立体パズルのピースになって崩壊した訓練所を後に、私は暗闇から高層ビルや店舗建屋の乱立する都市のど真ん中に転送されました。
中立都市『モノポリス』、現実の都市とは一切関係ない、運営の想像だけで構築された都市、なのだが。
「どう見ても、東京」
スポーンした場所は地面から隆起したポータルにも思える赤いサークルの真上でした。
「並木道の中央分離帯で隔たれた片側二車線ずつの贅沢な道路。後ろには……お城」
ちょっと差違があるようです。あれは江戸城かな。記憶の淵にある城の大して変わりない(主観)情景を思い浮かべながら、立地と照らし合わせて想い耽ります。
すると視界の右上にオレンジ色のヒントボックスが右端から広がって、この世界を簡潔に説明してくれました。
「ほうほう。ここがパッシブエリアですか」
講義にはなかった解説。慣れない世界への緊張感が絡まっていた疑問のツルを掩蔽していたけれど、いざ降り立って言われてみると、確かにここは殺伐とした沈黙ときどき銃声の戦場とはかけ離れた世界でした。
道路はあるのに車通りは非常に少なく、プレイヤーも疎らで閑散としています。現実ならば排ガスの混ざった粉っぽい香りがするものですが、不純な香りは一切なく、鳥たちの声と共に透き通っています。
直線になっている中央分離帯の参道を歩き始めて、正面に聳え立った都会には分不相応なレンガ造りの屋敷へ向かいます。
「東京駅?」
威風堂々と構える佇まいを眼の前に記憶が震えます。丸の内駅舎そのもので、これを架空というのはさすがに無理があるのではと思いました。
ヒントボックスの文言が変わり、軍籍、つまり軍隊の一員であるという資格を得るためには、あのランドマーク的な建物で入隊手続きを済ませる必要がある、とのことです。
ビルを見上げながら、数十年前の懐かしい街並みを眺めていると、窓から覗く視線に気づき、手を振ろうとします。
けれど、こちらに気づくや、イカを突くザリガニのようにカーテンを閉めて身を引っ込めました。
「監視されている気分。歓迎されてないのかな?」
手を後ろに組んで、呑気な振る舞いをして誤魔化しますが、ちょっとだけ傷つきました。
ですが、彼らは決して歓迎していなかったわけではなかったのです。それは数分後に重々理解できました。
異様な沈黙に溢れかえる街、ビルに潜んでいたあの影を忘れ掛けた頃、遠くでクラッカーのような破裂音が鳴りました。訓練で遠い爆発を見たり、聞いたりしたときはとにかく身を小さくし、物陰へ隠れることと教わりました。反射的に屈んで、近くに遮蔽物がないかを探ります。
銃声は二次方向から聞こえた。この静寂なら音の方角までわかります。しかし、それはスタートを合図するシグナルでした。
ビルとビルの間、大通りの脇から屈強な迷彩服の男達が現れ、私を四方を遠距離ながら取り囲みました。
「なっ!?」
逃げようとも思いましたが、数は圧倒的に向こうが上。十、いや二十はくだらない。
なぜこうなったのか。考えられることは一つだと察します。それは、
「もしかして、初心者狩り!?」
小声でしたが、響きました。キョロキョロ、状況を確認する私でしたが、その声に反応した彼らは揃って首を傾げました。
そして他人同士で話す適切な距離、一メートルくらいでしょう、そこまで接近して包囲した男たちは傾げた首を戻して、唇を震わせました。
襲われる。けど人数差が圧倒的で太刀打ちなんてしようにない。尻込んで足を竦ませてしまいます。それと四色の迷彩服が四方にくっきり分かれているので、ここには四陣営すべての軍人が集結していることが一目でわかりました。
しかし、
「ブートキャンプお疲れ様! ダニーに目を付けられた新規プレイヤーっていうのは君かい? ぜひAUの軍に来てくれ!」
「我がWT陣営の同志と共に世界統一をしてみないか? 同志は君の望むポストを用意してくれるということだ」
「初心者向けなら断然、EUだよな。メリハリのついた軍規、部隊によっては装備、服装は自由。何より飯とワインが旨いんだよなぁ。どうお嬢さん!」
「ブートキャンプの経験をさらに深めたいんなら、断然アローヴルスだ。戦車戦、空対空戦の実戦経験は世界一。蓄積されたノウハウを優しい教官と将軍から教わり、君も最強の聖戦士を目指そう!」
……なんだ勧誘ですか。入学初日に部活の勧誘活動が連なった校門前通りを思い出します。
ですが、私はまだどこにも決めていませんし、裕翔からの返事もまだ貰ってなかったので、答えは出せません。出ていたとしても、こんなに知らない人がいる中で、舌が回りません。この勢いは別の意味で少し慄いていました。
そこへ、一人の若い青年が飛び出して来ます。
「あっすいません。ちょっと広報の人、そこ通りますね」
後ろから人波をかき分けてきたのは、アバターの自分と同身長くらいの青年です。アカウント名は『ファルコンEE9029』、これだけでは情報不足で、男性アバターの顔にうっすら残る面影、私の傍によって話した二言で気がつきました。
「すいません。この人、僕の連れなんですよ」
「なんだファルコンの連れかよ。彼女か何かか?」
「いえ、えーっと、リア友です」
低姿勢な態度は現実と相も変わらず、同柄だが他とは異色の迷彩服を纏うこの男は、私の良く知る人物。
ネット空間なので、男の耳元で静かに尋ねます。
「ゆ、裕翔?」
小さく頷き、彼は盛り上がっていた場の中で高らかに宣言します。
「ごめんなさい皆さん。じゃ、行こう」
「え? あっうん」
なんだか城から連れ出される姫様みたいでした。手を引かれた私は彼の歩に導かれるがまま、再び進みます。
他三軍の男達はその姿を静観して指を咥えることしかできなかったようです。
一方で彼の同胞は口笛や拍手、揶揄いの声で溢れて、歓迎してくれている様子でした。真意は不明ですが、私はそう感じましたよ。きっと的外れで答えは別にあるのでしょうが。
そして残り半分の道を進んで、屋敷の前に着いた時、そんな黄色い視線とは別の目線を感じて振り向きます。
ゾッと震えるようなその目を確かに感じたはずなのですが、見たほうには誰もいません。慣れない世界で気が立っていて、錯覚していたのでしょう。
「裕翔君……みーつけた」
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