庭での攻防のあと、私と死神さんは、ティーテーブルで取り立てのハーブを堪能していた。
私が取った葉で作ったハーブティーは、それがひいき目だと分かっていても、格別な味だった。
優しくて繊細で、飲んだ人を少しでも元気にするためにがんばっている。なんだか、そんな印象を覚えた。
「あの子はああ見えて、とても律儀な子なんです。だから、一緒に遊んでくれた人にとって、一番のハーブをプレゼントしてくれるのですよ」
そうだったのか。
今度会う時は、もう少し優しくしてあげようかな。
そんなことを、私は思った。
死神さんとのお茶会は、とても楽しい。
彼女が聞き上手なこともあって、口下手な私でも、どんどん饒舌になっていく。たまに挟まれる彼女の非常識な言動も、会話のアクセントにちょうどよかった。
そんな何気ない会話から、ふいに、どういう最期を迎えたいのかという話になった。
「やっぱり最期は、綺麗に死にたいですね」
ハーブティーを口にしながら、私は死神さんにそう言った。
「綺麗に、ですか?」
「はい! いろいろ考えた中で一番いいなと思ったのが、お風呂での自殺です。手首を切って、温かいお風呂に浸かりながら死ぬんです。真っ赤なお風呂に入って死ぬって、なんだか絵になると思いません?」
「それなら、焼身自殺の方が綺麗だと思いますけど。白骨死体の美しさに勝るものはありません」
虚空を見上げて、死神さんはうっとりしている。
あいかわらず、死神さんの感性は、人間と少しずれていた。
「しかし、ちょうど良いですね。最近、そういうものを作ったのです」
死神さんはそう言って、一つの小瓶を持ってきた。
アロマオイルでも入っていそうな透明なビンの中には、透き通ったピンク色の液体が揺れていた。
「これ、なんですか?」
「毒薬です」
物騒なセリフを、いつも通りの穏やかな口調で、死神さんは言った。
「痛みはなく、眠るように死んでいくので、死に顔が苦痛に歪むことはありません。その死体は生前以上に肌つやも良くなり、最低でも一か月は腐ることがありませんし、身体の内容物も消化してくれるので、死体周りのケアもばっちりです。どんな死に方よりも美しく、まるで赤子のように穏やかな顔で死を迎えられます」
それはまさに、私が理想とする死に方だった。
「すごい! すごく良いです! その薬、欲しいです!」
私は思わず手を伸ばすが、死神さんは、すっと小瓶を引いた。
「どうして、それほどお綺麗に死ぬことを望むのですか?」
私は思わず固まった。
色々な記憶がフラッシュバックして、一瞬だけ混乱する。
「……それは、……ほら。気持ち悪いって、ずっと言われていたから。だから、こんなに綺麗なんだぞって……見返して……やりたくて……」
心臓が痛いくらいに鳴っている。
嫌だ。これ以上聞かれたくない。
何も言いたくない。
「結衣さん。結衣さん」
私はハッとした。
気付けば、私は椅子から崩れ落ち、胸を押さえてうずくまっていた。
肩で息をする私の背中を、死神さんは優しく撫でてくれている。
「大丈夫ですか?」
「……ごめんなさい。私……」
「いいえ。私の方こそ、軽率な質問をしてすみません。少し、ベッドでお休みになられますか?」
「だいじょうぶです」
私は慌てて椅子に座った。
死神さんは良い人だ。この人に、迷惑ばかりかけてちゃいけない。
私なんかのために、ずっと話を聞いてくれている。偏見を持たずに受け入れてくれている。
私なんかに。自殺なんてしようとするような人間に──
ふと気付くと、死神さんが、私の頬に触れていた。
びっくりするほど冷たいのに、なんだかそれが心地良くて。
私の中で渦巻く、せめぎ合うような非難の言葉が、その冷たさで凍ってしまったようだった。
どうしてだろう。
こんなにも冷たいのに、胸の奥が、じんわりと温かくなった。
「ここは、あなたしかいない、あなただけの空間です。遠慮することも、無理をすることも、ないのですよ?」
私は死神さんを、ただ見つめることしかできなかった。
彼女はそんな私に、ゆっくりと微笑んだ。
「休みましょうか」
死神さんに手を引かれて、私は二階のベッドで横になった。
ベッドの中で、私はずっと考えていた。
どうして私は、今まで自分に手を差し伸べてくれた人たちを拒否していたんだろう。
今にして思えば、カウンセラーの先生は、少なくとも私の話を聞こうとしてくれていた。ボランティアの人達も、方法はどうあれ、私を本気で助けようとしてくれていた。
その気持ちに触れて、最初は、彼らに心を開こうとしていたのだ。
その時、ふと私は思い出した。
自分の心が、彼らから離れていく瞬間を。
「よければ話を聞かせてくれないかな?」
「話を聞かせてちょうだい。もしかしたら、何か力になれるかも」
彼らがそう言った途端に、私の心の扉はばたんと閉じた。
私は話したくないのだ。
惨めな自分を、汚らしい自分を、これ以上誰かに知られたくないのだ。
それでも、孤独に耐えられないから。
それでも、誰かに認めて欲しいから。
「だから、私は死にたいんだ……」
自分の気持ちに気付いて、とめどなく流れる涙が、じんわりと枕を濡らしていた。
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