでこの星を生命あふれる状態にするのは無理だ。
それに医者として生命体を創り出すというのは非常に興味深い。遺伝子からモデリングして培養育成でもするのだろうか。
ちょっとワクワクしてきた彼は、ガイドの声に期待を込めてイエスと答えた。
『それではアプリのカメラ連携を許可してください』
「……は?」
『カメラとの接続をとっとと速やかに許可しやがれください』
――どうやら俺は耳までコイツに侵されてしまったらしい。
……なんかもう、いいや。
考えることを放棄した俺は大人しくスマホのアプリのカメラスキャン機能を呼び出し、カメラとの連携を許可した。
『そうやって最初から素直に従えばいいのです。試しにその壊れた眼鏡をスキャンしてみてください』
「眼鏡? はぁ、まぁもう壊れちまったから別にどうなってもいいけどさ……」
お気に入りで大事にしていた赤縁眼鏡をスマホを翳して撮影ボタンを押す。
カシャリ、と定番の効果音がなると、何かをロードしている画面が表示された。
これで良いのか?と首をかしげているうちに、完了のボタンが出てきた。
「『クリエイトしますか?』ってあるけど、これをタッチすれば良いのか? ……ポチっとな」
スマホを持つ身体から何か力が抜けていく感覚と共に、地面に置いていた眼鏡がバチバチと紫電を帯びて光り出す。
「こ、これが生命体の創造!? ……何か出てくる!?」
眼鏡だったモノは次第にヒトガタを造り、遂にその姿をナユタの前に現し始めた――
そしてその姿は……!?
To_be_continued....
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