「で!」
「うん、な、なんだい。顔が近いよモカ」
「なぜ私が記事に載っているのか、知らない?」
「その記事は見たけど、僕が詳しく知るわけないよー書いたわけじゃないし」
「だよねー」
昼下がりの教室。お昼まであと一時限まで迫り、腹の虫もそろそろ鳴き声を五月蠅くする頃ですが、私はそんな空腹を忘れるくらい健気に訊ねていました。彼がこれに関わっているのではないかと踏んだからです。
「でも一躍時の人だよモカ」
「私はひっそりゲームをしたいだけなんだけど。別にチヤホヤされたいとかそういう気持ちは微塵もないよ。むさ苦しい」
ウォーフェア・オンラインの人口比を見れば、次にログインしたらそうなるのは想像に難くない、むしろ念頭にすらないなんて先見性がない証拠です。アバター変えようかな。
「時の人、ねぇ。悪い気はしないけど、良い気分にもなれない」
映像の一部始終を見て、押し切ったことへの説教が蘇ってきます。他の戦車、ひいては部隊全員に的確な指示を出す人間の苦労もわかってはいますが、所詮はゲーム。生死が掛かっている本物の戦場ではありません。
つい熱くなってムキになったこと、誰もや一度は経験をしているはずです。しかし、あの静かな怒りは、まるで私の命を預かっている『上官の像』そのもの。理解に苦しみました。
「そういえばさ」
昨晩の出来事と部隊長の心理に目まぐるしく思考を巡らせていると、裕翔が話題を変えます。
「初めての紛争参加、どうだった?」
「言葉だけ聞くと、とても物騒なんですが」
「なら言葉を変えて、初めての実戦」
「もっと試合とか合戦とか、柔らかい言葉はないの? 下手に聞かれたら周りドン引きするよ?」
「オブラートに包んでもややこしくなるだけだと思って」
「えぇはいそうでございますか、ならいいんですけど」
この男、他からの眼、体裁を考えないのか。顔と性格は穏やかでも、思考の一端すら読めない。
「動画にもある通り。別に良いも悪いもない」
「珍しいね。街の事を聞いた時は大体不調でも上々って答えるのに」
「大成功、とでもいった方がいいの? この場合」
「成功じゃない? 作戦概要、今朝アプリで拝見させてもらったけど、上陸地点の確保と拠点の設営は終わってたみたいだし」
「ならそれで構いませんよ。私は一向に」
「なんか、悲観的だね。今日は」
「何が」
言葉に現れていたでしょうか。悲観的な口ぶりや要素が。
「うん。呆れている、と言った方がいいのかな?」
「人の口調で気分を予想しない。元気よ私は」
誤魔化そうと適当にあしらいます。しかし、
「昨日の作戦、何か詰まるところでも?」
「……はぁ、やっぱり逃げ切れないか。ありましたよ……いろいろとあった」
降伏し白旗を上げて素直に答えることを決意します。未だにあれを引きずっているのです。
「嫌なら話さなくてもいいけど」
「別に嫌じゃないし。あの迎撃、中隊長の命令を無視してやったの。それで終わった後にちょっと説教を喰らっただけ」
「あれまーそれは災難だね」
「結果オーライだから、別にいいじゃん」
私は不貞腐れます。ミサイルを破壊して、敵の陣地を壊滅させたのだから、褒められるべきです。そんな自分勝手な解釈で半分逆上していました。
裕翔はそんな私の肩は持ちませんでした。それも理論的に納得がいくよう紐解いていきます。
「でも、戦車とホバーの乗組員の命を危険に晒したことも、事実だよね?」
「えっ……?」
息が詰まりました。自らの持つ視野の狭隘に気づきませんでした。思わぬ方向から来た砲弾で思わず考えが撃ち砕かれます。
「まぁ、それは、認めざるを得ない」
「部隊の長っていうのは、欠員なく戦闘を終えるためにいろいろ考えてるんだ。戦車乗りになったとき、学校でも言われなかった? 戦車長は戦車に乗り込む隊員の命を預かってるんだって」
「……言われた」
憤りが墜落して、消沈しました。私の行動と感情は戦車という一両の集団をまるでわかっていなかったのです。
「僕はそれが言いたかったんじゃないかな。自分を犠牲にしているつもりでも、戦車というのは一両だって『個』ではない。一か月もの間、いろいろ吸収しすぎて、混同しているのだと思うよ」
「いろいろ吸収した原因は半分裕翔にあるんだと思うんだけど」
「あはは、気のせいだよモカ」
彼は弁明などせず、というか否認しますが、彼のおかげでいろいろ戦いの心理に近づけたのは事実です。
しかしそれが残念ながら今回の単独行動の原因にもなりました。学も使い道を見極めなければ無駄になる、徒労を踏んだつもりなどありません。
「でも、原因がわかっただけでもスッキリした。さすがはこのゲームの先輩」
「役に立てて嬉しいよ。今度、また空に上がらない?」
「その誘いだけは絶対にお断りさせていただきます」
「丁重に、じゃないんだ」
「拒絶よ拒絶」
最後に冗談を付け合わせるのが、彼の良い所でもあるのです。と言っても、恋情なんて微塵も抱かないんですがね。
そう、二人で談笑を繰り広げていると、彼の後ろから声が鳴ります。
「あの、舘 裕翔君」
優しい声調で、裕翔に声を掛けるのは女生徒でした。彼の身体からその面影が映ると、私の眼には眩しいほどにキッチリと身なりと礼儀を整えた少女が、そこには立っていたのです。
「ん? 僕のこと、呼んだ?」
「はい。あの、そのゲーム、お二人もプレイされているのでしょうか?」
感興して楔が外れた彼女は、私達二人だけだった領域に足を踏み込んでしまったのでした。
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