トイレのはなこさん達

~学校最恐の怪談少女にツッコミを入れるのは霊感最強の平凡少女だった~
ほうふ しなこ
ほうふ しなこ

四話 図工室からの呼び声

公開日時: 2021年9月20日(月) 13:15
文字数:1,972

 空は相変わらず真っ黒だった。雨が降ったり止んだりで、湿った空気が町を押し潰しそうだった。

 そんな中でも、直也はワクワクしていた。

 昨日は図工がなかったから、あれを見ることができなかったが、今日は――


(呪われた彫刻が見られるぞ!)


 こんなに学校へ行くことが楽しみなのは、はじめてだった。

 それに、昨日の朝、話しかけたお姉ちゃん。彼女は華子と名乗った。

 直也が、『トイレのはなこさんと同じだね!』と言えば、華子は『漢字が違うんだよ』と教えてくれた。

 実は、毎朝すれ違っているお姉ちゃんだったが、ずっと浮かない顔をして、まるで自分自身が呪われているような雰囲気を出しているから、正直少し怖い人なのかと思っていた。

 それでも、勇気を出して話しかけた。

 直也は、彼女が何か知っていることを感じたからだ。

 実際は昨日何も聞けなかったが、呪われた彫刻のことを知っているに違いない。

 今日こそは聞くつもりだった。

 が、なぜか今日に限って、彼女は通学路にいなかった。


「どうしちゃったんだろう?」


 少しだけ待ってみたが、結局華子が通ることはなかった。

 雨が降ってきた。直也にとっては少し大きい黄色い傘を差す。


(やっと怪談話ができる人と会えたのに……)


 直也は肩を落として、学校へと向かった。

 でも、楽しみにしている時間はすぐにやってくる。


 そう、ついに見られるのだ――呪われた彫刻。


 もちろん、先生達はそんなことを言わない。

 この噂が広まったのは、その彫刻がこの小学校へ持ち込まれた次の日だった。

 他の学年が図工室で授業していた時に、体調不良の児童が続出したのだ。症状の軽い子は、頭痛を訴えるだけだったが、酷い子は吐き気と眩暈で立っていられないほどだった。

 図工室が、家庭科室の隣だったため、部屋にガスが充満していると思った先生達はすぐさま換気し、その日は図工室を立ち入り禁止にした。

 が、それからも、図工室に近寄ると体調不良を訴える児童がいた。先生達は、図工室のせいではないと言ったが、明らかにあの日から学校全体が変なのだ。

 そうなると、もうこれはあの彫刻に何かあるのだろう、と子ども達の間で噂になった。変な人影を見た、彫刻が動いていた、呻き声がする、など。本当のことのように、彫刻の噂が口から耳へと渡り歩いた。

 直也もそれを聞いた一人だ。

 しかし、直也ほどこの彫刻を見たいと思っている児童はいないだろう。他のクラスメイトは、「怖いね」「本当かな?」と言いながらも、結局次の瞬間には別の話をしている。


(つまんないなぁ……もっと怪談話をしたいのに)


 自分からそんな話をしても、乗ってくれる友達はいなかった。

 新しいゲームやアニメ、動画配信者の話の方が、みんな面白いようだった。直也もそれらの話が嫌いではないが、怪談話の方が好きだった。時々動画でも怖い話を観ている。でも、好きなことは人それぞれで、押し付けることはできないし、直也はひっそりと怪談好きを楽しむことに決めていたのだ。

 その密かな楽しみを今目は堂々と目にすることができる。きっとしばらくはみんな怪談話をしてくれるだろう、と微かな期待もしていた。

 三時限目が図工の時間だ。

 やっとこの目であの彫刻を見ることができる。図工室や音楽室といった特別教室は、授業がなければ鍵がかかっているから、チャンスは図工の時間だけだ。

 直也がワクワクしながら待っていると、二時限目の最後に先生が言う。


「今日は、教室で図工の授業をします。みんな、ここで待っていてね」

「はぁい」


 先生の呼びかけに、児童達は元気良く返事をした。


 ただ、一人を除いて――


(えっ……今……先生はなんて?)


 待ち望んでいた時間。それが一瞬で覆された。

 なぜか耳が痛い。呻き声が聞こえてきた気がした。

 それが自分のものなのか、別の誰かのものなのか分からない。

 窓を打つ雨が、激しくなっている。もしかすると、呻き声の正体は、それなのかもしれない。そう思ったが、徐々に近くなってくるような気もした。

 先生が教室を出た後、直也は机に突っ伏した。泣きたい気持ちだった。隣の席の愛美あいみが、「直君、具合悪いの?」と心配してくれたが、返事ができなかった。

 確かに具合が悪い。

 呻き声のせいだ。それがハッキリとしてくる。と、同時に、意識が波打つ感覚がした。


(今日、学校へ来た理由は、一体何だっただろう?)


 楽しみが、悲しみと怒りに変わっていく。


 見たい、見たい――見たい。


 どうしても呪われた彫刻が見たい。

 直也は、その想いに囚われていた。


(ぼく……行かなきゃ……)


 もう少しで休み時間が終わる。

 しかし、直也はふらりと立ち上がった。


「直君、もうすぐ授業始まるよ?」


 背後から愛美の声が聞こえた。が、それが直也に届くことはなかった。


(行かなきゃ……図工室……)


 自分の中で、別の誰かがそう囁いていた。

 


 おいで、おいで……

 


 一人ではない。

 数多の声が、雨音を掻き消していった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート