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第十話

公開日時: 2021年2月8日(月) 21:12
文字数:3,138


文化祭当日のことでした。

クラスの出し物の関係で、貴重品を管理するために教室で居残る人が必要になったんです。でも他の人はみんな、部活の出し物や用事で忙しく、自然と、私のグループから誰か二人が、っていうことになったんです。

それでその当番に、私と、新しく私のグループに入った子、真紀の二人が選ばれたんです。


本当は四人で文化祭を回る約束だったんですけど、こうなったら仕方ないということで、二人には先に回ってもらって、当番の時間が終わったら、四人で回ろうということになりました。

でも、私達の当番が終わる頃には、面白そうなイベントはだいたい終わっていて。それまでずっと文化祭を回れないのが、私は少し納得がいきませんでした。

私も、最初は頼まれたことだからと思って、黙っていたんですけど、だんだん我慢できなくなってきて。


それで、仕事を放りだしてしまったんです。

他のクラスの子に代わりを頼んで、真紀に無理を言って、文化祭を回るのに付き合ってもらいました。


その時間は、本当に楽しかった。

自分にとって初めてのわがままで、真紀もそれに付き合ってくれて。

初めて、自分の好きなことを、思い切り楽しむことができたんです。

今でも、学校生活で、一番楽しい思い出だったと断言できます。


でも……他の二人にそれがばれちゃって。真紀は、いやいや付き合っていただけなのに、二人に変な目で見られるようになって。それが我慢できなかったのか、真紀は私に対して、露骨に陰口を叩くようになりました。それから、以前に話したようないじめに発展するようになったんです。




◇◇◇




一気に話し終えて、私は大きく息をついた。


「元々、身から出たさびなんです。だから、私は誰も恨んでいません。ただただ、今の状況に絶望しているだけです。友達に見限られたことがショックで、そんな自分が、心底いやなんです」


全て言った。

もしかしたら、死神さんは幻滅してしまったかもしれない。それでも、これは私の口から言うべきことだった。

たとえどれだけ怖くても、どれだけ嫌われても。

それが、死神さんとつながるということだと思うから。


黙って私の話を聞いていた死神さんが、ゆっくりと口を開いた。


「結衣さんと真紀さんが当番に選ばれたのは、どうしてですか?」

「私が自分から言ったんです。こういう、誰か損をする人を決めないといけない時って、なんだかすごく居心地が悪くなるから。揉めたりするのは嫌だし、だったら私が損をすればいいやって。……でもこの時は、それがどうしても我慢できなくなって」


私は、小さく身を縮こませた。


「身勝手ですよね。自分から手を上げておいて、その役割を放棄するなんて。自分でも分かっています。どうしようもない偽善者だって」

「偽善者なのですか?」


死神さんの質問に、私は思わず鼻で笑った。


「だってそうでしょ? みんなが嫌なことを率先してやるような顔をして、けっきょくやってなかったんだから。良い人ぶっておいて、良い人を演じ切ることもできない。どうしようもない偽善者じゃないですか」

「代理を頼んでいたのですよね?」


死神さんは言った。


「教室を見張ることが結衣さんの役割だとするのなら、代理だろうが本人だろうが、それを遂行した時点で役割は果たしていたと思いますが」

「……そういうことじゃないんですよ」

「どういうことなのですか?」


あまりに純粋な気持ちで聞いてくるので、私は余計に苛立たしさを覚えた。


「もう! なんでわからないんですか‼ 自分の手柄みたいな顔して他人に頼んでいたんですよ⁉ そんなのダメに決まってます!」


死神さんはきょとんとしている。


「役割は果たしていたのに?」

「役割だけが全てじゃないんです‼」


自分で考えていた以上に大きな声を出していたのだろう。

私はいつの間にやら、肩で息をしていた。


「なるほど。役割以外の部分で、自分に落ち度があったと、結衣さんは仰りたいのですね」


そんな私のことなど意にも介さず、死神さんはマイペースにうなずいている。

彼女相手に感情を荒げることがどれだけ馬鹿らしいことか、ようやく私は思い出した。

それを思い出した途端、不思議なことに、先程までの怒りは瞬時に消え、私は落ち着きを取り戻していた。


「では次の質問です。当番をサボって文化祭を回ろうと決意した時、どうして他の二人を呼ばなかったのですか?」


至極まっとうな質問だった。

四人で回ることを約束していたのだから、当番をサボった時に、他の二人も呼べばよかったのだ。そうすれば、少なくとも抜け駆けしたかのような印象は、避けることができたはずだ。


死神さんからしてみれば、当然の質問。

なのに私は、その質問に答えられなかった。


「それ……は……」

「呼びたくなかったから、ですか?」


私は唇を噛み、一瞬だけ躊躇したものの、こくりとうなずいた。

死神さんは、それを確認してから口を開く。


「先程の話で、結衣さんは、初めて自分の好きなことを、思い切り楽しむことができたと仰っていましたね。今までは楽しめていなかったのですか?」

「そう……ですね。私は、集団の中で自分の意見を通すのが、すごく苦手なんです。だから、意見が割れそうになった時は、自分の好きなことよりも、みんなが好きなことを優先してきました。何をするにも一緒でっていうのが、グループの暗黙の了解なんですけど、いつもそれに反対できずにいました。人に気を遣わず好きに行動できたのは、あの時くらいです」

「真紀さんには、気を遣わなかったのですね」

「……真紀は、サッパリしてるというか。他人に縛られたくないタイプの子だったので、私を縛るようなこともしませんでした。そういうところが、すごく楽だったというか……」


私は、所在なげに両の手を絡ませ、ぎこちなく動かしていた。

自分の口から発せられる、自信なさげな言葉が、その動作に呼応していた。


「だから、真紀さんに魅力を感じたのですか?」

「そうです。真紀はそういうことをまるで気にしないから。周りの目とか、みんなに合わせなきゃとか、そんな風に考えることがない。すごく……強い人だなと思いました。だから、キャラが違うなと思いつつも、勇気を出して話しかけたんです」


真紀は強くて、かっこよくて、私にはないものをたくさん持っていた。

そんな彼女が魅力的だったし、彼女のようになりたいと思った。だから、人付き合いが苦手な私が、思い切って話しかけたのだ。


「真紀さんには、周りの目を気にしない強さがあった、と。では、仕事を抜け出して遊んだことがバレて、どうして真紀さんは、そのことを気にするようになったのでしょうか」

「……え?」

「いやいや付き合っていたとはいえ、自分の意思で結衣さんに付き合っていたのですよね? それなら、そのことで文句を言われることは、彼女自身の責任でもあるわけです。人の目を気にしない強さを持った彼女が、なぜ、そのことを棚にあげ、結衣さんを恨むようになったのでしょうか」


私の視線が、徐々に下へと落ちていく。

絡み合っていた指が自然と離れ、自分のふとももを、強くつねる。


「そんなの……分かりませんよ。陰口を叩かれるのが嫌だったんじゃないんですか?」

「しかし、それは想定できたことではありませんか。結衣さん達は、その時間帯にしかやっていないイベントを観に行ったのですよね? なら、他の二人とそこで鉢合わせする可能性は高かったはずです。もしも陰口が嫌だとするなら、そもそもそんな行動は起こしません。真紀さんも、……そしてあなたもです」


ごくりと、私は唾を飲み込んだ。

まっすぐに私を見つめる死神さんの視線は、一切ブレることなく私を貫いている。

この時、私は理解した。


死神さんは、既に知っているのだ。

私がついた嘘を。そのことに、既に私が気が付いていることを。


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