トイレのはなこさん達

~学校最恐の怪談少女にツッコミを入れるのは霊感最強の平凡少女だった~
ほうふ しなこ
ほうふ しなこ

一章 呪われた彫刻

一話 厄介なもの

公開日時: 2021年8月28日(土) 14:51
文字数:2,147

 今夜は月が綺麗だなと、華子は思った。それに、月光があれば楽だ。忍び込むことに慣れていても、光があるのとないのとでは全然違う。

 華子は、小学校の裏手にあるフェンスの僅かな隙間から体をねじ込ませる。

 少しでも太ったら入れない。体型維持のための良い口実になっていると、華子自身思っていた。

 でも、もう少し成長してしまえば、ここを通れないかもしれない。その時は、どうやって入ろう、と今から少し考えていた。

 華子は、小学生ではない。二年前に卒業したのだ。それでも、週に一度、華子は卒業した小学校へ忍び込む。

 コソコソと裏門付近の窓を開ける。そこは、いつも開いているのだ。それが何故か、先生達はきっと知らない。今知っている児童もいないかもしれない。

 華子も、実はこうしてくれている者に出会ったことはないが、噂だけは聞いていた。今日もその人物(と言っていいのか華子には分からない)が、週に一度の夜の訪問者のために窓の鍵を開けてくれていた。

 卒業した時と変わらない教室の並びが、月明かりにぼんやりと浮かび上がる。何度訪れても、夜の学校は不気味で、慣れることはなかった。

 しかも、華子には特殊な能力があった。

 それに気が付いたのは、小学三年生の時だった。


(今夜は静かな方かな)


 華子はホッとした。が、この静けさにどこか違和感を覚えながらも、目的の三階の女子トイレを目指す。

 ここに来る度に思い出す。

 周りの子達と違うものを見て、口にすれば、段々と気味悪がられた。それはいつしか仲間外れという形になり、からかわれる要因となった。気付けば、友達と呼べる子はいなくなっていた。

 いつも独りぼっち。華子は、目立たたないように学校生活を送っていた。それが返って、孤独へと彼女を誘った。

 それを救ってくれたのは、皮肉なことに特殊な能力だった。

 からかわれるだけだったのが、完全にいじめとなっていた四年生の初夏。

 同級生達にお父さんから買ってもらった大切なキーホルダーを取られ、三階の女子トイレの三番目の個室に閉じ込められた時だ。

 誰も助けてくれなかった。声を上げても、嘲笑が返ってきて、ついには水音がした。同級生達が、水を張ったバケツを持ち出したのだ。

 大量の水を被ることを覚悟した時、彼女が現れた――


「花子、お待たせ」


 それは、通常の女子中学生が、友人の家に遊びに来た感覚と同じだ。華子には、殆ど経験のないことだが、きっとそうなのだろうと思う。

 リビングにあるソファに腰をかけるように、華子は少し低めの手洗い場に背を預けた。


「……あれ? 花子、いないの?」


 いつまで経っても現れない友人を、再び呼んだ。

 が、返事がない。


「ちょ、ちょっと……はやく出てきてよ。こんなとこで一人待たされんの、怖いんですけどぉ?」


 電気を点けるわけにもいかない。一度電気を点けたことがあり、ちょっとした騒ぎになったことがあるのだ。

 誰もいない三階の女子トイレの電気が点いた、幽霊の仕業か。

 子ども達の間でしばらく噂されたことを、友人は喜んでいた。

 が、幽霊に電気を点けることはできない。だって、体がないのだから。

 物に触れるのは、実体のあるものだけだ。華子はそれを知っている。

 ここの管轄者には、実体がないのだ。が、華子には生きている者達と同じように彼女が見える。

 それが、華子の能力だった。

 またしばらく無音が続いた。


「ちょっ、ちょっと! いい加減出てきてよ! 花子!」


 慣れていることと、怖くないことは違う。

 誰がここにいるか分かっていても、自ら奥まで行こうとは思えない。


 そう、だってここにいるのは――


「花子!」

『なによ?』

「ぎゃあああぁ⁉」


 不意に背後から返事が聞こえ、華子は絶叫した。


『ちょっ! ちょっと! あんまり大きな声出さないでよ。さすがに、近所迷惑でしょ?』

「急に後ろから出てこられたら誰でもこうなるわぁ!」


 勢いよく振り向けば、長い黒髪に、赤いワンピースの少女が、幼いその顔に呆れを乗せ、腰に手を当てて立っていた。態度はでかいが、その姿は微かに透けている。

 そう、この少女が様々な学校で語り継がれている、トイレの花子さんだ。そして、華子の友人でもある。

 幽霊を友人と呼べる時点で、世間一般の普通とはかけ離れてしまったと華子自身も思うが、本当に友人と呼べるのは、花子だけだった。


『ほんと、いつまで経っても驚いてくれるのね、ハナは』


 花子は、華子のことをハナと呼ぶ。こんな風にニックネームを付けてもらったのも、花子が初めてだった。

 花子はそんな友人を見詰めた。

 歳を取らない、いや取れない少女の幽霊は小さく溜息を吐き、華子の横に腰をかけた。

 まさに透き通っている白い頬にかかった髪を、花子は耳にかけた。その姿は大人びている。が、僅かに疲弊しているようにも見えた。


(幽霊が疲れるなんて、ちょっと変だけど……)


 でも、いつもと様子が違った。


「珍しいね。花子がここを離れるなんて。何かあったの?」


 華子が問えば、花子が肩を竦める。


『まあ、ちょっとね』

「何? 気になるじゃない?」


 ただの興味だった。

 しかし、これがいつも自分の首を絞めることになると華子が気付くのは、後になってからだ。


 そして、今回も例に漏れなかった――


『厄介なものがうちに来たのよ』

「厄介なもの?」


 花子のふっくらした、しかし色のない唇が歪む。


『ええ……呪われた彫刻がね』

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