文化祭当日のことでした。
クラスの出し物の関係で、貴重品を管理するために教室で居残る人が必要になったんです。でも他の人はみんな、部活の出し物や用事で忙しく、自然と、私のグループから誰か二人が、っていうことになったんです。
それでその当番に、私と、新しく私のグループに入った子、真紀の二人が選ばれたんです。
本当は四人で文化祭を回る約束だったんですけど、こうなったら仕方ないということで、二人には先に回ってもらって、当番の時間が終わったら、四人で回ろうということになりました。
でも、私達の当番が終わる頃には、面白そうなイベントはだいたい終わっていて。それまでずっと文化祭を回れないのが、私は少し納得がいきませんでした。
私も、最初は頼まれたことだからと思って、黙っていたんですけど、だんだん我慢できなくなってきて。
それで、仕事を放りだしてしまったんです。
他のクラスの子に代わりを頼んで、真紀に無理を言って、文化祭を回るのに付き合ってもらいました。
その時間は、本当に楽しかった。
自分にとって初めてのわがままで、真紀もそれに付き合ってくれて。
初めて、自分の好きなことを、思い切り楽しむことができたんです。
今でも、学校生活で、一番楽しい思い出だったと断言できます。
でも……他の二人にそれがばれちゃって。真紀は、いやいや付き合っていただけなのに、二人に変な目で見られるようになって。それが我慢できなかったのか、真紀は私に対して、露骨に陰口を叩くようになりました。それから、以前に話したようないじめに発展するようになったんです。
◇◇◇
一気に話し終えて、私は大きく息をついた。
「元々、身から出たさびなんです。だから、私は誰も恨んでいません。ただただ、今の状況に絶望しているだけです。友達に見限られたことがショックで、そんな自分が、心底いやなんです」
全て言った。
もしかしたら、死神さんは幻滅してしまったかもしれない。それでも、これは私の口から言うべきことだった。
たとえどれだけ怖くても、どれだけ嫌われても。
それが、死神さんとつながるということだと思うから。
黙って私の話を聞いていた死神さんが、ゆっくりと口を開いた。
「結衣さんと真紀さんが当番に選ばれたのは、どうしてですか?」
「私が自分から言ったんです。こういう、誰か損をする人を決めないといけない時って、なんだかすごく居心地が悪くなるから。揉めたりするのは嫌だし、だったら私が損をすればいいやって。……でもこの時は、それがどうしても我慢できなくなって」
私は、小さく身を縮こませた。
「身勝手ですよね。自分から手を上げておいて、その役割を放棄するなんて。自分でも分かっています。どうしようもない偽善者だって」
「偽善者なのですか?」
死神さんの質問に、私は思わず鼻で笑った。
「だってそうでしょ? みんなが嫌なことを率先してやるような顔をして、けっきょくやってなかったんだから。良い人ぶっておいて、良い人を演じ切ることもできない。どうしようもない偽善者じゃないですか」
「代理を頼んでいたのですよね?」
死神さんは言った。
「教室を見張ることが結衣さんの役割だとするのなら、代理だろうが本人だろうが、それを遂行した時点で役割は果たしていたと思いますが」
「……そういうことじゃないんですよ」
「どういうことなのですか?」
あまりに純粋な気持ちで聞いてくるので、私は余計に苛立たしさを覚えた。
「もう! なんでわからないんですか‼ 自分の手柄みたいな顔して他人に頼んでいたんですよ⁉ そんなのダメに決まってます!」
死神さんはきょとんとしている。
「役割は果たしていたのに?」
「役割だけが全てじゃないんです‼」
自分で考えていた以上に大きな声を出していたのだろう。
私はいつの間にやら、肩で息をしていた。
「なるほど。役割以外の部分で、自分に落ち度があったと、結衣さんは仰りたいのですね」
そんな私のことなど意にも介さず、死神さんはマイペースにうなずいている。
彼女相手に感情を荒げることがどれだけ馬鹿らしいことか、ようやく私は思い出した。
それを思い出した途端、不思議なことに、先程までの怒りは瞬時に消え、私は落ち着きを取り戻していた。
「では次の質問です。当番をサボって文化祭を回ろうと決意した時、どうして他の二人を呼ばなかったのですか?」
至極まっとうな質問だった。
四人で回ることを約束していたのだから、当番をサボった時に、他の二人も呼べばよかったのだ。そうすれば、少なくとも抜け駆けしたかのような印象は、避けることができたはずだ。
死神さんからしてみれば、当然の質問。
なのに私は、その質問に答えられなかった。
「それ……は……」
「呼びたくなかったから、ですか?」
私は唇を噛み、一瞬だけ躊躇したものの、こくりとうなずいた。
死神さんは、それを確認してから口を開く。
「先程の話で、結衣さんは、初めて自分の好きなことを、思い切り楽しむことができたと仰っていましたね。今までは楽しめていなかったのですか?」
「そう……ですね。私は、集団の中で自分の意見を通すのが、すごく苦手なんです。だから、意見が割れそうになった時は、自分の好きなことよりも、みんなが好きなことを優先してきました。何をするにも一緒でっていうのが、グループの暗黙の了解なんですけど、いつもそれに反対できずにいました。人に気を遣わず好きに行動できたのは、あの時くらいです」
「真紀さんには、気を遣わなかったのですね」
「……真紀は、サッパリしてるというか。他人に縛られたくないタイプの子だったので、私を縛るようなこともしませんでした。そういうところが、すごく楽だったというか……」
私は、所在なげに両の手を絡ませ、ぎこちなく動かしていた。
自分の口から発せられる、自信なさげな言葉が、その動作に呼応していた。
「だから、真紀さんに魅力を感じたのですか?」
「そうです。真紀はそういうことをまるで気にしないから。周りの目とか、みんなに合わせなきゃとか、そんな風に考えることがない。すごく……強い人だなと思いました。だから、キャラが違うなと思いつつも、勇気を出して話しかけたんです」
真紀は強くて、かっこよくて、私にはないものをたくさん持っていた。
そんな彼女が魅力的だったし、彼女のようになりたいと思った。だから、人付き合いが苦手な私が、思い切って話しかけたのだ。
「真紀さんには、周りの目を気にしない強さがあった、と。では、仕事を抜け出して遊んだことがバレて、どうして真紀さんは、そのことを気にするようになったのでしょうか」
「……え?」
「いやいや付き合っていたとはいえ、自分の意思で結衣さんに付き合っていたのですよね? それなら、そのことで文句を言われることは、彼女自身の責任でもあるわけです。人の目を気にしない強さを持った彼女が、なぜ、そのことを棚にあげ、結衣さんを恨むようになったのでしょうか」
私の視線が、徐々に下へと落ちていく。
絡み合っていた指が自然と離れ、自分のふとももを、強くつねる。
「そんなの……分かりませんよ。陰口を叩かれるのが嫌だったんじゃないんですか?」
「しかし、それは想定できたことではありませんか。結衣さん達は、その時間帯にしかやっていないイベントを観に行ったのですよね? なら、他の二人とそこで鉢合わせする可能性は高かったはずです。もしも陰口が嫌だとするなら、そもそもそんな行動は起こしません。真紀さんも、……そしてあなたもです」
ごくりと、私は唾を飲み込んだ。
まっすぐに私を見つめる死神さんの視線は、一切ブレることなく私を貫いている。
この時、私は理解した。
死神さんは、既に知っているのだ。
私がついた嘘を。そのことに、既に私が気が付いていることを。
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