ピアノを弾いていたら出会った金髪の少女幽霊が、実はものすごく歳上だった件

メンフィスの少女クララ
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#11

公開日時: 2023年10月7日(土) 22:22
文字数:3,535

 ガラス瓶を掘り出してから明日で六十日。

 季節は変わり、街を駆け抜ける冷たかった風が、今は少し優しさを含んでいる。

 クララは授業を終えると、いつものように音楽室に向かった。

 そして、今日はレベッカも一緒だった。

 レベッカはガラス瓶を掘り出してすぐ、クララの元に謝りにきた。以前、アシュリー達におばけのことを伝えた時「見なかった」と嘘をついたことについて、ずっと気にしていたそうだ。確かにあの時、クララはショックを受けた。目の前で起こった事を二人で共有していたのにも関わらず、レベッカはいきなり「知らない」と言ったのだから。 悶々とした日々を過ごしていた彼女は、クララがガラス瓶を掘り出した噂を聞いて、ちゃんと謝ろうと決意したのだそうだ。

「レベッカ。今日は何しよっか?」

 音楽室に続く廊下を二人並んで歩きながらクララは言った。

「あれ? クララは来月のコンクールの曲練習するんじゃなかったっけ?」

 発育途中とはいえ、大きな二つの塊をゆさゆさと揺らしレベッカは言う。

「そうだった……十二月の時は色々ありすぎて散々だったから、今度こそ真面目にやらないと」

 がくりと肩を落とすクララ。

「大丈夫だって。クララはやればできる子だし」

「はーい。頑張りまーす」

 クララの気の抜けた返事に、ふふふと可笑しそうに笑うレベッカ。

 二人は音楽室に着くと、カラカラと扉を開けて中を見渡した。どうやらリジーはまだきていないようだ。

 クララはいつものようにグランドピアノの椅子に腰掛け、バックから次のコンクール用の譜面を取り出して練習の準備をした。

 レベッカはピアノ近くの椅子に座ると、両手を前に伸ばし、「うー」と唸りながらそのままぐでっと机に突っ伏していた。ぷにゅうと潰された二つの塊が実に窮屈そうだ。

「次のコンクールの曲って何やるんだっけ?」

 レベッカは顔だけを上げ、クララを見ながら言った。

「今度はベートーヴェンの十二番『葬送』だよ」

 この曲は一八〇一年に発表されたピアノソナタであるが、ソナタ形式の楽章をひとつも含まない組曲風の構成となっていて、従来のソナタを大きく脱却していた。

 そんな当時の型にはまらないアウトローな感じがクララは好きだった。

「じゃあ、早速練習しちゃおうかな」

 呼吸を整え、体の力を抜く。指先に集中して、ゆっくりと鍵盤に重さを乗せる。そして、クララの中に自然と思いがわき上がる。 

 第一楽章は変奏曲形式。アンダンテ・コン・ヴァリアツィオーニ、変イ長調、八分の三拍子。民族歌謡風な素朴で美しい旋律が、どこか懐かしさを覚える。

 第二楽章は活発なスケルツォ。その主題は軽やかな活気に満ちていて、クララのお気に入り。伸びやかなトリオ旋律は、同時期に書かれた第二交響曲のスケルツォ楽章におけるトリオ旋律とじつによく似ていた。

 第三楽章は「ある英雄の死を悼む葬送行進曲」と題された、重々しく威厳に満ちた楽章で、「英雄交響曲」の第二楽章「葬送行進曲」の先駆けと言われていた。なんら虚飾のない荘重な葬列の歩みの主題による主部と、葬送で連打される太鼓を模したとされ、付点リズム動機の転調による響きの変化などによっても深い抒情が醸し出されている。

 「幻想曲のソナタ」を思わせるようなこの楽章は、母親の葬儀の記憶を蘇らせてしまう。重悲しく、厳かで、クララのやり場のない気持ちは、ただただ「涙」に変わり、頬を濡らしたのを今でも鮮明に覚えている。

 フィナーレは一転して無窮動的性格を持つロンド。常動曲的な性格が際立っており、ほとんど間断なく十六分音符で流れるように一気呵成に奏される。

 音符の嵐のはずなのに、耳に入るピアノの調べはずっとずっと心地よい。

 演奏が終わってレベッカの方を見ると、その横にリジーもちょこんと座っていた。

「リジー、来てたんだ」

『ピアノの音が聞こえたから静かに入ってきた』

 にこりと微笑むリジー。

「急に扉が開いたのが見えて、こそこそと入ってくるリジー、可愛かったよ」

 嬉しそうにリジーの顔を見ながらレベッカは言った。

『もう! レベッカまでからかわないで!』

 照れたのか、リジーは顔を真っ赤にしている。

 リジーとレベッカの二人は出会ってすぐに仲良くなっていた。

 レベッカはクララに謝った後、リジーの存在を知ると、自分も会いたいと言いだした。そしていざ二人を会わせてみると、ウマがあったのか、すぐに意気投合して今に至る。

 最近の放課後はだいたいこの三人で音楽室に集まって遊んでいた。ただ、クララはコンクールの練習もしなければならないので、ずっと遊んでるわけにもいかないのだが…… 

「クララ、明日だっけ? ガラス瓶の中身をみんなの前でお披露目するイベントって」

「ん? ああ、そうだった! 明日、学校が終わったら一回家に帰らなきゃ!」

 レベッカに言われるまで、クララはすっかり忘れていた。

『楽しみだね』

 ニコニコと笑顔のリジー。

 きっと、肩の荷が下りるのもあって嬉しいのだろう。

 最初は学園の大ホールで開封のお披露目会をやることに反対していた。しかし、入場料を取ってそのお金を全て慈善団体に寄付することを伝えると、快く了承してくれた。

「そう言えばリジー。なんで六十日待たないといけないのかな?」

 そのことに関してはクララも以前聞いてみたが、結局のところ、なんで呪いがかかっているのかは教えてはもらえなかった。

『えっと、そ、それは……呪いがかかっていて、六十日経たないと開けた人の一族が死に絶えちゃうから…… 』

 レベッカの質問をなんとなく濁すように答えるリジー。

「一族抹殺てすごいね。でも、その呪いって誰がかけたの?」

『あっと……えっと……そ、それは』 

 再びレベッカの質問に、リジーは目を右へ左へ泳がせる。この困りようから察するに、 恐らく……

 リジーは俯いたまま黙りこくる。

 レベッカとクララは顔を見合わせた。

 すると、リジーがおもむろに小さく右手を上げた。

『私です……すみません』 

 しゅんと項垂れ謝るリジーを見て、慌てた様子で取り繕うレベッカ。

「いやいや、リジーが悪いとかじゃないから! 何か考えがあったんだから仕方ないっていうか――そう! 一人で掘りださなかったクララが全部悪い!」

「えっ! わ、私っ!」

 矛先がクララに向かい、見事に胸を射る。

『ク、クララは、悪くないの! だって……あれ? でも私、最初はクララ一人だけでってお願い―― 』

「だー! この話はおしまい! どのみち明日、開封するんだから結果オーライってことだよ。ねっ!」

 クララは慌てて立ち上がると、会話を遮るように二人の間に割って入った。

 このまま図星を突かれ続けたら、絶対に二人ともチクチクといじめてきそうな雰囲気だった。いや、いじめてくる。

 そんなクララを見て、レベッカが破顔した。

「クララ、必死すぎ!」

「必死にもなるわ! レベッカが嫌なところ掘り返すから!」

『でも、クララは一人で―― 』

「あー、そのことは本当にごめん! 伝えたつもりがちゃんと伝わってなくて、その節はリジーには悪いことしたと思ってる」

 両手を合わせ、拝むように謝るクララ。

『まぁ、お墓の掃除も手伝ってもらったし、仕方ないから許してあげましょう』

 ふふんと胸を張って得意げ言うリジー。

 なんか納得いかない……

「でも、リジーの一族抹殺はさすがにやりすぎじゃない?」

『うっ……そ、それは』

 お返しに痛いところを突いてみる。

 一人笑いすぎて涙が出たのか、目尻を拭いながらレベッカは言った。

「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」

「落ち着いてるって!」

『落ち着いてる!』

 二人の言葉が重なり、レベッカの肩がびくっと跳ねた。

 彼女はふうと大きく溜息をつくと優しく言った。

「誰も本気でクララやリジーが悪いなんて思ってないよ」

 二人はレベッカの言葉の続きを静かに待った。

「確かに、リジーの存在や遺産のことは町全体を混乱させたかもしれない。でも、それは周りが勝手に怖がっただけで、遺産をどうするか決めたのは結局二人でしょ? 私を含め、町の人たちは全員傍観者。この物語の登場人物は、クララとリジー、あなた達二人。そしてなにより、 二人が親友なら誰も悪くないんじゃない?」

 クララとリジーは黙って顔を見合わせた。

 リジーの存在が公になって町の人々は恐れたが、リジー自身は恐怖に陥れるようなことは何もしていない。

 遺産に関しても、クララが一人で掘り出さなかったことや、それによって六十日の制限付きの呪いをかけてしまったことを悪いかどうかと問うことは、クララとリジーの問題であって、他の人からしたら別段どちらでも良いことだ。

「そうだね」

『そうね』

 二人の言葉が再び重なり合う。

 それがなぜだかおかしくて、クララとリジーは声を出して笑った。 

 ゆっくりと流れる放課後の時間は、まるでたゆたうクラゲのように、ふわふわとのんびりと過ぎていった。

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