ライアーウォーフェア・オンライン

虚空世界の擬似戦争
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2-2

公開日時: 2021年2月15日(月) 18:58
文字数:3,516

アドランダムな旋回を始めるホバー。重たい挙動で右へ左へ揺られる身体は、接近するミサイルに対する恐怖を一緒に連れていました。


「こちらタイガー1—1、敵ミサイル陣地を捜索するため、敵弾の方位を頼む」

「本艦の40度から一発接近。レーザー検知器に反応はない。恐らく有線誘導の対戦車ミサイル」

「了解した。タイガー1—1より各機。チェーンガン、アイリンクシステム接続」


 頭上を飛ぶ攻撃ヘリ『AHー1Z』の二機が浜へ先行します。


 機首の下に装備されたチェーンガンと二人のパイロットが被っているヘルメットは少し特異な関係で、ジョイスティック操作の他に頭の動きと連動する『ヘルメット表示照準システム』を採用しているので、パイロットの視線が機関砲の照準にもなっています。つまり彼は、敵を視界に捉えて引き金を引くだけで敵を撃破することが可能なのです。


 しかし、飛んでくるミサイルに対して武装ヘリコプターはカウンターメジャー、すなわち対抗手段にはなりません。あくまで上陸地点に潜む敵を熱戦映像で捕捉し、弾丸の豪雨を浴びせるだけに過ぎません。


 60トン越えの戦車を載せ、ミサイルをかわすのはホバークラフトを操るパイロットの仕事です。


 とは言うものの、乗っている私達も無関係ではありませんし、ここは一つ、博打をぶちます。


「メイブ2よりノア2へ。ミサイルが飛来してくる方向に艦首を向けられますか?」

「こちらノア2、何をしようってんだ?」

「ミサイルを、撃ち落とします

「んなこと、出来るわけない」


 私の提案に脊髄反射で反対したのは、メイブ2の砲手でした。このゲームをプレイしている一般人なら、正常です。


「砲手さん、仰角20度で主砲を撃ってください。装填手さん、次弾はキャニスターを」

「車長、いくら火器管制があるからってそりゃ無茶です」

熱線映像装置FLIRなら敵ミサイルの航跡を追うことは可能です。FCSでダメなら直接照準で砲撃すればいい」

「砲手の意見に賛成です。何もできないなら、沈黙してじっと待つのが一番かと」

「何もしないよりは、足掻くぐらいは」


 命令に躊躇う砲手と同調する装填手を静かに宥めるような説得で私が放つと、車内無線が沈黙します。無茶なんて百も承知です。


 ですが、それならやる価値はあります。熱戦映像装置でミサイルが出す御排気を追い、そこに砲弾で掠めさえすれば、直撃を受けずに済むはずです。


 砲手に向き直ると視線が交わります。私も砲手の男性兵士も眼差しは険しく、ゲームなどと茶化す気持ちは皆無でした。


「……あぁもうわかった」

「すいません。ではお願いします」

「仰角20度、方位そのまま、照準よし!」


 砲手が操作スティックを手前に引くと、二枚の複合装甲の中心から伸びる砲身が顔を上げるように空を仰ぎます。


「撃て!」


 主砲のトリガースイッチを押した瞬間、腸を叩く破裂音が車内を包み込みます。アルミ缶を巨大にした105ミリ砲の薬莢が開いた閉鎖機から零れ落ちると、装填手はそこへ弾薬庫から引き抜いたキャニスター弾を装填します。


 キャニスターとは弾頭に無数の鉄球が込められた分散した歩兵に対して威力を発揮する砲弾で、さながらショットガンの戦車版とも言えます。


 ゲームの仕様上、戦車が搭載する105ミリ砲も120ミリ砲も閉鎖機に装填すると砲弾を抜き取り差し替えることはできないので、やむなく発砲しました。仰角、つまり砲が狙う上下の角度を最大にして、砲塔の下半分を隠すタラップに接触しないよう弾抜きを強引に行います。


「メイブ1よりメイブ2。なぜ発砲した」

「すいません。でも、この輸送艇、チャフもフレアもスモークもないみたいで」

「理由にならん。これ以降の発砲は」

「接近するミサイルは、きっと一発だけじゃありません。こちらへ纏めて引き付けて、迎撃します」

「ナニィ!?」

「やらせてください」

「許可できない。動くアリを狙撃銃で撃つようなものだぞ!」


 隊長の反応はごもっともです。私の本音だって不安の二文字に尽きます。


 けど、コブラに噛まれ、のたうち回るように逃げ回って、ヘリコプターがミサイル陣地を掌握するまでなんて、こちらの作戦行動可能時間を換算したら割に合わないことは明白。一定のリスクは覚悟の上です。私は狼狽える心を封殺して、無線機を切って独断に走ります。


「あっ!? あのメギツネ!」


 ブツッと電気配線を切ったようなノイズが中隊長のヘッドセットに流れ、キューポラの鋼鉄に拳を打ち付けました。


 敵は引き金を引いた時点で自らの存在を晒すことぐらい理解しています。なので、如何にして敵の度肝を抜き動揺させるかがこの戦闘のキーになると考えていました。


「ノア2に打診。前の傾斜路を少しだけ展開できますか?」

「クッションを膨らませているときはほとんど傾斜しない」

「では、出来る限りお願いします。じゃないと、クッションとペラペラのタラップに穴が開くので」

「言ってくれるじゃないか。若い戦車長さん」

「ど、どうも」

「褒めてないぞー」


 どうやら達者の前に口だけはというセリフが暗黙に隠れていたようです。


 とにかく、接近するミサイルは相当接近しているはずです。こちらに引きつけられれば、術中に飛び込んでくれたということですが。


「砲手さん。熱戦映像でミサイルを探して下さい」

「今やってる」

「私も手伝いますから」


 私はキューポラの天井、ハッチを開いて身を乗り出します。ちょうどLCACのサイドカバーを超える程の高さになったでしょうか。小型のスリムな双眼鏡を両目に当てて、影を捜索します。


「探知したホバーの右40度……」


 回頭する機首よりも先に首を回すと、ミサイルらしき影が視線を横切りました。ミサイルの排気、それ以外考えられません。双眼鏡に装備されたメモリにそのミサイルの径を合わせながら、測距を開始します。


「あった、照準、右41。仰角4」

「右41度、仰角4度」

「幅は約50センチ、ミルドットの四分の一、距離2000! 合図で撃って」

「イエッサー!」


 ミルは1000メートル離れた場所から幅1メートルの物を見たときの角度。スコープや照準器のミル目盛りに標的を合わせると敵までの距離が算出可能で、目標物の大きさ×1000÷ミルドット=距離、の計算式で求められます。


 やっていることは小学生で習う算数の一部ですが、単位が少し大きく、口上の数値は大体です。


「二分の一、距離1000」


 前後合わせて八枚の安定翼と軌跡を描く陽炎。私達を捕まえた毒蛇は青い欠片を前に涎を滴らせて殺意を示します。


「距離700、撃て!」


 臓腑に応える装薬の燃焼が密閉されたライフル砲の内部で圧力となり、弾頭に収められた数十個のビーズが筒を抜けた途端、空中で拡散してミサイルの前に立ちはだかりました。


 そのビーズが空中に浮遊しているだけなら、ミサイルも暖簾のように通れますが、このビーズは爆薬でそれとは逆方向のベクトルを持った『弾幕』。一つでもヒットすれば、装甲を施してなければ無傷でいるのは絶望的でした。


 オレンジ色の閃光が瞬き、燃え尽きて黒煙に変化したとき、ミサイルは本来の使命を捨て、バラバラになり海へ墜落します。


「ミサイルキル。次弾、多目的榴弾、装填急げ!」

「照準方位は?」

「方位そのまま。仰角修正、4から14へ」

「ノア2よりメイブ2、海岸まで残り3500」


 敵の陣地を攻撃が飛来してきた方角と勘で予測して、砲の照準を修正します。再び開いた閉鎖機に多目的榴弾、砲弾の中に火薬と信管を装備した炸裂弾を放り込みました。キャニスター弾とは異なり、弾道は放物線を描くため、仰角を少し高くして迫撃砲に似せて射撃します。


「撃て!」


 あとはこちらが一方的に甚振るだけでした。砲弾は数秒間飛行して海岸線から少し先の茂みに着弾。爆風が木々をなぎ倒し、急激に熱せられた草木が火を上げます。すると砲弾が着弾してから数十秒経って、弾薬の集積をひそかに行っていたのか、バチバチと火花がスパークを始めました。


「命中。撃ち方待て」


 淡々と敵の撃破を確認して報告を口にした私でしたが、無我夢中だったことに気づかされて、ふと溜息を零し力を抜きます。


 出しゃばったことをした、なんて思うと顔から火が出そうでした。結果的に成功ですが、格好つけた言動に命令違反。羞恥と罪悪感がミルフィーユになって襲い掛かってきます。


「よくやったメイブ2。だが命令違反は感心しない。次はないぞ」

「は、はい。すいません」


 気分も声も落ち込んで消沈気味でした。潜伏した敵を一掃したことで上陸は安全に進行しました。戦車を揚陸した後、現実時間の時計を見るとすでに夜の11時を過ぎていて、登校日の前日だったこともあり、軽くチャットを流してゲームから去ったのでした。

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