死神さんの自殺用品店

死神さんは、自殺者により良い死を提供する
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第十八話

公開日時: 2021年2月23日(火) 18:43
文字数:2,163

次の日の朝。

私は飽きもせず、再び死神さんの店にアルバイトに来ていた。

休日だったおかげで、両親から小言を言われる心配はなかったが、家でずっと引きこもっているより、死神さんとお喋りしながら仕事をしている方が、ずっとずっと楽しかった。


昨日は一階を掃除したので、今日は二階だ。

昨日と同じようにホウキで廊下を掃いていると、ふいに、死神さんの寝室のドアが開いていることに気付いた。

それを見て、死神さんから、自分の部屋は掃除しなくてよいと言われたことを思い出した。


「……でも、ついでだしな」


そこには、多少の好奇心もあった。

常識に囚われず、ミステリアスなところの多い、あの死神さんの部屋だ。どんな様子なのか、なかなか想像できなかった。

怒られるかな? でも、死神さんのことだから、きっとだいじょうぶだろう。


私は、そっとドアを押した。

ギイィと音をたてて、ゆっくりとドアが開く。


中は、いたって普通だった。

窓が閉まっているため、暗がりで少し分かりにくいが、以前に泊めてもらった私の部屋と、ほとんど変わらない。

ふと、ベッドの側に、倒れた写真立てがあることに気付いた。


「……死神さんが撮ったのかな?」


私は、ゆっくりと部屋の中に入った。

死神さんの、少し独特な臭いが鼻をかすめる。

ベッドの前まで行き、じっと写真立てを見下ろした。


なんだろう。何か、胸がむずむずする。

ただ写真を見るだけなのに、妙に緊張している自分がいた。


ごくりと、喉が鳴る。

私は、おそるおそる写真立てに手を伸ばし──


「そこで何をしているんですか?」


びくりと、私は肩を震わせ、伸ばしていた手を元に戻した。

死神さんは、ドアの前に立ち、ただただ、じっと私を見つめている。

逆光になっていて、死神さんの表情がうまく計れない。

私はドキドキ鳴る心臓を押さえながら、頭を下げた。


「ご、ごめんなさい! 開いてたから、ここも掃除した方がいいかと思って……」


じっと、死神さんは写真立てを見つめている。

その視線から、それが見られたくないものであることが、すぐに分かった。


しかし死神さんは、そんなことはおくびにもださず、にこりと笑った。


「私の部屋は掃除しなくて構いませんよ。それより、少しお茶にしましょう。まだ朝食も食べてないんでしょう?」

「は、はい。そうですね……」


私が部屋から退出するまで、死神さんはその場から動かなかった。




◇◇◇




朝食を食べながら、私はじっと死神さんを観察していた。

彼女はいつもと同じように、淀みなく大量の食事を片付けている。


何をされても眉一つ動かさない死神さんが、写真立てを見ようとしたことに、少なからず拒否反応を示したことが、私には意外だった。

一体、あそこにはどんな写真があるんだろう。誰と撮ったものなんだろう。

やめておけばいいのに、私の頭の中は、そんな興味でいっぱいだった。


「あの……」

「どうかしましたか?」


いつもの死神さんだ。

それを確認してから、私は思い切って聞いてみた。


「あの写真立て……誰かと撮った写真なんですか?」

「ああ……」


そのことかと、死神さんはナイフとフォークを皿に置いた。


「あれは……私にとって、特別な写真なのです」

「特別……ですか」

「はい。元々、あれを撮ったカメラは、自殺用具の一つだったのです。昔は、カメラに撮られると魂を吸われる、と言われていましたから。そんなカメラを、自殺用具としてご所望する方もいたのです」


そんな時代があったのか。

スマホで事ある毎に写真を撮る私世代の人間からすれば、にわかに信じられないことだった。


「あの人は、そんなカメラを使って、記念にと、私と二人の写真を撮ってくれたのです。もちろん、死なないように仕立て直して。これがなかなか大変でした」


当時を思い出しているのか、死神さんは、くすくすと笑っている。

私には見せたことのない彼女の表情に、困惑している自分がいた。


「とても思い出深いものです。あの人との出会いがなければ、きっと私は、ここまで人と向き合おうとは思わなかったでしょうね」


憂いを帯びた顔でそうつぶやく彼女を見て、その人が、死神さんにとってとても大事な人なんだということが分かった。


私は心のどこかで、死神さんについて、ちゃんと理解しているものだと思っていた。

でも、死神さんがどんな人生を送って来て、どんな人を見送ったのか。私は何も知らない。

私は死神さんのことを、何も知らないんだ。


「……あの。その人って──」



チリンチリーン



そんな音がして、私は思わず振り向いた。

ゆっくりと動いていた掛け時計の針が、ぴたりと止まる。


「お客様ですね」


死神さんは、慣れた様子でカウンターの椅子に座る。

私は慌てて隅に移動した。


ガチャリとドアが開く。

ドアから顔を出したのは、どこにでもいるサラリーマンだった。

歳は二十代後半といったところだろうか。優しそうな雰囲気だ。

こちらを見て、朗らかに笑みを浮かべ、ぺこぺこと頭を下げている。

社交辞令だと分かっていても、とても自殺した人だとは思えなかった。


「あの~。すみません。こちら、自殺専門店と書いてあるようですけど、本当ですか?」


まるでセールスの勧誘のように、トーンの高いはきはきとした喋り方だった。


「その通りです。ようこそ。自殺用品店スーサイドへ。よければここで、少しお話を聞かせていただけませんか? あなたの、最期のひとときのために」

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