今日はまともに朝食が食べれて、機嫌が斜め上です。遅刻もせず、定められた登校時間をしっかりと守っているので、周りから注目の眼差しを浴びることもありません。
しかし、家を午前七時に出たのは張り切り過ぎた、なんて度合を超えていました。教室は私たった一人、まさに孤軍。戦車戦では命取りになります。
「静まり返った教室なんて、いつぶりだろう」
遅刻すれば、大体クラスの全員が揃っている状態でした。なのでこの誰もいない教室などというラブコメのワンシーンみたいなシチュエーションは慣れません。むしろ嫌いです。色恋沙汰でいい噂も聞きませんし。
「はぁぁ。やること、ないなー」
私は机に突っ伏して、ブレザージャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出しました。
ニュース記事、ゲーム関連のものですが最近は欠かさずチェックするようにしています。業界全般の話題は勿論なのですが、全世界的に支持を集める『ウォーフェア・オンライン』の特集ページが組まれていて、最新のアップデート情報や開発者インタビュー、プレイヤー達が撮影したゲーム内の珍事やベストプレイの映像が掲載されているので、ゲームが制限される暇つぶしにはなります。
ブラウザアプリを開いて、星マークのお気に入りから直接ニュースサイトのページに飛びました。
「ふむー、また武器バランスの調整が入るのかぁ。戦車砲の性能に影響がなければいいけど」
記事の見出しとサムネイルの画像がカテゴライズされて一覧となり現れました。
最新パッチの情報、AI民間人が書く日記、そして運営がピックアップしたプレイ動画の数々。スクロールして何気なく閲覧しています。
そうしていると、その最中に見覚えのある風景が縦に流れていきます。
「うにゅ?」
髪型は異なりますが私と同じ髪色、触っていた双眼鏡にクリーム色の戦車。似ている人……では到底言い逃れが出来ない容姿に思考のすべてを注いで何とか『私ではない』事実を脳内で作り上げようとしますが、映っている人相は正真正銘の『私』その人であり、嘘を塗りたくれば塗りたくろうとするほど、無理がありました。
「えーっと何々。『対空の女神が降臨か!?』だなんて、大げさな」
しかもID名までついていて、認知度は鰻登り。知らぬ間にこんな記事にされて、これから道を歩くのも恥ずかしい気分です。
口に出して絶叫しようと息を吸い込みました。誰もいない教室だし、他のクラスの教室にも人はいません。存分に吐き出してやりますよえぇ。
しかし、母音が口から半分ほど出た時、教室の扉が開きます。先生でしょうか。咽てしまい咳き込みながら目を回すと、扉の袂から私よりも背の高い女生徒の据えられた狐目が向いていました。
「あら、珍しくこんな朝早くに来てる方が」
「おはよう、ございます」
「くふ、おはよう」
悪魔が微笑むような、艶めかしい笑顔を注いでいます。紫色ロングヘアはそれを引き立てていて、存在感の差を感じてしまいます。
「ごめんなさい。あまり話したこと、なかったわね」
「え、えぇ。こちらこそ、なんかすいません」
「なぜ、あなたが謝るの?」
「い、いえ! なんとなく」
「クフフ、面白い」
「は、はぁどうも」
人と話すのは苦手です。特にこういう高飛車でプライドが高そうな話し方をする人は男女ともあまり好印象には受け取れません。
「それで、こんなに早く来て、何をしているのかしら?」
「あっと、えーっと」
「何かマズいことでも?」
とんでもない。なんだか取り調べを受けているみたいで不快感が喉に込み上げてきます。
「あぁいえ、ただ」
「ただ?」
「あなたに言う必要があるのかなって」
「……」
彼女の顔が途端に曇ったのを私は見逃しませんでした。しかしそれから腹を抱えて笑い転げます。
「クフフ、フハハハ。その返しはちょっと想定外だったわ。でも面白い。少しだけ気に行っちゃった」
「私の心象はよくないですけど」
「名前、まだ言ってなかったわね。湯河原 静流。話したこともなかったし、それだけは知らないでしょう?」
「知らくても、生きていけるので」
「冷たい、けど強情なほど解いた時の反応が面白そう。そそるわ」
「なんだか気持ち悪いですねあなた」
否定的で罵倒に近い返事でも彼女は笑いを止めません。けれど私はそれが作り笑いであることに薄々気が付いていました。
すると彼女は私に瞳を固定します。
「それじゃあ、また機会があったら」
深い意味はないのでしょう。けれど彼女の瞳は偽りの笑いでも偽れない底知れぬ深さを感じました。
静流がそう言って私の元を静かに離れると自席で一度、小さく手を振り、机の中から本を出して読み耽りました。この出来事がなかったように、いえ空想の産物であったかの如く平静を作り出します。
一体、何がしたかったんだろう。私が時計を一瞥すると、あっという間に三十分が経っていて、他の生徒達も登校を始めていました。その中に、私の戦場での活躍を知る人物も当然、混ざっていたのは、言うまでもありません。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!