「花子⁉」
実態はないと分かっていても華子は驚愕し、心配になった。
花子がグッと刺した腕を引く。
『ギィ……!』
『出てこんかい!』
花子はさらに腕を引いた。ずぽっと腕が抜ける。
と――ドロドロとした影が、直也の体から出てきた。
「ぃ……ぃたい……!」
『ッ!』
急に上がった直也の悲鳴に、二人のはなこは困惑した。
「花子! 直也君の魂まで!」
『チッ……面倒臭い』
花子が手を離せば、ドロドロした影は再び直也の体に戻ろうとする。
『ちょっとお邪魔するよ? 少年』
花子は言うと同時に、直也の体にドロドロとした者達と入った。
「はっ、花子⁉ 何を⁉」
華子が叫んだ時には、トイレの花子さんは直也の体の中だった。
痛い!
自分の体に感じたそれが、久しぶりのようにも思えた。
もう感覚が分からなくなっていたのだ。
誰の感情なのか、誰の痛みなのか。苦しみも、悲しみも、叫びも、自分のものではない。
振り回されて、直也の幼い心と体は、疲弊し切っていた。
ぼく……このまま死ぬのかな?
怪談が好きで、ついに自分が呪いで死んでしまうのだろうか。
よく遊び半分でそういったことに首を突っ込むと、呪われると聞いたことがある。
きっと罰が当たってしまったのだ。
でも、決して遊び半分だったわけではない。
本当に幽霊やお化けがいると信じていたし、本気で見たと思っていた。
それが、こんなにも苦しいことだったとは、知らなかった。
死にたくないよ……
さっきまでは空から自分の体を眺めているような感じだったが、今は周りが真っ暗で、自分がどこにいるのか分からない。
帰りたい……お母さん……お父さん……
これは、自分の感情なのだろうか。
自分の中にいる誰かも、同じことを思っているのだろうか。
徐々に、意識が薄れていく感覚がしていた。
誰か……
誰でもいいから、名前を呼びたかった。
誰か……お姉ちゃん……
ふと、昨日会った少女の名前を思った。
お姉ちゃん……はなこお姉ちゃん!
思い切り呼ぶ。
声が出ているのか分からない。
体が重い。誰かが熨しかかられたようだった。
はなこお姉ちゃん! 助けて……!
不意に、周りが温かくなった。
見ると、青い炎が自分を包んでいる。
『君が呼んだのは、あたしじゃないと思うけど』
目の前に、真っ赤なワンピースを着た女の子が、ふわりと現れた。
自分と同じくらいの女の子だ。
『一応、あたしも花子って言うの。よろしくね』
直也は知っている。
だって、彼女は有名だから。
「トイレの……花子さん⁉」
『正解。さすが怪談好きね』
ふっと笑った顔は、直也が思っていたよりも大人だった。
『さて、と。君とこいつらを引き剥がさなくっちゃ。危うく、君の魂まで体から引っぺがしっちゃうとこだったから』
結構あっさりと怖いこと言う人だと思った。
が、直也は、それ以上に目の前の女の子に興味津々だった。
「花子さんだ! 本当にいたんだ!」
『あら? あたしはいつだって、ここにいたわよ?』
まるで有名人に会ったかのようだ。
さっきまでの熨しかかられたような体の重みが、なくなっていく。
辺りも、霧が晴れていくように色を取り戻していく。自分の好きな青い色が、広がっていく。
それが、花子から放たれている炎のような気なのだと直也は気付いた。
「花子さんは、赤いワンピースを着てるけど、青いんだね」
『あたしは何色にもなれるの。いえ、誰にも決められた色なんてないよ。好きな時に、好きな色を見せればいい』
そう言って、花子はパチンと指を鳴らした。
と、今度は黄色のゆらゆらした気が辺りに広がり、またパチンと彼女が指を鳴らせば、それは薄い紫になった。
花子の言った通り、彼女の放つ気は、彼女の思うままのようだった。
『さっ、タダで見せてあげるのはここまで。君は君にお帰り』
「帰る? でもどうやって?」
帰り道が分からない。
直也は一瞬で不安になった。
でも、花子はまた微笑んだ。
『君の思う方向が、君の帰り道』
直也は少し考えて、顔を上げた。
そして、その方向へ一歩踏み出す。また一歩、次の一歩と。
が、途中で振り返った。
『どうかした?』
花子が首を傾げた。
「ありがとう、花子さん」
言って、直也は駆け出した。
自分へ帰る道を、真っ直ぐに――
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