死神さんの自殺用品店

死神さんは、自殺者により良い死を提供する
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第六話

公開日時: 2021年1月20日(水) 21:28
文字数:3,198


食事の時間になり、私はダイニングルームに招き入れられた。

長テーブルが真ん中に鎮座し、奥に暖炉がある。いつかテレビで観た、お金持ちの別荘のようだ。

明かりが蝋燭と暖炉しかない上に、カーテンも閉め切られているので、少し薄暗い。

テーブルに並ぶ食事の数々は、まるで高級レストランに出てくるような、上品なものばかりだった。


この場所に時間はない。

故に食事をとる必要もないのだが、死神さん曰く、『食べないと健康に悪い』のだそうだ。


「これは死神さんが作ったんですか?」

「いいえ。カラスさんがいつも作ってくれるのです」


カラスさんは、皿の上にある脂の乗った生魚を口にくわえながら、つぶらな瞳でこちらを見つめた。

どうやって? と思ったが、それを聞くのは無粋というものだろう。


私は席に座り、死神さんが食事を始めたのを確認してから、一番近くにあったステーキを食べてみた。

おいしい。

肉の脂身が舌の上で溶けていくようだ。脂っこいものが苦手な私だけど、これなら食べられる。


「これ、一体なんですか?」

「それはプトゥレマイコのステーキですね」


聞かない名前だった。


「……プトゥ、なんですか?」

「プトゥレマイコ」


当たり前のようにそう言って、死神さんはプトゥレマイコのステーキを食べている。

その独特で一種異様な名前に、私は嫌な予感がした。


「あの……もしかして、ここの食事って、全部あの世から仕入れているとかって……ないですよね?」


死神さんは目をぱちくりさせた。


「いけませんでしたか?」


思わず吹き出しそうになった。

慌てて口元をナプキンでふく。


「い、いけないというか……。現世の人間があの世のものを食べたらダメなんじゃないですか? ほら、日本神話の黄泉戸喫(よもつへぐい)とか、ギリシャ神話のペルセポネの冥界下りとか」


死神さんは、ステーキをゆっくりと口にいれ、小さく咀嚼しながら、私の方を見つめていた。


「それらの話を考えた方々は、皆あの世に行ったことがあるのですか?」

「……たぶんないと思いますけど」

「なら嘘ですね」


まあ、そうだろうけど。

とはいえ、やはり得体の知れないものを食べるのは抵抗がある。


「あなたからしてみれば、この場所での経験は非常識の連続でしょう。ならそんな場所にいる時くらい、常識という鎖から解放されても良いのでは?」


死神さんの言っていることももっともだ。

非常識な世界にいるのだから、少しくらい非常識な行動を取っても良いだろう。

私は切り取ったステーキをじっと見つめ、思い切って食べてみた。

やっぱりおいしい。このおいしさを味わえるなら、常識なんていくらでも捨てて良いと思えた。


ふと前を向くと、そんな私を見て、死神さんが微笑んでいた。

無防備な姿を見られたかと思うと、にわかに顔が赤くなる。


「……と、というか。死神さん、どれだけ食べるんですか?」


照れ隠し半分、本音半分で、私は聞いた。

死神さんの前には、既に皿が大量に重なっていた。

上品でゆっくりではあるが、決してペースを落とさずに食事を口に運んでいる。

彼女は、永久機関のように動かす手と口をいったん止めると、こちらを見つめながら、ゆっくりと小首をかしげた。


「お腹いっぱいになるまでですが」


彼女は不思議そうにそう言った。

今さら、彼女のずれた発言には驚かない。

常識という鎖を外した私は、素直に「そうですよね」と答えることができた。




◇◇◇




私はベッドの上で目を覚ました。

食事のあと、自分の部屋に戻ってから、そのまま眠ってしまったのだ。


朝、という名称は、この場所では相応しくないのだろうが、とても目覚めの良い朝だった。

うんと伸びをし、一気に脱力する。

窓から差し込む光が眩しい。眠る時にカーテンを閉めておいたのだが、どうやら死神さんが開けてくれたようだ。


学校に行かなきゃとか、起きないと親に叱られるとか、そんなことを考える必要もない。ただそれだけで、あんなに重たかった身体が、嘘のように軽かった。

朝は弱いとずっと勘違いしていたけれど、案外、自分は朝方人間なのかもしれない。


ふと、ドアをノックする音がして、私は死神さんを招き入れた。


「おはようございます。よく眠れましたか?」

「はい。おかげさまで」

「それはよかった。ところで、今日はお暇でしょうか?」


この場所で、暇か、と問われて、暇じゃないと答える人はいないだろう。


「暇ですけど」

「では、食事を取ったら、少しお手伝いしていただけないでしょうか」

「……手伝い、ですか?」


唐突に言われたその言葉に、私は思わず首を傾げた。




◇◇◇




私はテラスから、緑豊かな大きな庭を見渡していた。

雑草が生い茂る庭からは、まるで雨上がりのように、土と草の独特な臭いが広がっている。


「これから結衣さんには、ハーブを取ってきてもらいます」


死神さんは、簡潔にそう説明した。

しかし改めて庭を見回すも、それらしいものは見当たらない。


「あの、ハーブってどういうものですか?」

「見つければすぐに分かりますよ」


なにやら意味深だ。

私は仕方なく庭へと降り、ハーブを探すこととなった。


雑草を掻き分けながら、客に仕事を手伝わせるってどうなんだろう、なんてことを考える。


(でも、それも常識か)


死神さんに昨日言われたことを思い出し、私は考えを改めた。

なんだか悪い影響を受けている気もするけど……。


ふと、適当に草を弄っていた手が、それっぽいものを掴んだ。

私は死神さんのいるテラスへ振り向いた。


「死神さーん! これでいいですかー⁉」

「イタイ」


ふと、なにやら、か細い声が聞こえた。


「ん? 死神さん、何か言いましたー⁉」

「イタイ、イタイ」


それが死神さんのものではないことは、すぐに分かった。

なにせその声は、私のすぐ近くから聞こえているのだ。

私はゆっくりと、声の主がいる、自分の手元へ顔を向ける。

私が掴んでいた草が、茎を足にして立ち、実のようなものでできた丸い目で、じっと私を見つめていた。


「イタイ」


草が、私に向けて喋った。


「きゃあああああ‼」


思わず、私は悲鳴をあげた。


「しし、死神さん! 謎の生命体が庭に‼」

「彼女、いたずらっ子なうえにあまのじゃくですから、葉を取るときは注意してください」


そう言って、死神さんは店の中へ入って行ってしまった。

あまりに淡泊な返事に、ぽかんと口を開けていると、ハーブの姿をした謎の生命体に軽く裾を引っ張られた。

反射的に、そちらの方へ顔を向ける。すると目の前に、もじゃもじゃした根っこが飛び込んできた。


思わず目を瞑ると、顔にやわらかい衝撃が走り、私はしりもちをついた。

キャハハハというハーブの笑い声を聞いて、ようやく私は、ハーブにドロップキックされたのだと分かった。

わなわなと、唇が震えているのが自分でも分かる


「ワー」


私の心から込み上げてくるものを察知したのか、ハーブはさっさと逃げていく。


「もう怒った!」


そこから、ハーブと私の鬼ごっこが始まった。

速さ自体はそれほどでもないが、小さいうえに俊敏で、雑草の間に隠れられるとなかなか見つけられない。

それでも腰をかがめ、汗をかきながらけんめいに彼女を追いかける。

ようやく一枚の葉が取れた時、ハーブは既に遊び疲れ、根っこを地面に刺してすやすや眠っていた。


私はあまりの疲労感に、草の茂る土の上に倒れ込んだ。

荒くなった呼吸を整えながら、仰向けに空を見つめる。


思えば、こんなに運動したのは久しぶりだった。

学校もずっと休んでいるし、家にこもって、まったく外に出ない生活をしていたから。

太陽の光を全身で浴びながら感じる、適度な疲労感が、なんだか気持ちよかった。


目を瞑って自然を感じていると、ふいに日光が遮られる。

目を開けると、そこには死神さんがいた。

微笑みながら、こちらを覗き込んでいる。


「お疲れ様でした。早速、このハーブを使ってお茶にしましょうか。きっと、格別な味になりますよ」


そう言って、死神さんは私に手を差し出してくれた。

私はその手を掴み、元気よくうなずいた。



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