「ッ……ぃ」
『ハナ……⁉』
花子がこちらに勢い良く向き直る。
喉が焼け付く。自分ではない誰かの記憶が、頭名の中を駆け巡った。
女性の、記憶のようだ。
誰からも必要とされず、いつも孤独。声を上げても、助けてくれる者はいなかった。
寂しい……悲しい。つらい。
息が苦しい。
『ハナ! あたしを見て!』
口をパクパクさせながら、華子は花子を見た。
涙と鼻水が出る。喉の奥が痛かった。
「は、はっ……花子……」
『もうっ、どうしてあんたはいっつも……』
「苦しい……寂しいよ……独り、いつも独りで……」
『ハナにはあたしがいるでしょ?』
花子の手が、華子の肩に伸びる。もちろん、そこに体温はない。
しかし、なぜか温もりを感じた。
赤いワンピースを着ているのに、花子から放たれているのは、青い温かさだった。
「花子……?」
『もう、満足でしょ? この子は優しいのよ。あんたにも同調してくれる。あんたと同じように孤独だったから。これで、あんたも独りじゃないわ』
「うっ……っ……」
自分ではない涙が溢れてきた。
ごめんなさい……
心の中で、そう聞こえた。
「あ、……謝らないで……いいよ……」
嗚咽が止まらないが、華子は胸に手を当て、そう言った。
ありがとう
仄かの体の中が熱くなる。
寂しくて、つらく、悲しい涙が、ゆっくりと優しいものへと変わる。
『さっ、これで大丈夫』
「あ、ありがとう……花子」
涙が止まらない。
華子は、細いが力強い腕に、抱き締められたような感覚がしていた。実体はないが、それは花子だと、華子は思った。
『お礼はまだ早いわ。こいつの中にいる奴らは、消えてないんだから。それに――』
花子は、横たわる直也に向く。
『少年の方が厄介か……』
ゆらりと直也が立ち上がった。
そして、こちらを向いた。その顔に血の気はなく、表情もない。虚ろな眼差しの奥は、しかし黒々とした光が灯っているようだった。
「直也君?」
「ッ……」
華子の呼びかけに、フッと頭を垂れた直也だったが、次の瞬間――
『ユルサナイ……!』
ギリギリと奥歯を鳴らし、飢えた獣のように、飛びかかってきた。
「きゃッ!」
華子と直也の間に、花子が滑り込み、青い炎を放った。それに当てられた直也の体は吹っ飛んだが、俊敏に体を捻り、床に着地する。動きまでまるで獣だった。
『グゥ……ギイィ……』
歯を剥き出しにして、直也は唸っていた。
「な、直也君に何が……?」
『さあ? この子の一体だけとは限らないからね』
花子はそう言い、また彫刻に向いた。
『この彫刻は、本来悪い気を閉じ込めるために作られた形代だったみたい』
「どういうこと?」
そこで直也の体を使い、何かしらが飛びかかってくる。それを再び花子の気が退けた。
唸り声が一層大きくなる。それは、雨の音も相まって、悲痛な叫びにも聞こえた。
『通常なら、あれが悪いものを吸ってくれるはずなの。でも、術が弱かったのか、誰かが意図的にそうしたのかは知らないけど、悪い気を引き寄せては放出する面倒で厄介で最悪な呪術になっちゃってるってことよ』
「こんな不気味な物が、本当は守ってくれる物だったってこと?」
『そう作ったのかどうかは知らないけどさ。まあ、本来はね、今と真逆だったのよ』
華子は、血の涙を流す彫刻を見詰め、それから変わり果てた直也に視線を移した。
何が彫刻をこんなに禍々しい物へと変えてしまったのだろう――?
今は誰にも答えを出せない。
『とりあえず、まずはこいつをどうにかすれば、少しは大人しくなってくれるかしらね?』
花子が直也に向かって駆けた。
黒いヘドロのような気が、花子に放たれる。が、それを軽やかなステップで彼女は避けた。
『場数が違うんだよ!』
華子はそう言って、直也の懐に飛び込んだ。
細い腕を少年の薄い体へと突き出す。
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