委員の仕事が一通り片づけると、私と裕翔は向かい合わせに座って、雑談を始めます。
話題は決まってゲームのことなのですが、そのジャンルも大体固定されていて、シングルプレイ用の街作り系のシュミレーションかストーリー性を伴うファンタジーです。
「進捗はどう?」
「うーん、微妙。スランプ、かな?」
「スランプ、ねぇ」
小説家の如き言い草ですが、事実です。街を作るのにも、作業効率の良い時、悪い時が波になって来るのですが、今はその波の最小点。何をするにもやる気がない状態を意味していました。
「パソコンの前に座っても、マウスを動かす手が億劫でさー。すぐにSNSとかに手を出してしまうんだよー」
「なんだか想像つく。モカがパソコンを眼の前に、あー、とかいー、とか、歯を食いしばって唸ってるの」
「……そんな酷い顔、していないけど」
「え?」
「え? じゃないよ惚けない。清楚に優雅に、日々市民の為にせっせと汗を流して働いていますよ」
普段私がプレイしているゲームは街の市長になって街の運営しながら発展させていく、というシミュレーションゲーム。何もない一面芝生の土地(これを市と言い張ってるあの世界線の国は、マジで最初のプレイヤーに謝罪すべき)を与えられて、人を招き、家を建て、自分だけの大都市を作る、本格的なものなのです。
「また、コンテストにでも出すのかい?」
「いやー、今回のマップは完全な趣味。特に深い意味はなく作ってる」
「と言っても、実験的なことはやってるんでしょう?」
「災害を故意的に発生させてストレス発散したり、税率の上下で人間の出入りがどれだけ変わるかなんて、調べてないよ」
「バリバリやってるじゃない」
私は何食わぬ顔で言い切るも、裕翔が苦笑いでツッコんだ。
「まぁ、他にやりたいゲームも、今はないし」
「マルチプレイ中心のオンラインゲームとかは?」
「私には向かないよ。学校でも裕翔くらいとしか真面に話せない人間だよ?」
「それもそっか」
妙に納得する裕翔にちょっとだけ腹が立ちますが、クラスメイトの中でも彼との関係は異様の一言に尽きました。
饒舌になるのは彼との会話だけで、他のクラスメイトと口を交わすときは必ず聞き手に回って、徹します。他の人間に興味がない、とかではなく、女子でゲームしか生きがいのない人間はせいぜい私くらいですし、それを公言する機会もなく、こうしてこの男子と話している、というわけです。
何も全く話さないというわけではなく、委員会やクラスでの多数決ではある程度意見を言って、あとは影を潜めて事の次第を追うだけになっていますが。
「そうだ、気晴らしになるかはわからないけどさ。ちょっとおすすめのゲームがあるよ」
「おすすめ?」
「うん。最近、ネットの記事にもなってて、サービス開始一年目なのに全世界累計7000万本も売れてるシューティングなんだけど」
「ほいほい」
と、軽く流す感じで返すと彼はスマホの画面にその記事を出した。
「ウォーフェア・オンライン?」
「僕なんかは、銃とか兵器とか、にわかだけど結構好きだし、半分それ目当てでやってるっていうのはあるけど、普通の人でもストレス発散とか、競技性があって楽しめると思うよ」
「レイセオン他VR機対応って、これ仮想現実のゲームじゃんか」
「あっやっぱりダメかな?」
マズい、せっかく奨めてくれているのにものの数秒で拒否反応を。私は反発的な一言に裕翔の顔が曇っていきます。
フルダイブVRとは、頭から頸椎に伸びる冠型のデバイスを装着して、人間の意識をゲーム内に投影して遊ぶ2030年代に開発された今のゲーム業界では主流のシステムでこれに関しては無知です。現実からアバターに意識を持っていかれた状態で何かされそうで怖いじゃないですか。
レイセオンはそのVRハードの一つで、動作の信頼性、アバターと生身の同調率の高さなどが評され、警察機関の訓練でも採用されているとか。
「うーん。ダメというわけではないんだけどー。どんなゲーム?」
「地球規模の惑星でAIが運営する架空国家の軍人になって、他の国家と戦争をするゲームかな。一言で表すと」
「何それ怖い」
「まぁまぁ。架空の世界の話だから」
「戦争がなくなったってのに、仮想世界で何やってるのよ」
「結局、闘争本能は戦うことでしか満たせないってことだね」
「肯定しないの」
ますます私の購入意欲が遠のいていきます。けれど次の一言で意識が覆りました。
「もっと、話題を広げようと思ったんだけど」
「……その努力は素直に認めるよ。なんかごめん」
「い、いや、謝ることじゃないよ。うん」
憎いですが、これが私の限界です。ごめん裕翔。
悲しそうに付け加える彼を宥めた私でしたが、火がつきました。別に彼が好きとか、そういうわけじゃないですよ。
振り切ったように見せても、罪悪感が拭えることはなく、むしろそれで心が濡れていきました。しばらく互いに沈黙した後、彼が図書室を出ようとしたのでそれに続きます。
部活の喧騒がまた一段と濃くなった昇降口で上履きを下駄箱に入った靴へ履き替えて、校舎から出ていきます。
「それじゃ、また来週」
「うん、またね」
それぞれの自宅が逆方向なので校門の前で別れました。私の行動が開始されます。
そして……あの発狂に至るのです。
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