トイレの花子さん。彼女は、学校の怪談の最強のお化けであり、学校の守り神のような存在でもあることを、華子以外知る者はいない。
彼女がいなかったら、危険が増していた霊障は数知れないのだ。
それだけではない。学校のお化け達も、花子がいるから安心して、人を怖がらせることができると言っても過言ではなかった。
『今も、他のお化け達が怯えてる。いつもだったら、雨音以上に五月蠅い理科室や音楽室に誰もいないわ。自分達が吸収されるかもしれないから』
「学校のお化け達にも被害が出るの……?」
『あたしが考えるに、学校だけじゃない』
突如、校内が震えた。雨音のせいではない。
蒸し暑かった空気が、やけにひんやりとし、雨の音と混ざって何かが呻いているような振動が伝わってきたのだ。
それは、一人ではない。何人もの呻き声。それが重なり合い、学校全体を揺らしている。
『……探してる』
「さ、探してる?」
『同調してくれる者をね。生きている者が聞いたが最後、連れて行かれるわ』
「ちょっ、ちょっと! 聞いちゃったんですけどぉ!」
『あ、忘れてた。そういえば、霊感だけは強かったわね、ハナ』
「おいぃ!」
勢いに任せて花子に掴みかかりたくても、彼女に実体はない。
その間にも、呻き声達は徐々に三階の女子トイレに近付いてきているようだった。
「どっ、どどう、どうしよう⁉ 花子ぉ~!」
『あたしがいる限り、手出しはできないわ。てか、させないから安心して』
ふわりと赤いワンピースを揺らしてトイレの入り口に立った花子は、徐に右手を前に翳す。
と、青白い炎がぽつぽつと現れ、ゆっくりと円を描き始めた。
『学校にはルールがあるって言ったの、やっぱ理解してないみたいね。あたしの学校で好き勝手すんじゃねぇよ』
青白い炎の玉達が照らし出す。窓の外の激しい雨と、廊下を進んでくる者達をくっきりと華子に見せた。
「ひっ……!」
華子は慄いた。
それは、顔、顔――顔。苦痛に歪む、複数の顔だった。が、それはボコボコと生まれては消え、また現れる。どれが本体なのか分からなかった。
『ったく、あれに一体どんだけ詰まってんだ?』
ぶわりと一斉に青白い炎の玉が、顔を目がけて飛んでいく。ぶつかり合った瞬間、微かだった呻き声が金切り声になり消滅していった。
「ッぃ……耳が痛い」
華子は思わず耳を塞ぐ。それを嘲笑うかのように、それは耳から、肌から染み込んでくる。
言葉として意味のない金切り声なのだが、頭と胸の内側を抉られるような感覚がした。
『っんと、質が悪いわ』
花子が憎々し気に言った。
『生がそんなに疎ましいか? 生きていた頃を忘れた者達よ』
花子の問いに答える顔はいなかった。
やがて、青白い炎に焼かれ、顔達は消えた。
華子も、やっと鋭い痛みから解放される。
小雨になっていることに気が付いた。
「……き、消えた……いなくなったの?」
『いや、あれはまだ一部よ』
「一部⁉」
『ええ。あれの中には、まだまだいる。だから、厄介なの』
花子が振り返る。
いつももなく、硬い表情だった。
『彫刻が壊れれば、あれらが一斉に飛び出してくる。けど、その彫刻が元凶でもあんの』
「出てくるのを倒してもキリがなくて、彫刻を壊してもいけないってこと?」
『壊した瞬間、学校どころか、この町全体にやつらが散らばることになる。徐々に削っていくしかないか』
華子は、そこでようやく合点がいった。
花子が疲れている理由は、彫刻がこの小学校に持ち込まれて以来、ずっとあの顔達を消し続けているからだ。
さすがの花子も、力を使い過ぎているのだろう。
「花子……大丈夫?」
『あぁ、あたしの学校にいる限りは、死人は出さない』
「違うよ、花子が」
『え?』
花子が一瞬キョトンとする。
が、次の瞬間、笑った。それは、綺麗に――
『ハナ、あたしを誰だと思ってんのよ? サイキョーの学校お化けよ。そこら辺の輩と一緒にしてもらっちゃ困るわ』
腰に手を当て、ふんぞり返る花子に、華子も釣られて笑う。
――と、まさかの落雷。
『さすが花子さぁん!』
『我らが花子さぁん!』
『ファンですぅ花子さぁん!』
「…………」
花子の背後に現れた学校のお化け達が、稲光に浮かび上がる。その個性豊かで不気味な顔ぶれに、華子は――
「ぎゃあああぁ!」
落雷に負けない絶叫だった。
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