いつの間にか年も明け、一年の中でも寒さがとくに厳しい二月最初の日曜日。
クララは早朝からリジーの言っていた古い切り株の元へ父親と一緒に出向いていた。
昨晩、誰かが掘り出し作業をしていたのだろうか。切り株の周りを囲うように大きな穴がぽっかりと空いている。
クララは穴の中に下りると、切り株の前に立ち、ゆっくりと手をかけ揺らしてみた。しかし、 グラっと少し揺れる程度で、取り除ける感じはしない。
「クララ、任せなさい」
後ろで見ていた父親にそう言われると、クララは代わるように後ろに下がり、その様子を見守った。父親は切り株に手をかけて力一杯揺さぶっている。すると、「ボコッ!」と大きな音をた てて切り株が抜け落ちた。しかし、勢いよく揺さぶったせいで、父親も切り株と一緒に大きく吹き飛ばされていた。
「パパ!」
「だ、大丈夫だ」
服についた泥を払い除けながら立ち上がる父親。どうやら怪我はしていないようだ。
ほっと胸を撫で下ろし、切り株の抜け落ちた場所を覗きこむと、ぽっかりと大きな穴が空いていた。すると……
『クララー! 一人で掘り出してってお願いしたのに、この大人たちは誰!』
穴の中からのそりと金髪の少女が這い出てきた。誰かはわかっていても、こんな登場のされ方をするとさすがにびっくりしてその場に尻餅をつく。
「クララ! 大丈夫か!」
急に座り込んだクララを心配して駆け寄る父親。
「あ、うん。大丈夫。今、目の前にリジーがいるの」
へへへと微苦笑を浮かべ、父親の方に振り向く。
「リジー……そうか。やっぱりパパには見えないな」
父親はクララの前方を目を細めながら見つめている。恐らく、ブーン先生と同じで、ガラガラと変な音が聴こえてるだけだろう。
『クララ、この人は誰?』
再びリジーから質問をされ、クララはリジーの方に向き直った。すると、彼女の顔がすぐ目の前にあった。唇と唇がぶつかりそうになる。クララは突然のことにびっくりして、ずざっと退けぞった。
「クララ!」
挙動不審な動きをする娘を心配する父親。
「だ、大丈夫――」
危うくリジーとチューするところだった。いや、してしまっても良いのだが、それはそれで――
『ちょっと聞いてるのクララ!』
リジーはぷりぷりと怒っている。
「リジー、この人は私のお父様。さすがに私だけでは掘り起こせないから、手伝ってもらってたの」
『話しが違ーう! クララ一人で掘り出してって約束したのに…… 』
怒ったと思ったら、しゅんと項垂れて悲しそうにリジーは言った。
「それはこの間相談したじゃん。さすがに私一人だけで掘るのは無理だって」
クララは昨年末にリジーと二人で色々と決め事をしていた。父親やヴァレンタイン先生に言えること、言えないこと。そしてできること、できないこと。大体のことは二人に伝えて良いと言われていた。ただ、作業の際はクララが一人で掘り出して欲しいと念を押された。しかし、十三歳の非力な女の子が土を掘り返すのには限界がある。
クララは以前、自宅に帰った際、父親に手伝って欲しいとお願いをしていた。今回の大人たちは父親の呼びかけで集まってくれた人達だろう。そのこともリジーにちゃんと説明をしていたはずだったのだが、どうやらうまく伝わっていなかったようだ。
「リジー。これでも私、今までスプーンより重いもの持ったことないんだよ?」
『えっ? そうなの?』
リジーは素直に驚いている。
「ごめん。それは嘘…… 」
まさか信じるとは思わず、笑いを堪えながらクララは言う。
呆気にとられていたリジーは次第に頬を膨らませた。
『ちょっと! 一瞬信じちゃったじゃない! クララのバカー!』
リジーはふんとそっぽを向くと、スタスタと穴の外に向かって歩き始めた。
「え? リジー、どこいくの!」
クララは慌てて立ち上がりリジーの後を追いかけた。
『帰る!』
「ちょっと、帰るってどこに?」
『お墓!』
やっぱり……
どうやら、リジーが普段居る場所は自分のお墓だったようだ。
「待ってって! リジー、ごめん! 私も掘るから! ちゃんと掘るから‼︎」
『スプーンより重いもの持ったことないんでしょ?』
リジーは素っ気なく答え、穴の外に出ると迷わず正門の方に歩いて行く。
「だから、それは嘘だって! 待ってよー! わっぷ!」
穴から這い出て、急いでリジーを追いかけようと立ち上がった瞬間、何かにぶつかった。
「リジー?」
そこには、ピンク色のドレスを着た金髪の少女が正門の方を向いたまま静かに佇んでいた。
サラサラと長い髪が風にたなびき、キラキラと太陽の光を反射させている。
そして、リジーは静かに言葉を発した。
『クララ……私、生きてる時、友達がいなかったの。このお屋敷の中で、友達ができないまま死んでしまった。だから……本当は遺産とかどうでもよくて、ただ、友達が欲しかったの!』
リジーはくるりとクララの方に向き直ると、後手を組み、ニコリと微笑みをこぼした。
『だから、最初の友達のクララに、私が唯一あげられるものを渡したかった』
「……リジー」
おもわず目が潤む。
『土地の権利書とか、ダイヤの宝石がついたネックレスとか、金貨とか、本当に――本当にたいしたものじゃないけど』
「それはたいしたものすぎてちょっと引くよ!」
慌てた様子のクララを見て、ふふふと笑いながらリジーは話を続けた。
『クララ、私と友達になってくれてありがとう。これはせめてものお礼』
「いや、私もリジーと友達になれ……ってつるはしかい!」
リジーは足元に転がっていたつるはしをクララに渡した。長く伸びた木の柄に、当たったら痛そうだけではすまない尖った金属がギラリと鈍く光っている。そしてなにより、ズシっと重たい……
『頑張って掘り出してね!』
リジーは太陽のようににこにこと笑っているが、瞳の奥はブリザードのように冷たい。
「掘るけど、掘るけども……もうちょっと小さいのない?」
『頑張ってね!』
やはり、クララが一人で掘り出さなかったことに腹を立てているようだ。
『クララならできるよ!』
「わかった! わかったけど期待しないでね。さすがにこれを振る自信はないから…… 」
手に持ったつるはしを渋い顔で見つめながらクララは言った。
『うん。頑張って!』
クララは「よし!」と小さく気合を入れると、くるりと踵を返し、先程登ってきた穴の中に飛び下りた。
「クララ、大丈夫かい?」
穴の中では父親が心配そうにクララを見守っていた。
クララはこくんと頷くと、父親が引き抜いた切り株のところまで行き、つるはしを短く持って振りかぶった。ザクっと鈍色の鉄塊が土に刺さる。
クララはつるはしを抜こうとして力を入れるが、重さのせいなのかなかなか抜けない。「ふぬぬ!」と呻きながらさらに力を入れる。すると、急にすぽっと抜け、勢いよく後ろに飛ばされ尻餅をついた。
「痛っ!」
「クララ!」
慌てた様子で父親がクララに駆け寄った。
「大丈夫かい、クララ」
「うん、大丈夫」
「さすがにこれはクララには無理だろう。パパが代わりに掘り出すから、穴の外で待ってなさい」
クララのすぐ横に転がったつるはしを持ちながら父親は言った。
「……でも、リジーとの約束だから」
項垂れながら首を振って答えるが、クララ自身も無理だろうと感じている。
なにしろつるはしが重すぎるのだ。
「大丈夫。リジーはクララの親友なんだろう? 話せばわかってもらえるさ」
父親はにこりと微笑み、クララの頭を優しく撫でた。
「うん。もう一回、リジーに聞いてみる」
クララはすくっと立ち上がると、穴の外を見上げた。
リジーがしゃがみながらこちらを見ている。
「リジー。頑張ったけどやっぱり無理だった!」
『うん。見てたよ。ちょっとハラハラしちゃった。クララ、怪我はない?』
「大丈夫。でも、つるはしが重すぎて…… 」
『そうだね。私でもできないと思う』
「ごめん、リジー…… 」
クララがしゅんとしおらしくなると、リジーはざざざと穴の中に下りてきた。
「リジー?」
すると突然、リジーにがばっと抱きしめられた。
『仕方ないから、今回はおおめにみてあげる。本当はクララ一人で頑張ってもらいたかったけど、さすがにここまで大掛かりになってるとは思わなかったし…… 』
おそらくリジー自身も気が付いていたのだろう。
「ごめんね、リジー」
リジーの気持ちも考えず、大人たちに協力を依頼してしまったことへの罪悪感が、今になってクララの心を抉った。
なんとかなると思っていた軽率さ。友達の、親友の期待に応えられなかった自身の不甲斐なさ。
全てがごちゃ混ぜになって、行き場を無くした感情がクララの瞳からポロポロとこぼれ落ちた。
「本当に、ごべんなさい…… 」
『大丈夫だから。クララはよく頑張ったよ』
ぎゅっと強く抱きしめられる。暖かいはずはないのに、リジーの体温を感じる。
『よし! あとは大人に任せて、クララはちょっと私の手伝いをしてもらいましょう!』
リジーはクララから離れると唐突に言った。
「えっ? 手伝いって?」
涙でぐちゃぐちゃになった顔のままリジーを見つめる。すると、彼女はにこりと微笑みを返した。
『とりあえず、行こう!』
リジーはクララの手を取り立ち上がると、バタバタと穴の外へと連れ出した。
「えっと、リジー。どこに行くの?」
困惑するクララ。
『いいから、いいから』
なぜか楽しそうなリジー。
二人は小走りで正門を抜け、ぐるりと学校を半周した。
『到着!』
そこはまるでジャングルに迷いこんでしまったのかのように、背の高い草花が鬱蒼と生い茂っていた。
「えっと、ここは?」
『私のお墓です!』
ふふんと得意げに言うリジー。
しかし、どこに墓石があるのだろうか。
「お墓って……草ぼーぼーでなにもないじゃん」
『あーるーのー! ほら、あそこに!』
リジーがビシッと草むらの中を指さした。その方向を見る。確かに、何か石らしきものがあるような……
「えっと……この奥?」
『そう!』
クララは草むらを掻き分けてリジーの指さす方向に進んだ。すると、草と草の間から、ひっそりとこちらを伺うように、いくつかの墓石がぽこぽこと頭を突き出していた。
「ここ?」
後ろからついてきたリジーに振り返り問いかける。
リジーは嬉しそうに指さし答えた。
『そう! あれが私のお墓で、こっちがお父様とお母様のお墓!』
そもそも、学校の裏手にお墓があったことをクララは知らなかった。ただ、この荒れた状況から察するに、クララだけではなく学校関係者も知っている者は少ないだろう。
「やばいね、これ」
墓石がほとんど隠れるほど草が生い茂っているのは、さすがにいただけないと思った。
一体どれほど放置されていたのだろうか。
『そうなの』
悲しそうな顔をしてクララを見つめるリジー。しかし、すぐに笑顔になった。
『そ、れ、で! クララにはここの掃除を命じます!』
リジーはビシッと人差し指を立ててクララをさした。
「掃除って、えっ! ま、まじか…… 」
『マジもマジ、おおマジです!』
「ふええぇ…… 」
がくりと肩を落とすクララ。
『でも、これならできるでしょ?』
「そりゃあそうだけどもさあ…… 」
『ということで、よろしくねクララ』
にこりと笑うリジーの瞳の奥は、今度は冷たくなかった。
草むしりをはじめてしばらくすると、どこかで嗅いだことがある甘い匂いが鼻先をくすぐった。
スンスンと鼻を鳴らしてみる。どうやら、お墓の横に群生している雑草から漂ってきているようだ。
クララは甘い匂いのする草の葉っぱを千切ると、なんとなく太陽にかざしてみた。
葉は一枚一枚が細長く、その周りはギザギザと尖っている。千切ったものが若葉だったのか、太陽の光に照らされ青々とした姿がどこか神々しく思えた。
『クララ、何してるの?』
突然、後ろから声をかけられビクッと肩が跳ねる。
「な、なんでもないよ。ただちょっとなんの草かなと思って見てただけ」
『草?』
リジーは不思議そうな顔をして小首を傾げている。
「そう。この甘い香りがする草」
クララは先程眺めていた葉っぱをリジーに差し出した。リジーはそれを受け取ると、くんくんと匂いを嗅いで『うーん』と唸って何か考えているようだった。
「まぁ、ただの雑草だろうけど。さてと、どんどんきれいにしちゃおうか!」
『あっ! 思い出した!』
リジーが急に大きな声を出したので、クララは再び肩がビクッと跳ねた。
「ちょっとリジー! びっくりするから!」
『あっ、ごめん。えっと、この草のこと思い出したの』
「思い出した?」
『そう。この草の名前は【小夜草】って言って、幻覚作用を引き起こす草だった……はず?』
可愛らしく小首を傾げるリジー。
「はずって私に言われてもねぇ」
やれやれと少し呆れた様子のクララ。
『そうだ! 乾燥させて粉にして、固めて火をつけると頭がぽわわわーんってなって幻覚見えたりするらしいよ!』
意気揚々と語るリジー。
「リジーのそれは一体なんの受けう…… 」
クララは思い出した。
以前に自宅で降霊術といって同じ匂いを嗅いだことを。
――もしかして、私が体験したのは、幻覚……?
幻覚だとするとクララ自身が内容を覚えていてもよいはずだが、しかし微塵も記憶にない。なぜそうなったのかはわからないにしても、得体のしれないモノの影響ではないことが知れただけでクララは少し安心した。
『えっと、学校の図書室で読んでた本に書いてあったの』
「学校の図書室?」
確かに、聖ブリンクリー学園の別棟の一階には大きな図書室がある。蔵書数もなかなかなもので、時々、偉い学者の人が本を探しにくることもあるのだとか。ただ、基本的には学校の生徒か先生しか利用できないことになっている。
『そう! 暇な時によく行くの。いっぱい本があるし、人も少なくて静かだからね』
にししと嬉しそうに話すリジー。
しかし、足しげく図書室に通う八歳の女の子のお化けとはまた……
「そうなんだ。で、リジーが見た本にぼんぼじゅわわぁって書いてあったっってことね」
『そうそ……って違う! ぼわわーんだよ! ……ぼわわーんだっけ?』
「どっちでもいいわ!」
顎に指を当て不思議そうにするリジーにツッコミを入れるクララ。
『そう言えばその草。先生たちもたまに使ってたよ』
「えっ⁉︎」
唐突にリジーはとんでもないことを言い出した。
「先生、たちが、使ってた?」
恐る恐る聞き返す。
『そう。なんかみんな楽しそうにしてた』
生徒たちを教育する学び舎で、幻覚が見える葉っぱを使って、楽しそうにするとは……
『場所は空き教室で、時間帯は深夜が多かったかな』
「えっと、ちなみにその先生たちって誰かわかる?」
恐る恐るクララは聞いた。
『うーん。ちょっと暗くて見えなかったけど、体育の先生と保健室の先生はいたかな。それと、先生じゃないけど前に学校に来てた金髪の女の人はいたかも』
「金髪の女の人?」
『そう。うねうねした金髪で、おっぱいも大きくて。確か、昼間に見た時はスーツでビシッと決めてたかな』
「えっと、その人は昼間に学校に来てたの?」
『うん。校長室で私のこと話してた。確か――高齢化がどうとか言ってた!』
「高齢化? 高齢……降霊術じゃなくて?」
『そう、それ! 降霊術!』
「そっか……」
まさかとは思ったが、恐らく彼女のことだろう。
『校長先生も、夜の集まりにはいたよ』
「えっ!」
再び呆気にとられるクララ。
――メレディス校長も参加していたのか……
『多い時で十人はいたと思う。ぽわわーんってなるのを香炉で焚いて、最初はずっと喋ってて、面白いのが目がとろんとし始めたらみんな服を脱ぎだすの。全員が裸になって、アクマよ、来たれとか、私を捧げるとか…… 』
「リジー! それ以上は言わないでいいから‼︎」
クララは怒鳴りつけるようにリジーの言葉を静止した。
そして、気分は最悪だった。
『えっと、クララ……ごめん』
しゅんと項垂れ、今にも泣き出しそうなリジー。
「あっ……違くて! リジーが悪いわけじゃなくて、その……私の方こそ怒鳴って、ごめん」
クララも一緒になって項垂れる。
一体、大人たちは何をしているのだ。
やるせない怒りがふつふつと込み上げてくる。拳をぎゅっと強く握りしめると、わなわなと体が小刻みに震えた。
教鞭を執る教師たちが、深夜の学校で悪魔崇拝の儀式をしていたなんて。まして、学校のトップがそれを容認しているとは。
『クララ、怖い顔してるけど……大丈夫?』
リジーの言葉ではっと我にかえる。
「あっ、ごめん。大丈夫」
慌てた様子でクララは言った。
『ならよかった!』
にこりと微笑むクララが、まるで本物の天使のようだった。
自分で見たものがなんだったのか理解していないとはいえ、八歳の女の子にどう説明しよう。クララだってまだまだ子供だが、おかしな効果のある草や悪魔崇拝というものが、とても危険なことだとは知っていた。気をつけなければならない相手がひとりならともかく、三人四人となると……
――えっと……どうなるの?
想像もつかないことを想像しようとして、頭がオーバーヒートした。
プスプスと煙が出かけ、慌ててぶんぶんと頭を振る。
『クララ。ほ、本当に大丈夫?』
「だ、大丈夫!」
クララはにかっと笑うと、悪い考えを振り払うように言葉を続けた。
「ところで、リジー。なんで香炉で焚かれたものが小夜草ってわかったの?」
いくら本で調べたとはいえ、形が違いすぎて普通なら判別などできないはずだ。
『えっと、煙の匂いがこの草とおんなじだったから』
リジーはこの草のことを図書室で調べて既に知っていた。そして、香炉から出る煙の匂いで「小夜草」だと判断したようだ。それにしても……
――本当にリジーって勤勉だなぁ……
死して尚、勉学に勤しむ。
クララなら……絶対に無理だ。
「そっか。さてと、じゃ、さっさと片付けちゃおうか!」
『うん。そもそも草むしりの罰はクララが約束守ってくれないからなんだからね』
「はいはい。頑張りまーす」
クララはわざと素っ気なく答えた。
リジーはふふふと優しく微笑んでいる。
――これでいい。
知らなくていいことは知る必要もない。例え、後にそれを知ったとしても、リジーにとってそれは今じゃない。
クララは名前の知らない雑草とともに、『小夜草』も根こそぎむしりとった。
クララはお墓周辺の草むしりを一通り終え、父親の待つ切り株の元へ一人で戻った。わらわらと小さな人だかりができている。どうやら、無事に目的のものを掘り出せたようだ。こちらに気がついたのか、父親が手を上げてクララを呼んでいた。
「おかえり、クララ。リジーの言っていたものが見つかったよ」
そこには、大きなガラス瓶がでんと地面の上に置かれていた。
クララはそれに近づき、しゃがみこんでつんつんと指で突く。ガラス瓶は念入りに封がされていて、表面をよく見るとカビのようなものが所々に付着していた。汚れの隙間から、いくつかの布の袋や封筒が入っているのが見える。
「クララ。早速これを家に持ち帰って中身を確認しようか」
「うん。わかっ……たじゃなくて、リジーからの伝言で、私が掘り出してないから『六十日間』 は保管してくれって。なんか、呪いがどうのとか言ってた…… 」
「呪い?」
訝しげな表情を浮かべる父親。クララもリジーから話を聞いた時、きっと同じ顔をしていたのだろう。
「うん、呪い。なんでも、一族が死に絶えるとか言ってた」
「……パパはともかく、クララに実害が及ぶのであれば、リジーの言葉に従おう」
父親はガラス瓶を抱え上げると、ゆっくりと正門に向かって歩きだした。その後をクララもついていく。
「ねぇ、パパ」
歩きながらクララは聞いた。
「なんだい」
父親は歩を止めることなく聞き返す。
「手伝ってくれて……ありがとう」
ちょっと照れくさくて、なんとなく言い淀んでしまった。
父親はピタリと足を止めると、くるりと踵を返しクララの方を向いた。すると、クララの頭をぽんぽんと優しく撫ではじめた。
「パパはいつだってクララの味方だよ」
クララのために、泥だらけになってつるはしを振って探してくれたのだろう。
父親から汗と土の匂いがした。
「ってパパ! 手も泥だらけ!」
クララはガシッと父親の腕を掴んだ。掌を見ると、豆ができて潰れたのか、土と血が混じって 赤黒くなっている。
「パパ、怪我してるじゃん! 大丈……ん? 今この手で私の頭を触ったよね?」
クララは自分の髪の毛に触れる。
すると、もれなく小さく土粒が手に付着した。
「パパー!」
声を荒げ、父親に言い寄るクララ。
「ああ、すまない。普段やらないことをしたものだから気がつかなかったよ」
たじろぎながらも申し訳なさそうに笑っている。
クララはため息と一緒に「もう!」と言葉を転がした。
「早く帰って怪我の手当てしなきゃ。消毒しないとバイ菌も入っちゃうし」
微笑を浮かべ、呆れたように言うクララ。
「そうだな」
釣られて父親も笑う。
「よし! 帰ろう!」
クララが元気にそう言うと、二人は並んで歩きだした。
「帰ったらお風呂入らなきゃ!」
「たまにはパパと一緒に入るかい?」
「嫌!」
「そ、即答されるとさすがのパパも傷つくな……」
シュンと項垂れる父親を尻目に、楽しそうに笑うクララの声が寒空に吸い込まれていった。
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