轟いた少女の絶叫に、店内は一時騒然となりました。痴漢か盗撮か、騒めいた客たちが目にしたのは、膝と手を付き、四つん這いになる女子高生の姿です。
それは、紛れもなく私ですが、一同は首を傾げました。周りに男っ気なんて微塵もなく、むしろ売り場は彼女の独壇場と言っても過言ではありませんし、何があったのか理解不能。私の行動は他者からは意味不明でした。
かくいう私も、別に金がなくてひもじい思いをしているわけではなく、本当に迷っての絶叫なのでした。
「ぬぅぅ! 私は、私はどうすればー!」
悩み耽っていると、レジに立っていた店員が私の元へ寄ってきて、心底気だるそうな声音の注意が入ります。
「あのぉお客さん。他の方に迷惑となる行為はー」
「ぬぁ……すいません」
頭を落として、声のトーンを下げると、私は黙ってパッケージを取ってレジに向かいました。注意が入って落ち込んでいるわけではありません。ただ、この人の他、見られている皆に声を掛けられるのが嫌だっただけです。
「これ、ください」
「あっはい」
店員も何かを察してレジに踵を返して、私に対応します。
周りは瘴気を発する私に誰一人近づく者はいません。店を後にした私は、そんなテンションで帰路につきました。
一戸建ての赤い屋根が見えて、安堵に浸りながら『三浦』の表札が刺さる黒いフェンスゲートを開けて、玄関の扉に手を掛けました。
帰宅して、持っていたゲームショップのビニール袋をソファーへ乱暴に放りました。
使い古したぼろ雑巾のようにカーペットの上へ寝転がると、台所でウーマンスーツにエプロンを巻いた私の母『三浦 千歳』が顔を覗かせながら、怪訝な表情で事を尋ねます。
「おかえりなさい。学校で何かあった?」
「うーん。学校じゃないー」
「ははーん。さては男だなー」
「違いますー!」
「フフッ、冗談よ。ご飯出来たから、食べながら訊くわ」
ぬわぁぁと呻き声を上げながら、ダイニングテーブルのあるところまで、匍匐前進で迫り、ナマケモノも顔負けの具合でノロノロと着席しました。
今日のメニューはアジの開きとほうれん草のおひたし、ご飯にシジミの味噌汁と、とてもシンプルな晩御飯です。
箸を取り、混ざり合う湯気に手を通してアジの身をほぐします。
「そんなにやつれ切った顔で、どうしたの?」
「友達に奨められたゲームを選んでた」
「それで?」
「購入するか迷って、発狂した」
「これはまた随分と慣れないことを」
「うん。めっちゃ見られた。恥辱で疲れた」
「だろうねー」
顔を引きつけらせて私の疲労に同意する母。言葉に詰まって、何も言えない。
「で、買ったの?」
「店員に注意されたから、腹いせに買った。でさお母さん。うちにまだ、レイセオンってあるよね?」
「え? えぇ。お父さんの部屋の横、物置になってるでしょう? そこに埃被ってると思うけど」
「良かったぁ」
「VR、買ったんだ」
「な、お母さんにはあんまり関係ないよー」
「で、その友達っていうのも、仲の良い裕翔君だったり」
「んなー! ち、違うし! 別に、裕翔が誘ってきたから始めるわけじゃないし」
「モカちゃん、バレバレよ」
「うるさい!」
至って真面目な顔で否定はしたものの、母にはどうにも照れているように見られているようで、まさに私が恋情を抱いているような言い草でした。
けど、それは微塵もなく、最後に残ったのは純粋な興味だったのか、もしくはリアルタイムで同じゲームをしている仲間が欲しかったのかもしれません。誰でも良かったのでした。
私はご飯をみそ汁と香ばしい狐ががった白身で流して、おひたしに舌鼓を打ちながら、私は合掌して食事を終わらせました。
「ご馳走様」
「はーい。お粗末様でした」
「それじゃ、しばらく上にいるから」
そう言い残して、私は頬ったビニール袋を持って階段に向かって歩いて、二階へと姿を消しました。
頭に装着するVRハードレイセオンはプラスチックの薄い板が後頭部から頸椎に向かって伸びていて、一見コルセットにも見えます。
被さるように付けて、パソコンと専用のケーブルで接続すると、ゲームが起動します。これ単体でも動かせるのですが、ハード単体の処理を補完できるので今やどのプレイヤーもやっている、ある意味裏技のようなものです。
部屋着に着替えて、ベットに寝転がると、袋からソフトの入った正方形のメモリチップを取り出して、読み込みさせます。
「はぁ、ふぅ」
っと、その前にやることがありました。呼吸を整えている合間に気が付き、一度起き上がってスマートフォンに手を伸ばします。
メッセージアプリに裕翔へのメールを打たなければなりませんでした。簡略に「買ったよ」とだけ打って、あとは自分のレイセオン内で使っているゲームIDを送り、私はゲームへと意識を没入させました。
『三浦 モカ』、ラヴェンタの虚構の戦闘行動が幕を開けました。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!