雨粒が窓を激しく叩く音が、児童も先生もいない夜の校内に響き渡っている。それが、夜の学校の不気味さに輪をかけていた。
が、三階の女子トイレは、いつも通りだった。
華子は、袖やスカート、鞄の雨粒を払いながら、花子の横に並ぶ。
朝の出来事を話しながら――
しまったと思う時は、すでに毎回後の祭りなのだ。
男の子は、飯島直也と元気良く言った。
『元気があるって良いことじゃない』
「そこ⁉」
『子どもは元気が一番でしょ。最近は、枯れたじいさんばあさんかってくらい、小学生でも疲れ切っているからね』
花子はやはりどこか心ここにあらずといった風だったが、皮肉屋は健在だった。
華子も、「まあ、そうかもしんないけど」と一応頷く。
連日、花子の元を訪れるのは、学校の怪談に巻き込まれている証拠だ。
直也との出会いが、確信させた。
『で、その子、ナオヤ君だっけ? なんて?』
「『ぼくも彫刻を見たいんだ』って嬉しそうだったよ。あ、トイレの花子さんのことも知ってた」
『そりゃ、あたしは有名だからね』
「あと、音楽室のベートーベンの目が動くとか、理科室の人体模型が夜になると校内を走り回るとか」
『ふぅん、今時珍しく怪談好きなのね』
「そうみたい」
雨音が、少しだけ和らいだ。
今時の小学生の流行りを華子は知らない。
そもそも華子は今の中学生達の流行りでも置いてきぼりを食っている。が、彼らが習い事やゲーム、スマホに動画観賞に忙しいことはなんとなく分かっていた。
以前まで共通の情報源だったテレビというメディアでは、怪談系の番組は殆どなく、中学の教室ではイケメンやアイドルグループの話題はあっても、怖い話で持ち切りなんて見たことがなかった。確かに、呪われたゲームや怖い動画は数多く存在するが、それよりも破天荒な人間の大人達の方が、子ども達の気を引いているのだ。
以前のように、夕方になったらお化けが出る、といった大人の適当な呪文も効果どころか、言う者自体いないだろう。まず、日が暮れたら家に帰ってこいと言う大人自体が、その時間は会社にいることが多い。
お化けの存在は、語ってくれる者がいなければ、絶滅してしまう。花子が前に呟いたことがあった。
そんな中で、呪われた彫刻に反応する直也は、貴重な存在だと、華子も思う。
「何はともあれ、学校のお化け達に、強力な助っ人が加わったってことじゃない」
難しい顔を崩さない花子に、華子は言った。
「またこれで、学校のお化けや七不思議が、子ども達の話題を独占できる……」
『死人が出なけりゃ、ね』
「……え?」
硬い口調が、華子の話を遮った。
雨音が急にまた激しさを増す。二人の会話を邪魔するようだった。
「しにん?」
『まあ、今でも口裂けちゃんや赤マントやメリーポピンズみたいな輩はいるけど、そいつらとはまた違う』
花子は頭をがりがりと掻いた。
ちなみに、メリーポピンズは、花子と犬猿の仲らしいメリーさんのことだ。ニックネームが本名(なのかは華子も分からない)よりも長い理由は、ただ語感が良いからだと花子が言っていた。
花子はまるで有名な彫像のように、顎を手に乗せ、指を忙しなく動かしていた。ここまで彼女が困惑しているのは珍しい。
「ね、ねぇ……直也君、大丈夫よね?」
『分からないわ。彼らに意思はないもの』
彼らと花子はハッキリ言った。
「えっ、ちょっ……話が見えないよ。彼らって? 呪われた彫刻って物なんじゃないの? それがどんな悪さをするの? 見たら祟られるってこと? それとも、呪いが取り憑くの? そしたら、死んじゃうの?」
いつもだったら、一気に言うな、と一喝されるだろうが、今日はない。
校内に反響する雨音が五月蠅い。
『まあ、全部ね』
さらりと肯定された答えは、絶望的なものだった。
「はっ、花子! それ、まずいんじゃ……」
『だから、頭抱えてるんじゃない』
この小学校一古株のお化けは、真剣だった。
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