事務所の二階は、学校にある教室に似た作りで、縦に並ぶ正方形の部屋に約20名ずつが隔離されて、続きの教育を受けます。
案内された部屋には、教壇とそのサイズ感が分からなくなるほどの巨漢が一人、最初に会ったあの教官です。深緑色のブーニーハットを被った強面の奴で、射撃場で連想していた顔でした。
プレイヤーIDが座席表に埋められていて、その場所にきちんと着席します。
「よぉ、無駄口女」
「よ、よりによって一番前って、貧乏くじ」
「いや、これは俺があえて希望した」
「ふにゃ?」
座席表に記された自分の席を確認すると、私は口先を尖らせて、露骨に嫌味な顔をして言ったのです。けれどその悪態に教官は顔色変えずにどこからしくないことを走らせました。
も、もしかして私の事を——なんて、期待したくもないですが、彼の見込み通りだった心当たりはあります。さっきあれだけ褒められたのです。
と、自惚れに浸っていた私の前で、教壇に両手を叩きつけて激しく感情を剥き出しに自己紹介を始めました。
「ただいまから座学を始める。俺は貴様ら蛆虫20匹を担当する『ダニエル・スケルトン』一等軍曹だ! いいか、俺の話している最中に一言でも無駄口を叩いてみろ、母音を言う前に脳天をぶち抜いてやる」
その顔面だと本当にやりそうなので、耐性のない人間は肩を竦ませて目に見える恐怖を示します。誰だこんなゲーム開発した奴。
「仲の良い奴からはダニーと呼ばれている。以上だ」
「し、」
「いいはずないだろう考えてから質問しろクソ虫共!」
か弱い中性声をダニーの哮りが封殺した。
「次はないからなわかったな!」
「サー! イエッサー!」
「よし、始める」
清々しいまでの理不尽。もはやツッコむこともできません。
ダニーも呼吸が荒れていて一度落ち着かせようと間を置きますが、迸る怒りはまだ冷め切らなかったようで、今度は最初の印象でもお互い最悪であっただろう、私に向かいました。
「さてそこの無駄口」
「私はそんな名前じゃありません」
「あぁ、確かラヴェンタと言ったなぁ。俺に言いたいことがあるんだってなぁ聞いてるぞ」
「へ? なんのことです?」
言いたいことなんて、もうここから脱出してゲーム本編に進みたい、というだけで、彼に他意はないです。面倒事に巻き込まれたくないので、関わりたくないのですが。
しかし、彼の耳には筒抜けでした。剣幕の力が再び入り、教壇を乗り越えて私の机の前に立ちはだかりました。
「惚けるんじゃぁない。お前、射撃場で叫んでたそうじゃないか」
「えーっと、なんのことだかさっぱり……」
見え透いた嘘であった。けれどダニーの口から出たのは深い溜息でした。
「はぁ、だが教官を恨めば恨むほど、強くなれる。皮肉なことなのだがな」
「きょ、教官!」
「お前は特別にこれからダニーと呼ばせてやる」
「あ、ありがとうございます!」
——この人のこと、少しだけ見直せたかもしれない。
ただ厳しいだけで、他人の苦しみもがく姿を見て愉悦に浸るクズなのかと思っていましたが、認識が改まりました。
とても優しく、気高い兵士です。振るわれる鞭に愛を感じたのは、まさに戦場を教え込むためのフェイク。強情を張る為の嘘だと、勝手に解釈して感涙しそうになりました。
目から鱗のエピソード。周りの人達もきっと感動に包まれているでしょう。私は背後にいる素晴らしき仲間達をじっくりと見つめます。
しかし、誰一人として、涙袋を膨らませているプレイヤーはいません。むしろ顔が引きつっています。私が振り向いたときに、もっと恐ろしい鬼でも現れたのでしょうか。
「だがなラヴィー」
「ラヴィーとは、私の事でしょうか?」
「あぁ」
変に短縮されたあだ名がここで付けられたのですが、振り返れば些細な出来事と化しました。
「俺に嘘をついたことは気に入らん! 今から特別講習だ! 変わりの奴がここに立つ! こいつみたいになりたくなかったら、くれぐれも言葉は慎めよ! いいな!」
『サー! イエッサー!』
それは、初対面で構えていたあの強張った面が、可愛いくらいの形相でした。血管が沸騰して皮膚を突き破り、吹き出しいてきそうです。
「えっちょっとみんな! なんで私が連れて行かれる姿を、今度は笑顔になって見守ってるの!? 誰か助けてよ! ねぇ! うわぁぁぁ!」
「嫌がることはない! 貴様はこれから俺と同じかそれ以上の兵士になる。どこに出荷ゲフンゲフンお呼びがかかっても恥ずかしくないように仕込んでやる。いいな!」
「い、イエッサー」
「声が小さい!」
「イエッサぁー!」
私の迷彩服の裾を持ったダニーはそのまま教室から退場していきます。
これからの訓練、どうなってしまうのでしょうか。この後、新兵ながらライフル射撃をみっちり叩きこまれた挙句、体力づくりと称して島になっている訓練場をランニングさせられました。替え歌付きで。
座学へ進めたのは自分と同じタイミングで始めたプレイヤーがもうこの講義堂を出て、各軍隊に分かれて、本編を始めている頃合です。
閑静な教室で机が一つ、心寂し気に置かれ、今度は普通の声量でダニーが講義を始めました。
「遅れたが、ここからこのゲームの仕様と世界観について説明を始める」
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