トイレのはなこさん達

~学校最恐の怪談少女にツッコミを入れるのは霊感最強の平凡少女だった~
ほうふ しなこ
ほうふ しなこ

五話 通学路での話

公開日時: 2021年10月2日(土) 23:09
更新日時: 2022年8月20日(土) 21:22
文字数:1,684

 黒い雲が、また厚くなっている。雨は雫というよりは水の線のようだ。


「今日も雨かぁ……って、当たり前か。梅雨だもんね」


 華子は、いつも通り一人で通学路を歩きながら、呟いた。


「でも、梅雨の空っていうよりも……なんかゲリラ豪雨の時みたいに暗い……体も重いし」


 これにも答える友達はもちろんいない。

 今から独り言が多かったら、ボケるのはやいんじゃない、と唯一の友人に言われたことがある。

 余計なお世話だ。そうなっても、ずっと小学校の三階の女子トイレに通い詰めてやる、と答えてやった。

 すると、幽霊友人から、『妖怪トイレ通い』と命名された。すでに、そうなっている気もする。


 昨日も本当は友人の――花子に会いたかったのだが、体調を崩してしまった。華子には時々あることだった。


 悪い気が集まる場所へ行くと、体調を崩す。頭痛や眩暈、酷い時は発熱する。

 今回は、確実にあの彫刻の中の奴らのせいだ。花子が押し返してはくれたが、悪い気には当てられていたのだろう。

 帰ってからすぐ発熱した。母親は、華子のことを体の弱い子と思っているらしく、朝病院へ行くように促して、自分は会社へ行った。それを華子は別に薄情とは思わなかった。彼女はいつも華子に選ばせる。それはきっと責任を放棄しているのではなく、子どもを尊重してくれているのだろうと華子も分かっていた。母親は、いつだって厳しいが味方でいてくれると信じられた。

 母親への信頼が強くなったのは、いじめが酷かった小学四年生の時だ。

 学校へ行きたくない。

 キーホルダーを取られた日、正直に言えば、母親は『嫌なら行かなくていい』とあっけらかんと言った。学校は確かに行った方が良い所ではあるが、嫌な想いをしに行く場所ではない。ただ困惑する父親に、母親は言った。好きなことや目的が、嫌な想いを上回って行けると自分が思えるなら行きなさい、最後に母親は華子にそう告げた。

 華子は行くことを選択した。だって、花子に会いたいから。


(そういえば、花子に会っても、体調は崩さないんだよなぁ。きっと花子が気を使ってくれてるんだろうけど)


 いじめは、あのキーホルダーの事件(華子にとってあれは事件だった)の後、徐々になくなっていった。それも花子のおかげだろうと、華子は知っていた。あれ以来、いじめグループは、怖がって教室の近くだった三階のトイレには近付かなかった。華子のことも、どこか怯えたような目で見ていた。あの時、花子を呼び寄せたのは、華子だと思っていたのだろう。今となっては分からない。

 ぼおっと歩いていると、前を行く小学六年生くらいの女の子達の話が耳に入ってきた。


「ねぇ、聞いた? 昨日、三年の子が、図工室で倒れてたらしいよ」

「えぇ? また? あの彫刻?」

「本当に、あれ、呪われてんのかな?」

「呪われてるでしょぉ、どう考えても。だって、あれが来てからじゃん、倒れる子が多くなったの」

「やだなぁ。今日図工あんじゃん」

「てか、しばらく図工室でやんないでしょ」


 華子は、立ち止まった。


 そういえば――今日は、直也を見かけていない。


 華子は通学中に周りを見る方ではないが、直也だったらまた話しかけてきそうだ。

 慌てて周囲を見た。傘が邪魔で、顔が見えない。


 顔――


 ふと浮かんだ、直也の顔。


(まさか、倒れたのって……!)


 華子の内心がざわついた。


「ねぇ! その男の子、大丈夫だったの⁉」


 思わず、前を歩く小学生達に声をかけていた。華子の勢いに、彼女達は少し引き気味だった。


「えっ……さ、さあ? 違う学年だし……」

「保健室に運ばれたって、他の子から聞いたけど」


 互いの顔を見合わせながらおずおずと答える女の子達に、ハッと我に返った。


「あっ、そ、そうなんだ。ありがとう」


 慌てて彼女達を追い越し、傘の柄を握り締める。バタバタと雨が傘を叩く音の合間に、背後の女の子達の会話が聞こえた。


「誰?」

「さあ?」

「倒れた子の知り合い?」


 会話がどんどん遠ざかる。

 そして、徐々に不安が膨らんだ。


 倒れたのは――直也かもしれない。


 どうしよう。花子は知っているのだろうか。

 今夜は、何があっても、夜の小学校へ行かなければいけない。

 黒い雲が、ゴロゴロと音を立てていた。

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