死神さんの自殺用品店

死神さんは、自殺者により良い死を提供する
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第九話

公開日時: 2021年2月7日(日) 21:39
文字数:2,038


私達は向かい合って座っていた。

彼女の手には、カラスさんの羽根。丸テーブルには、私の死紙が置かれている。


「私はいじめられてます。それで苦しんでいます。それは絶対に真実です」

「私もそう思います」

「でも、自殺する理由は違うんですよね?」

「そうですね。もしもそれが自殺の理由なら、死紙にそのことを書けないなんてことはありません」


死紙には本当のことしか書けない。

それが事実なら、私の自殺する理由は、いじめではないということになる。


「でも、他に理由なんてないと思うんです。全てはいじめから始まっています。いじめさえなければ、両親とぎくしゃくすることもなかったし、普通に学校にも行けた。いじめを隠蔽しようとする学校の先生に失望することもありませんでした」


死神さんは、手を口元に持っていき、考え始めた。


「私が気になっているのは、あなたが初めてここで目を覚ました場所です」


初めて目を覚ました場所。

確か、学校の教室で眠っていたんだったか。


「ここは生と死の狭間。厳密に言えば、あなたの魂のつながり、そのものです」

「魂の……つながり……?」

「はい。人の世は魂のつながりでできています。生命だけでなく、山や川、全てのものに魂が存在し、それらが互いに繋がり合うことで世界は成り立っている。たとえ死んでも、その魂は自然の一部となって、生者の営みを支えるのです」


それは、以前にも説明してもらったことだった。

死は全ての人間に平等。

死んで大地の一部になることも、死神さんの胃袋に収まることも、まったく同じことだと。

でも私は、どちらか選べと言われたら、死神さんに食べてもらいたかった。


「世界は多くの魂の集合体。そしてここは、その一つであるあなたの魂を、世界とつなげている空間なのです。自殺は世界とのつながりを断つ行為。だからこそ、あなたはこの場所に呼ばれたのです。自然の一部である私と触れ合い、つながりを持つことで、魂の循環を促すあの世へと旅立つために」


私という魂と、世界をつなげる空間。

つまりこの場所は、私が今まで生きてきて、触れ合ってきた人々、築いてきた関係性によってできている。私にとっての社会そのものだということだ。


「ここは、あなたの想いが色濃く反映された場所。間借りさせてもらっている私のお店以外は、ここにある全てのものが、あなたにとって特別なものなのです。特に、自殺という形で、社会とのつながりを断とうとしているあなたにとっては」

「自殺しようとする私にとっての、唯一のつながり。……自殺する理由、ってことですか?」


死神さんはゆっくりとうなずいた。


「あなたが寝ていたのは、自分の席ではないと言いましたね。それはどなたの席だったのですか?」

「……ごめんなさい。分かりません」


分からない?

本当に、そうなのだろうか。

もしかして、私は思い出すのが嫌なだけなんじゃないだろうか。それを思い出すことで、一緒に思い出したくないものまで思い出してしまうから。


「こういう場所に来てしまったことで、自分の本当の目的を見失ってしまう方は、思いのほか多いのです。そういう方に、自分の望みを思い出してもらうことも、私の仕事の一つです」


私が必要以上に自分を責めてしまわないように、死神さんはそう言ってくれた。

そうだ。

自分を責めている場合じゃない。

自分でさえ見失っている自殺する理由を、きちんと探すんだ。

たとえ自殺するとしても、私は、ちゃんと死神さんとつながってから死にたい。


「……放課後の教室でした。それも、文化祭の」


私は、当時の記憶をできるだけ思い出そうと、目を瞑りながら言った。


「たぶん、今年のだと思います。……そうだ。その文化祭での出来事が原因で、私はいじめられることになったんです」

「よろしければ、何があったのかをお話いただけますか?」


私は目を開け、死神さんをまっすぐ見つめながら、ゆっくりとうなずいた。




◆◆◆



私には仲の良い二人の友達がいました。クラスで一人ぼっちにならないように作る、いわゆるグループというやつで、その二人とは、何をするにも一緒でした。

ある日、そのグループに一人の子が加わりました。いつも一人ぼっちでいるんだけど、別にいじめられているとか、寂しそうにしているとか、そんな雰囲気はまるでなくて。

好きで一人でいるんだろうなと思わせる、一匹オオカミみたいな子でした。


体育で二人一組にならないといけない授業があって、私がその子と組んだのがきっかけでした。

音楽が好きで、かっこいい曲をたくさん知ってて。私が興味を持って色々と話を聞いてたら仲良くなって、自然とグループの一員になったんです。彼女自身は、グループの一員という認識は薄かったと思うんですが、根は優しい子なので、他の二人ともけっこううまくやっていて。

だから文化祭も、四人で一緒に回ろうということに自然になっていたんです。でもその文化祭で、事件が起きました。

私がグループに引き入れた、その子とのいざこざが原因で、私は、みんなからいじめられるようになったんです。


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