「本当にごめん!」
腰の角度は九十度。床の汚れが良く見える。
『わかったって。別にクララが悪いわけじゃないんでしょ? 仕方なくないけどしょうがないんじゃない』
誠心誠意謝るクララに、若干気圧され気味のリジー。
「そうだよ。悪いのはガラス瓶を盗んでいった悪党達なんだから仕方ないよ」
ぽんぽんとクララの肩を叩くレベッカ。
「……でも、リジーの大切な物を奪われちゃったし」
絶対に怒られると思っていたので、リジーに会うなり早々に謝ったが、逆に優しくされて涙が出てきた。
ぽたぽたと雫が床に落ちる。
『ちょ、ちょっとクララ。本当に大丈夫だから。気にしないで』
「ふえーん!」
クララは顔を上げると、ガバッとリジーに抱きついた。
横でレベッカが心配そうに見守っている。
『大丈夫だよ。気にしないでね』
リジーは優しくクララの頭を撫でた。
「……うん」
「とうっ!」
そんな二人にレベッカも抱きつく。
「こんな時は甘い物でも食べて忘れよう。私、部屋にお菓子あるからちょっと持ってくるね」
レベッカはニコッと笑うと、足早に音楽室から出て行った。
「……本当、ごめん」
『いいよ。仕方ないし』
「うん。ありがとう」
クララが泣き止むと、リジーは心配そうに聞いてきた。
『それより、お父さんは大丈夫? 怪我したんでしょ?』
「えっ、ああ、うん。命に別状ないって」
『そう。良かったね』
ニコリと優しく微笑むリジー。
父親のことはきっとレベッカから聞いていたのだろう。
『さて、レベッカが戻ってくるまで何してようか? いつもみたいにピアノの練習でもする?』
「ううん。そんな気分じゃないからいいや」
首を横に振るクララ。
『そっかぁ。じゃあ、これで遊ぼうか』
リジーはポケットからおもむろに何かを取り出した。
それは……
「リ、リジー……それって?」
『うん。輪ゴムってものらしいよ。これね、びよんびょん伸びて面白いの』
リジーは楽しそうに輪っかの端と端を伸び縮みさせて遊んでいる。
「リジー……ちなみに、これどこで手に入れたの?」
クララは恐る恐る聞いてみた。
『えっ? これ? えっと……確か、校長室だったかな』
顎に人差し指を当てて考え込んでいたリジーは、あっけらかんと言う。
「リジー、ものすごく聞きづらいんだけど、もしかして……」
『大丈夫! 遺産は無事に取り返してあるから!』
にししと嬉しそうに話すリジー。
――やっぱり……
「犯人は、メレディス博士だったんだね」
『学校のことなら私に知らないことはないし。伊達に毎日校舎をふらふらしてないよ』
胸を張って得意げに話すリジー。
「ふらふらって……そこだけ聞くと、ダメ人間なんだけどなぁ」
『クララ。私、人間じゃない!』
「そうですね」
クララは呆れてため息をついた。
「結局のところ、一番怖いのはリジーだったってことね」
小声でひとりごちる。
『えっ? 何か言った?』
「ううん、なんでもない。よし! レベッカが戻ってくるまで何か弾こうかな。リジー、何聴きたい?」
『えー、さっきまで気分じゃないって言ってたくせに!』
「それはもういいの。さ、聴きたいの言って」
『うーんと、それじゃあ、ベートーヴェンのハンマークラヴィーア弾いて!』
「えっ! そんな難しいの無理! ってなんでそんな曲を知ってるのよ!」
とてつもなく難易度の高い曲を選曲され焦るクララ。
『なんでもいいって言ったくせにー』
ぶーと頬を膨らませて不満そうなリジー。
「なんでもって言ったけど、まさかそんなに難しいやつ選ぶとは思ってないじゃん」
『えー、じゃあ、これは――』
音楽室で楽しそうに誰かと話す女の子の笑い声とピアノの旋律だけが、寮棟に続く廊下に響いていた。
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