初めて真紀を意識したのは、ある日の休憩時間でした。
みんなが当たり前のようにグループを作って、集団に埋もれている中で、真紀はいつも一人でした。
机に突っ伏して眠っている彼女を、ただ一人ぼっちな自分を紛らわそうとしているだけかと思っていました。
最初はすぐに話しかけようとしたんです。私のグループにいた二人も、ちょっとクラスから孤立しているところを、私が話しかけて仲良くなったから。だから真紀も、同じように困ってるんじゃないかって思ったんです。
でも、彼女はそんなこと望んでいないと、すぐに分かりました。
彼女は休憩時間中、眠っているだけではありませんでした。
スマホを弄っていたり、なにか集中してノートに書いていたり、時にはボーッと窓を眺めていたり。
真紀が机に突っ伏していたのは、他人の目を気にしていたからではありませんでした。眠りたかったから眠っていただけで、真紀はいつも、人の目なんて気にせず、好きなことをしていたんです。
そんな彼女を見て、自分はなんて臆病なんだろうと思いました。
私は昔から集団行動が嫌いで、自分の好きなように行動したいと思うタイプでした。でも中学、高校になったら、そんな甘いことを言っていられません。
集団に属さない人間は、学校というコミュニティの中では異端児です。いじめられてるわけではないし、話しかけたら笑顔で返事をしてくれます。でも、みんなどこか壁があって、ふとした瞬間に、自分が下に見られていることに気付くのです。
そんな空気や、周囲の視線が嫌で、高校になってからは立場の弱そうな子を見つけて、その子たちと一緒に過ごすようになりました。同じはぐれ者同士だし、私がグループのリーダーになれば、他とは違う自由なルールで交流できると思ったからです。
でも、実際は違いました。
いくらリーダーで発言力が強くても、グループの総意には勝てません。
気付けば私は、自分があれほど嫌っていた過剰なまでの集団行動を、何の疑いもなく行っていたのです。
本当は、真紀のようになりたかったはずなのに、私はできなかった。
自分では貫けなかった。
だからこそ、彼女に興味を持ちました。
どうして自分を貫けるのか。どうして周りの目を気にせずにいられるのか。
私は、どうしてもそれが知りたかったんです。
彼女とはすぐに気が合いました。
死神さんの推測通り、私達は似た者同士で、趣味も共通していました。
自然と二人で過ごす時間が長くなり、他の二人の手前、真紀にもグループに入るようにお願いしました。彼女は嫌がっていましたが、集団行動を強制するようなことはしないと言うと、割とすんなり受け入れてくれました。
前にも言いましたが、真紀は突っ張って見えるんですけど、根は優しい子なんです。最初はぎこちないところもありましたが、すぐに他の二人とも、普通に談笑ができる仲になったんです。
彼女はそんな毎日を受け入れているように見えました。でも、私は違いました。
日に日に、二人で話す機会が失われることに、言いようのない怒りみたいなものが芽生え始めたのです。
あの事件が起こったのは、ちょうどそんな時でした。
文化祭の当日。
教室に残る当番を決めようということになりました。
私は二人が文化祭を回りたくなるように、さりげなく誘導しました。その気持ちに便乗するように、真紀に当番を持ちかけると、彼女は渋々、それに応じてくれました。優しい彼女なら、必ずそうすると私には分かっていたんです。
ラッキーでした。
忙しい真紀と交流できる時間は、学校の時間だけ。でも、いつも私にくっついてくる二人のせいで、真紀と二人きりの時間は、なかなか作れなかったから。
だから、当番をしながら、他愛のない話をするだけで、私は満足だったんです。
でも、二人で話している内に。それが盛り上がる度に。ふつふつと、もっと真紀のことが知りたいと思うようになりました。
どんな食べ物が好きなんだろう。輪投げやヨーヨーすくいは得意かな。
お化け屋敷に入ったらどんな反応をするんだろう。安っぽい恋愛劇でも、真紀は案外、泣いちゃうかも。
一度、そう考えだすと止まらなくなって、気付けば私は、真紀の手を引っ張って、教室を出ていました。
幸い代わりの人はすぐに見つかりました。もちろんタダで、とはいきませんでしたが、私にとっては安い出費でした。
真紀はクレープが大好きでした。手先が意外に不器用で、ボール投げや輪投げはいつも0点でした。お化け屋敷は痛くなるくらい私の手を握ってきたし、安っぽい恋愛劇は、案の定、号泣してました。
一通り周り終えた私達は、教室に帰ってきました。
「はぁ。くたびれた」
そう言って、真紀は私の席に座りました。
「ちょっと。そこ私の席なんだけど」
「いいじゃん。ここ、日差しが気持ちいいしさ」
窓際の席だった私は、ちょうど日差しの当たる席でした。
「……じゃあ、私も」
そう言って、私は真紀の席に座りました。
いつも突っ伏して、イヤホンしながら眠っている彼女の机。
私は、少しだけ緊張しながらも、彼女がいつもそうするように、身体を預けました。
目を瞑って大きく息を吸うと、ほんの少し、彼女の匂いがしました。
好きだ。
その時、はじめて私は、真紀に対して抱いていた感情を、はっきりと理解しました。
彼女のしぐさも、性格も、匂いも。全てがどうしようもないほど愛おしかった。
ふと見ると、真紀はこちらの方を向いて眠っていました。
私は、まるで導かれるように立ち上がり、彼女のそばへと歩み寄りました。
「寝ちゃったの?」
私は、ぼそりと言いました。
彼女は動きません。
私は、彼女の髪をさらりと撫でました。
「ねぇ、起きて」
そんな小さな声では、彼女が起きるはずありません。それを分かっていながら、まるで免罪符のように、二度、三度と同じ言葉を唱えました。
声を発する度に、彼女に顔を近づけながら。
無防備に眠る彼女の唇に、自分の口を近づけながら。
「……起きて」
私は、なけなしの理性がかけるブレーキも気にせず、彼女にキスをしました。
ダン!!
突然開いた扉の音で、真紀は目を覚ました。
私は慌てて彼女から離れました。でも、その驚愕の目が、私のしたことに気付いた証でした。
「ちょっと、結衣、真紀! どうして連絡くれなかったの⁉ 終わったらLINEしてって言ったよね⁉」
「アンタらが二人で回ってるってクラスの子から聞いたんだけど、どういうこと⁉」
二人の声は、私には聞こえませんでした。
血の気が引いて、頭がくらくらして、視線が床から離れませんでした。
「っていうか、さっき二人でなにしてたの? もしかして……キ──」
ばんと、真紀が机を叩いて立ち上がりました。
自分の口を、何度も何度も袖で拭い、そのまま私を素通りしました。
「気持ち悪い……」
すれ違いざまに、ぼそりとそんなことをつぶやきながら。
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