「自殺は特別なのです」
「え?」
唐突に、死神さんはそう言った。
「全ての死はつながりの中で起きています。天災であろうと殺人であろうと、人は何かのつながりの中で生き、そして死んでいく。それが自然との約束です。しかし自殺は、全てのつながりを断つ行為。自然の一部へと帰るはずの魂が、孤独にさまようことになってしまうのです。
そこで私のような死神が、あなたがたの前に現れ、自殺の理由を聞き出すことで、自然な死を迎えるための準備をするのです。私の仕事は、簡単に言ってしまえば、神様に自殺の許可を得るために、報告書を作ることです」
分かるような、分からないような、そんな説明だった。
「でも、それって死神さんに得がないような気がします。仕事はお金がもらえるからするものですよね? 死神さんは、その報告書を作ることで、何を得ることができるんですか?」
「私は魂をいただくことができます」
「魂をいただく……?」
ようやく死神らしい言葉が出て来たことに、私は怯えるよりもほっとしていた。
「はい。私は人間の魂を頂くことで、永遠の命を生きることができます。ですから私は、人間を自殺に導くことで、その魂を頂いているというわけです。
あ、ご安心ください。別に魂を食べられたからといって、どうなるわけでもありません。この世に輪廻転生など存在しないし、天国も地獄もない。死は、命あるものに平等です。魂が大地に帰り、新たな生命の一部となるか、私の胃袋に収まるかの違いだけです」
「はあ」
「要は、お墓と同じですね。その辺りに骨をばらまかれても、何百万もする墓石に入っても、何も変わらないでしょう?」
多くの人がそうだと思うが、私は自分のお墓は大事にして欲しい人間なので、彼女のたとえは、あまりピンとこなかった。
死神さんは、私の方へ目を向け、何やら、にやにやしている。
「……なんですか?」
「さっきの、分かりましたか? 比喩というやつです」
褒めて欲しそうな顔で、死神さんは私を見つめてくる。
私は返事をするのも面倒になって、ハーブティーに口をつけた。
輪廻転生も、天国も地獄もない。
死神さんが、あっさりと口にしたその言葉に、何か、一縷の望みを断ち切られたような喪失感を覚えていた。
私はこれから自殺する。
その苦しみは、私の命は、ただただ無意味に終わるのか。
「カラスさん」
死神さんがそう呼ぶと、カラスさんが古びた木製の引き出しの方へと飛んで行った。
棚の引き出しには、それぞれに仮名文字が割り振られており、全部で五十音分もあった。
「あなたのお名前は?」
「え? あ、えと……狭川結衣です」
私がそう答えると、カラスさんは器用に『さ』の引き出しを開け、一枚の紙をくちばしにくわえると、そのまま飛んできて、死神さんの肩に止まった。
「ありがとうございます」
死神さんは、きれいな指先でそれを受け取り、紙をテーブルに置いた。
私は思わずそれを見つめる。
その紙は白紙だった。しかし、私が見つめていると、右端の方に、私の顔が写真のように浮かび上がった。
もちろん、そんな写真は撮ったことがない。
「あの、これ……」
「死紙(しにかみ)です。私達が人間の死に関与する場合は、書く決まりになっているのです。先程説明した、報告書ですね」
報告書。
この小さな一枚の紙きれに、私の人生が記されるのか。
死紙を託したカラスさんは、もう自分の仕事は終わりだと言わんばかりに、店の隅にあるケージへ帰っていく。
その時に取れた一枚の羽根が、ひらひらと落ちてくる。死神さんは、その羽根を手のひらに乗せた。
そして、その羽根柄を紙にこすりつけると、まるで羽根ペンでなぞったように、紙の一番上に、大きく狭川結衣という、私の名前が表れた。
「それを書き終えたら、自殺させてくれるんですか?」
「はい。あなたが心から望む死を、選りすぐりの道具で与えて差し上げます」
その時、ずいと、死神さんが身を乗り出した。
「ただし、あなたが嘘偽りなくお話してくだされば、ですが」
含んだ言い方だ。
まるで、私が必ず嘘をつくとでも言っているような……。
けれどそんなことありえない。
私の目的は自殺することだ。そのために本当のことを話すしかないのなら、嘘なんてつくはずがない。
私が怪訝に思っていると、彼女はにこりと笑った。
「さて。それでは始めさせていただきましょうか。私に教えてください。あなたの人生と、その最期を」
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