トイレのはなこさん達

~学校最恐の怪談少女にツッコミを入れるのは霊感最強の平凡少女だった~
ほうふ しなこ
ほうふ しなこ

八話 中に蠢く者達④

公開日時: 2022年8月29日(月) 21:25
文字数:1,674

「花子⁉」


 実態はないと分かっていても華子は驚愕し、心配になった。

 花子がグッと刺した腕を引く。


『ギィ……!』

『出てこんかい!』


 花子はさらに腕を引いた。ずぽっと腕が抜ける。


 と――ドロドロとした影が、直也の体から出てきた。


「ぃ……ぃたい……!」

『ッ!』


 急に上がった直也の悲鳴に、二人のはなこは困惑した。


「花子! 直也君の魂まで!」

『チッ……面倒臭い』


 花子が手を離せば、ドロドロした影は再び直也の体に戻ろうとする。


『ちょっとお邪魔するよ? 少年』


 花子は言うと同時に、直也の体にドロドロとした者達と入った。


「はっ、花子⁉ 何を⁉」


 華子が叫んだ時には、トイレの花子さんは直也の体の中だった。

 

 

 痛い!

 

 自分の体に感じたそれが、久しぶりのようにも思えた。

 もう感覚が分からなくなっていたのだ。

 誰の感情なのか、誰の痛みなのか。苦しみも、悲しみも、叫びも、自分のものではない。

 振り回されて、直也の幼い心と体は、疲弊し切っていた。

 

 ぼく……このまま死ぬのかな?

 

 怪談が好きで、ついに自分が呪いで死んでしまうのだろうか。

 よく遊び半分でそういったことに首を突っ込むと、呪われると聞いたことがある。

 きっと罰が当たってしまったのだ。

 でも、決して遊び半分だったわけではない。

 本当に幽霊やお化けがいると信じていたし、本気で見たと思っていた。

 それが、こんなにも苦しいことだったとは、知らなかった。

 

 死にたくないよ……

 

 さっきまでは空から自分の体を眺めているような感じだったが、今は周りが真っ暗で、自分がどこにいるのか分からない。

 

 帰りたい……お母さん……お父さん……

 

 これは、自分の感情なのだろうか。

 自分の中にいる誰かも、同じことを思っているのだろうか。

 徐々に、意識が薄れていく感覚がしていた。

 

 誰か……

 

 誰でもいいから、名前を呼びたかった。

 

 誰か……お姉ちゃん……

 

 ふと、昨日会った少女の名前を思った。

 

 お姉ちゃん……はなこお姉ちゃん!

 

 思い切り呼ぶ。

 声が出ているのか分からない。

 体が重い。誰かが熨しかかられたようだった。

 

 はなこお姉ちゃん! 助けて……!

 

 不意に、周りが温かくなった。

 見ると、青い炎が自分を包んでいる。

 

『君が呼んだのは、あたしじゃないと思うけど』

 

 目の前に、真っ赤なワンピースを着た女の子が、ふわりと現れた。

 自分と同じくらいの女の子だ。


『一応、あたしも花子って言うの。よろしくね』


 直也は知っている。

 だって、彼女は有名だから。


「トイレの……花子さん⁉」

『正解。さすが怪談好きね』


 ふっと笑った顔は、直也が思っていたよりも大人だった。


『さて、と。君とこいつらを引き剥がさなくっちゃ。危うく、君の魂まで体から引っぺがしっちゃうとこだったから』


 結構あっさりと怖いこと言う人だと思った。

 が、直也は、それ以上に目の前の女の子に興味津々だった。


「花子さんだ! 本当にいたんだ!」

『あら? あたしはいつだって、ここにいたわよ?』


 まるで有名人に会ったかのようだ。

 さっきまでの熨しかかられたような体の重みが、なくなっていく。

 辺りも、霧が晴れていくように色を取り戻していく。自分の好きな青い色が、広がっていく。

 それが、花子から放たれている炎のような気なのだと直也は気付いた。


「花子さんは、赤いワンピースを着てるけど、青いんだね」

『あたしは何色にもなれるの。いえ、誰にも決められた色なんてないよ。好きな時に、好きな色を見せればいい』


 そう言って、花子はパチンと指を鳴らした。

 と、今度は黄色のゆらゆらした気が辺りに広がり、またパチンと彼女が指を鳴らせば、それは薄い紫になった。

 花子の言った通り、彼女の放つ気は、彼女の思うままのようだった。


『さっ、タダで見せてあげるのはここまで。君は君にお帰り』

「帰る? でもどうやって?」


 帰り道が分からない。

 直也は一瞬で不安になった。

 でも、花子はまた微笑んだ。


『君の思う方向が、君の帰り道』


 直也は少し考えて、顔を上げた。

 そして、その方向へ一歩踏み出す。また一歩、次の一歩と。

 が、途中で振り返った。


『どうかした?』


 花子が首を傾げた。


「ありがとう、花子さん」


 言って、直也は駆け出した。


 自分へ帰る道を、真っ直ぐに――

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