空は相変わらず真っ黒だった。雨が降ったり止んだりで、湿った空気が町を押し潰しそうだった。
そんな中でも、直也はワクワクしていた。
昨日は図工がなかったから、あれを見ることができなかったが、今日は――
(呪われた彫刻が見られるぞ!)
こんなに学校へ行くことが楽しみなのは、はじめてだった。
それに、昨日の朝、話しかけたお姉ちゃん。彼女は華子と名乗った。
直也が、『トイレのはなこさんと同じだね!』と言えば、華子は『漢字が違うんだよ』と教えてくれた。
実は、毎朝すれ違っているお姉ちゃんだったが、ずっと浮かない顔をして、まるで自分自身が呪われているような雰囲気を出しているから、正直少し怖い人なのかと思っていた。
それでも、勇気を出して話しかけた。
直也は、彼女が何か知っていることを感じたからだ。
実際は昨日何も聞けなかったが、呪われた彫刻のことを知っているに違いない。
今日こそは聞くつもりだった。
が、なぜか今日に限って、彼女は通学路にいなかった。
「どうしちゃったんだろう?」
少しだけ待ってみたが、結局華子が通ることはなかった。
雨が降ってきた。直也にとっては少し大きい黄色い傘を差す。
(やっと怪談話ができる人と会えたのに……)
直也は肩を落として、学校へと向かった。
でも、楽しみにしている時間はすぐにやってくる。
そう、ついに見られるのだ――呪われた彫刻。
もちろん、先生達はそんなことを言わない。
この噂が広まったのは、その彫刻がこの小学校へ持ち込まれた次の日だった。
他の学年が図工室で授業していた時に、体調不良の児童が続出したのだ。症状の軽い子は、頭痛を訴えるだけだったが、酷い子は吐き気と眩暈で立っていられないほどだった。
図工室が、家庭科室の隣だったため、部屋にガスが充満していると思った先生達はすぐさま換気し、その日は図工室を立ち入り禁止にした。
が、それからも、図工室に近寄ると体調不良を訴える児童がいた。先生達は、図工室のせいではないと言ったが、明らかにあの日から学校全体が変なのだ。
そうなると、もうこれはあの彫刻に何かあるのだろう、と子ども達の間で噂になった。変な人影を見た、彫刻が動いていた、呻き声がする、など。本当のことのように、彫刻の噂が口から耳へと渡り歩いた。
直也もそれを聞いた一人だ。
しかし、直也ほどこの彫刻を見たいと思っている児童はいないだろう。他のクラスメイトは、「怖いね」「本当かな?」と言いながらも、結局次の瞬間には別の話をしている。
(つまんないなぁ……もっと怪談話をしたいのに)
自分からそんな話をしても、乗ってくれる友達はいなかった。
新しいゲームやアニメ、動画配信者の話の方が、みんな面白いようだった。直也もそれらの話が嫌いではないが、怪談話の方が好きだった。時々動画でも怖い話を観ている。でも、好きなことは人それぞれで、押し付けることはできないし、直也はひっそりと怪談好きを楽しむことに決めていたのだ。
その密かな楽しみを今目は堂々と目にすることができる。きっとしばらくはみんな怪談話をしてくれるだろう、と微かな期待もしていた。
三時限目が図工の時間だ。
やっとこの目であの彫刻を見ることができる。図工室や音楽室といった特別教室は、授業がなければ鍵がかかっているから、チャンスは図工の時間だけだ。
直也がワクワクしながら待っていると、二時限目の最後に先生が言う。
「今日は、教室で図工の授業をします。みんな、ここで待っていてね」
「はぁい」
先生の呼びかけに、児童達は元気良く返事をした。
ただ、一人を除いて――
(えっ……今……先生はなんて?)
待ち望んでいた時間。それが一瞬で覆された。
なぜか耳が痛い。呻き声が聞こえてきた気がした。
それが自分のものなのか、別の誰かのものなのか分からない。
窓を打つ雨が、激しくなっている。もしかすると、呻き声の正体は、それなのかもしれない。そう思ったが、徐々に近くなってくるような気もした。
先生が教室を出た後、直也は机に突っ伏した。泣きたい気持ちだった。隣の席の愛美が、「直君、具合悪いの?」と心配してくれたが、返事ができなかった。
確かに具合が悪い。
呻き声のせいだ。それがハッキリとしてくる。と、同時に、意識が波打つ感覚がした。
(今日、学校へ来た理由は、一体何だっただろう?)
楽しみが、悲しみと怒りに変わっていく。
見たい、見たい――見たい。
どうしても呪われた彫刻が見たい。
直也は、その想いに囚われていた。
(ぼく……行かなきゃ……)
もう少しで休み時間が終わる。
しかし、直也はふらりと立ち上がった。
「直君、もうすぐ授業始まるよ?」
背後から愛美の声が聞こえた。が、それが直也に届くことはなかった。
(行かなきゃ……図工室……)
自分の中で、別の誰かがそう囁いていた。
おいで、おいで……
一人ではない。
数多の声が、雨音を掻き消していった。
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