昨日までの晴天が嘘のようだった。
濃い灰色の雲が、空の隅々まで支配し、今にも雨を降らしそうだ。
すれ違う人々は皆傘を持ち、どこか浮かない顔で時折空を見上げていた。
誰もが雲の切れ目を望んでいるようだった。
まだ梅雨の最中。天気が変わるのは仕方がない。
そう思っていても、華子は昨日花子が言っていた言葉が気になっていた。
「呪われた、彫刻か……」
ふと、言葉が出てしまった。
「えっ? のろわれたちょうこく?」
「へ?」
自分とは違う声でその言葉を聞き、華子は驚いた。
視線を下に向ければ、そこにはランドセルを背負った男の子が立っていた。彼が手に持つ黄色い傘が、少し大きく見える。小学三年生くらいだろうか。嬉々とした目で、華子を見ていた。
「お姉ちゃん、今、呪われた彫刻って言った?」
「えっ……あ、うん、そんなこと言ったような……」
急に話しかけられることに慣れていない華子は、戸惑った。幽霊やお化けを見ることの方が、彼女にとって日常的と言っても過言ではない。一瞬、男の子もそうなのかと思ったが、彼はちゃんと生きている人だった。
答えに困惑していると、男の子はまた口を開く。
「ぼくの学校にね、来たんだよ!」
「え……あ、な、何が?」
嫌な汗が、華子の背筋を伝っていった。
それ以上、言わないでほしい。
華子の願いが叶うことは、いつもない。
「呪われた彫刻だよ! ぼくの小学校に来たんだ!」
行き交う人々が、僅かに奇妙なものを見る目で、二人を見ていく。
「あっ、ちょっと、君、あんま大きな声でそんなこと……」
「だって、すごいじゃん! 呪われた彫刻だよ!」
男の子は、また嬉しそうに言った。
華子の表情は、曇る。
これは、どうやら完全に囚われてしまったようだ。
雨が降り出した。予報では昼過ぎからだったはずなのに、それはどんどん激しくなっていく。周りに傘の花が咲く。
華子も傘を差す。男の子が黄色い傘を差す。
まだ梅雨だ。雨が降るのは仕方がない。しかし、この雨はなんとなく違う気がした。
傘越しに見る空は、見たこともないような黒い雲に覆われていたのだった。
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