裕翔ことファルコンと合流した私はパッシブエリアで入隊の手続きを終わらせ、そこから早々に離脱しました。
現実時間が夜の11時を過ぎていたこともありましたが、彼の所属するアークユニオン空軍『第36航空隊』の配備機体へ同乗するためです。
船上の人になったのは、パッシブエリアからプレイヤー達が四チームに分かれて殺し合う『アクティブエリア』に転送されてすぐの事でした。レイセオンにはネットワーク環境に無数いるプレイヤー同士を繋ぐ『フレンド機能』があり、それを使って彼の元まで飛んだ、という次第です。
水平線に囲まれた太平洋沖、アメリア連邦合衆国の西海岸から数百キロの場所で艦隊を組む空母の上で、私はカタパルトに前輪を接続した艦載戦闘機『F/A—18』の雄姿を目の当たりにしていました。
ノズルから水平に伸びる青白い火柱と全周を覆うジェットエンジンの轟音。数十メートルの溝に沿って水蒸気のカタパルトが前進し、機体を時速200キロ前後にまで加速させます。
風音が遠ざかっていくと、隅に隠れていた色とりどりのベストを着た人々がサッカーフィールド程の甲板に広がって、空いたカタパルトへエレベーターから進んできた新たな機体の準備を始めました。
「い、忙しい、ね」
「これでも通常の六割稼働、三基のうち一基しかカタパルトを使ってないから、練度向上を図った定期訓練だね」
てんてこ舞いのウェイトレスを座視してるようでした。二機目の発艦も数分でこなして、甲板の作業員が休憩に入りました。
「僕の機体はまだ格納庫だから、下に行こうか」
「あっうん」
彼に案内されて、私は甲板の下にある艦載機の整備と待機が行われる格納庫へと入っていきました。
船内の通路は人がやっと通れるほどの幅でとても窮屈でした。何より機密扉で仕切られる区画の溶接部はボルトで締められるために楕円の突出があって、すれ違うのも不可能な作りになっているほど。
こんな狭い船内で六千人の人間が生活しているというから驚きです。
しばらくそんな船内を一列になって歩くと、今度は体育館を数個並べただだっ広い空間が現れます。
その空洞では緑色のツナギを着た整備員達がオイルと汗に塗れながら、点検に明け暮れていました。顔に筆を撫で下ろしたようなオイルの落書きがある人もいて、ちょっとだけ可愛らしい。
「おっ来たなファルコン」
後ろからする声に私は肩をビクンと上げて、ファルコンが振り向くと同時に彼の背中へ回ります。
私達が通ってきた用通路の扉に肘をついて寄り掛かる無精ひげの色黒パイロットが、彼へ低く微笑みを送っていました。
「すいませんベレッジ大尉。訓練でお忙しい中」
「構わんさ。ガールフレンドを大空へ吹っ飛ばすんだろう?」
「えぇまぁ」
冗談交じりのセリフに照れ恥ずかしさを隠すように手を頭の後ろへ回して、屈強な彼『ベレッジ』から視線を外したファルコン。
「是非とも俺の機体を使ってくれ。完璧な状態だ」
「では使わせていただきます」
「普段は攻撃機に乗ってるんだろう? 俺のホーネットで良かったのか?」
「一応、空戦機の経験もあるので、大丈夫です」
「ははは。こいつを戦闘機と言うのはお前くらいだよ。マルチロールなんだがな」
「攻撃機にするには惜しい機体です。僕からしたら、こいつも立派な戦闘機なんですから」
「それもそうだなエースさん」
「やめてくださいよ」
私を差し置いて話が盛り上がっていて何よりなのですが、入れる余地もありません。専門用語ばかりで、話題についていける気がしないですから。
「それじゃ、僕はいろいろ機材を取ってくるから、ここで待ってて」
「うん。わかった」
不安げな表情を浮かべると、それを見るや私にベレッジは笑顔を向けます。
「聞いてもいいか?」
「……何を、です?」
震える声で返事しました。まるで怯える子犬のように。
「名前と、このゲームを始めた理由だ」
彼は極めて冷静な声で再度、聞き直します。
「ここにはいろんな奴がいる。趣味で始めた奴、好奇心で買い居座る奴、友人に誘われそのまま戦場で友情を作る奴」
境遇は人それぞれです。私は三番目に入るのでしょう。
しかし彼の口からにわかには信じがたい人間の境遇が出てきます。
「戦場に囚われて、ここに居場所を見出そうとする奴」
「囚われて?」
「そうだ。過去の戦争に参加した本物の兵隊、その家族、子息、いくらでもいる。こいつはゲームだが、戦争の墓場みたいだ」
「戦争の……墓場」
「いいか、実戦を経験した退役軍人、そいつらから仕込まれている奴はすぐにわかる。一般人とは戦闘適性が違う、統率の取れた動きだ。ステータスもカンスト状態だが、このゲームは知識が武器になる。先輩からの小さなアドバイスだと思って、頭の隅にでもしまっておいてくれ」
「はい、ありがとうございます……」
竦んでいた肩を叩かれて彼は機体が並べられた広間の方へ足を進め、やがて消えていきます。
ファルコンが戻ってきたとき、彼の姿がないことに首を傾げましたが、機体の方で整備員一人一人に声を掛けている姿を眺め、口を紡いだまま口角を動かしました。
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