拝啓
私と関わりがあって普段お世話になっている方々へ
春風の便りが懐かしい初夏ですが、いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。
最近は友達から奨められた『ウォーフェア・オンライン』というVRゲームを覚えようと頑張っています。チュートリアルは教官がとても手厳しく、私達に容赦がないのでゲームをしているのに、終わった後は息が切れていてとても身体が重たくなります。
手紙もゲーム内時間で一週間に一度しか送れないのと、電話もできないのでとても寂しいです。現実時間では一時間とそこらで終わるみたいなのですが、やはり戦争ゲームというのはこういったものなのでしょうか。
これから猛暑が列島を襲う時期になりますが、お体にお気をつけてお過ごしください。
敬具
と、手紙を脳内再生していました。
VRゲームでは逆浦島太郎現象が発生します。脳波に特定の変調を与えることで時間の感覚を鈍らせているらしく、ゲーム内の時間軸に適合できるという仕組みなのですが、一界の高校生に理解できるほど簡単じゃないものでした。
初期装備の迷彩服を身に纏い、渡された拳銃をベルトのホルスターに収めると、次に連れて行かれたのは射撃演習場でした。
「先ほど渡された拳銃は持っているな。使い方は視界に映し出されるとおりだ。ここでしか説明がないから一度で聴け。いいな!」
「サーイエッサー!」
「チュートリアルを終えてから諸君らは無数ある軍隊の中から一つを選び、様々な部隊の第一線で活躍することになるだろう。しかし、彼らが諸君らにハイハイから教えている暇などない。射撃は感覚だ。いいか!」
『サーイエッサー!』
統一感のある返事は、最初にあった教官から叩きこまれていました。おかげでこの波に私も乗れます。
教官が変わり、貫禄が現れ始めたあの汚らしい言葉遣いの鬼から、少しやんちゃな見た目にも見える青年が私達、訓練兵へ教鞭を振るっています。勿論、その青年もスキンヘッドで、ギラつく射撃用のサングラスが強面に磨きをかけていました。
彼の言う通り、視線に銃を映し込むと、右上に四角いポップ文章が出てきて、銃の説明と使用方法を解説してくれます。
「ベレッタM9……このフォルムは見覚えがある」
「シュートレディー! ファイア!」
呟きが誰にも拾われず、教官の合図が轟きます。訓練場にいる全員が一斉に引き金を引き始め、銃声が戦慄を奏でます。
青々と生い茂る芝生にダンボール色の人型標的目掛けて、一方通行の弾丸が飛び交います。
「いいか諸君。君たちはこれから兵士になる。兵士とは暴力装置だ。その暴力装置が肝心な人殺しのやり方を知らなかったり、間違っていたりしたら、口だけで飯を食ってる|政治家《やつら》が難癖をつけてくる。つまりは不良品ということだ。それを心頭に置き、引き金に指を掛けろ!」
『サーイエッサー!』
「お前達に考えを口にする資格はない! このゲームの世界観は後で叩きこんでやる。だが、この世界の政治を変えてやろうなんて思うな! お前達は望んで奴らに命を売ってんだわかったか!」
檄が飛ぶ最中、私もターゲットに自分のストレスを弾丸に込めて発射し続けます。
ここの敵は打ち返してこないので、一方的に憎たらしい教官の顔を思い浮かべて重ねながら狙いを定め、撃ちまくっていました。
「うんにゃろぉぉぉ! あのクソ軍曹! 次会ったときはこっちからぶん殴ってやる! あぁやってやりますよこんにゃろぉぉぉ!」
薬莢が白眉のような細長い煙を靡かせながら柔らかい草のベットに受け止められていき、あっという間に足元が五円玉色の筒で埋まりました。
弾丸は人型に模られたターゲットの部位をランダムに貫いていました。教官が私の恨み節に気が付き、前かがみの射撃姿勢を取る姿の後ろに立ちました。
「うん。いいな」
「あ、ありがとうございます」
「だが、もう少しだけ狙って撃て。着弾点がバラバラすぎる。運に掛けるな確実な殺意と技術を身に付けろ。名前は?」
「ら、ラヴェンタです」
「ラヴェンタだな。幸い教官への憎みは射撃の腕と比例する。期待しているぞ」
「……はい!」
褒められて、ちょっとだけ嬉しくなり、アドバイス通りに銃の照準をじっくりと呼吸と狙いを定めて撃ちます。反動で圧される手の感覚なんて気になりません。集弾点も縮まっていき、教官によると軽快に拳銃を発する私の顔は綻んでいたと言います。
そして、しばらく射撃を続けていると、射撃を担当する教官が止めの号令を出して、射撃演習が終了を迎えます。
「そこまで! あとは後々、訓練の中で身に付けて行く。だが今日はここまでだ。総員、次の科目は座学、入隊手続きを行った事務所の二階で行う。くれぐれも寝るんじゃないぞ! 教室割りは壁に掲示してある。移動開始!」
「イエッサー!」
銃に安全装置を掛けて、ホルスターに挿し込んだら、駆け足で来た道を一挙に戻ります。射撃場に居たプレイヤー達が大移動を始めた矢先、私の次なる悲劇の起爆薬はすでに炸裂していました。言動には気をつけよう。
MBT
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