私達は国家の暴力装置である、これは射撃場の教官に教え込まれたことでした。
そして、ダニーは偽りに満ちた世界の仕組みを語った。それは真剣に、嘘偽りなく、語ったのです。
「このゲームには四つの国家群、陣営が存在する。もっと詳しく分ければ190もの国家が存在するが、大まかに分ければ4つだ。それさえ覚えて戦場に出れば、敵も明確になる。耳の穴かっぽじってよく聞け」
「はい!」
威勢よく、鍛え上げられた声帯を大げさに活用して返事をしました。
「これがこの世界の地図だ。俺達が住んでいる地球の地理と大差ない。だが時代背景は1970年代から2020年代の物だ」
「ほんとですね。南西諸島に島がありません」
「詳しいな。地理が得意なのか?」
「い、いえ! 前に街作る系のゲームをしていて、初めて作った街が、ほとんど海の島だったので」
「なるほどな」
四色の勢力に色分けされた世界地図が教壇の後ろに出現すると、私の小言に今度は怒鳴らず、ダニーは話を受け入れました。
真ん中を遮っていた彼が横に掃けながら説明を続けます。
「青がアメリア連邦合衆国を中核にした『アークユニオン』、現実でいうところのヨーロッパを抜きにした西側諸国と言ったところか」
「西側?」
「三次大戦前にあった二極の陣営のことだ。もう一つが極東の国『大和』を除いたアジア地域とユーラシア大陸の大部分を占める『ワルーシャテリトリー』、アークユニオンのお隣、ヨーロッパ中心の『ユナイテッドユーロ』、アフリカ全土と中東の一部を領地とする『アローヴロス』」
指を差しながら、淡々と説明を続けているが、私の頭に入ってくるのは名前だけでした。補足情報までに辿り着けないのは、ゲームシステムや設定の話になると、大体この後は本編、というジンクスが私の中であったからです。
「この四つから好きな地域を選べ。最初は何も考えなくていい。もし学校の友達や周りのゲーマーが違うチームに居ても、最初はリスクを冒すことなく変えられる」
「最初だけですか?」
「あぁそうだ」
「二回目以降のお話を聞いても?」
「いいぞ。だがその前に、一つだけ聞きたいことがある」
「な、なんでしょう」
身構えます。なぜでしょうか当然です、さっき無茶苦茶トレーニングさせられたんですから。穴の空いたぼろ雑巾を大掃除で過労死させる程度の仕打ちです。はい死にます。
「身構えんでもいい。もしお前が運動クラブのキャプテン、そうだなサッカー部だとしよう、同じ場所に所属する俊足の『マイケル君』が陸上部に引き抜かれそうだったら、どうする」
フィールドを他の選手を圧倒する速さで蹂躙する選手は汎用性が高い。一つのポジションに囚われず、攻守の切り替えが素早くなり、チームの弱点を一つ消せる『戦力』です。それくらいはサッカー経験のない私にも考えようができます。
「陸上部なんて邪推だ! サッカーを選んだのだからここに残ってくれー!」
「名演技だな。ダニエル・アカデミー賞をやろう」
「あっありがとうございます」
「つまり、そういうことだ。どの陣営だって、優秀な兵士を亡命させたくはないだろう。業種転換ならともかく、チーム転向となれば、スポーツも戦闘も情報が漏れ、不利を被ることになる。利敵行為だな」
「追われる身なんて、ラブストーリーだけで十分ですよ」
「悪くない冗談だ。話を戻そう。一度目は、まぁゲーム側からチームキルの無効化が入る。無論、事前にパッシブエリアで手続きを済ませないと、二度目とやられることは同じだがな」
「ひぃ。恐ろしい世界」
亡命システム、と名づいているこのチーム移動システム。一度目に限って、ゲームシステムから救済措置が貰え、軍籍を移行するまで味方からの攻撃が無効になります。
しかし二回目以降、ゲームシステムも見放してしまうため、自らが武器を持って戦い、逃亡するしかないようです。殺伐としすぎなのでは。
そういえば、ダニーはパッシブエリアとか言ってましたけど、何なのでしょうか。
私が疑問を口に出そうと子音を発した直後、それを彼は封じた。
「亡命の話はこれくらいでいいな。次に国家システムについて。この世界の国家主導者は人間ではない。覚えておけ」
「宇宙人とかですか?」
「バカ言えどこのハリウッドだ。基本的に兵士以外は四基の人工知能が陣営すべての経済活動、大衆思想、政治判断を掌握していると考えていい。俺達兵士はそのAIが下した判断に基づいて、戦闘を行い、目的を達成する。さっきも言われただろう。俺達は国家の暴力装置だと」
「あっ」
「俺もこの世界には疎い。戦うこと以外は点でさっぱりだ。だがそれさえこなせれば、楽しめる」
「は、はぁ」
「常に陣営同士が敵対しているわけではないが、互いが仮想敵国としている。小さな地域で散発的に起こる小さな争いを『紛争』、陣営同士が世界規模で争うことを『世界大戦』なんかと呼んでいるな」
「へぇ。忠実ですね」
「それがこのゲームの売りでもある。プレイヤーはAIから戦争を任せられると、戦闘指揮権の殆どを委任される。頭のお堅い上の連中がシュミレーションゲームのように我々兵隊を動かし、我々は与えられた任務を完遂するために敵を排除する。『ウォーフェア・オンライン』などと大層な名前で呼ばれているが、これは戦争だ。現実世界に反映されない、『偽の戦争』、『嘘の戦争』だ」
真剣な眼差しで語るダニーへ、私は同様の眼を返そうとしても出てこない。経験がなく、その意味が理解できない。
ゲームはゲームだ。それ以上でも以下でもない。自戒を促すような忠告に頷きつつも、中身のない感情論を拒絶しました。
「曖昧なのも無理はない。心に留めておくだけで、変わる」
「はい」
「次で最後だ。このゲームにおけるステータスとダメージの形態について」
背筋が引き締まります。ダメージ計算や負傷の形態によって適切な回復術が違うのはファンタジーならば定番、ひと昔前の戦争を舞台にこれだけリアルに仕込まれているのですから、医療処置も数、手順は膨大でしょう。
衛生兵になる、という選択肢は皆無ですが、聞くだけは聞きます。前線で待っている暇もなく、仲間に死なれては困りますからね。
「端的に言う。撃たれれば大体死ぬ」
「……へ?」
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