◾隆臣
窓から見える景色が隣家の外壁なオンボロ賃貸アパートとは俺の自宅のこと。
それとは天と地の差もある三鷹家は、港区のワールドシティタワーズの最上階にあって、そこから臨める夜景は、まさに宝石箱を思わせる。
そんな高級マンションで凛とそのガイストであるジョーカーがほぼ2人で暮らしていたのは約1ヶ月前のこと。
父親である和也さんは研究多忙で、上野の研究施設寝泊まりすることが多く、この自宅まで帰ってくることは週に1、2回程度だった。
まあ、上野なので普通に帰って来れる距離ではあるが、和也さん曰く、常に目が離せない実験を行うことが多かったんだとか。
そして母親である琳瑚さんは、凛が産まれてすぐに亡くなられたと和也さんから聞いた。
さて、そもそも俺と凛がどのようにして出会ったのかを説明しておこう。
1ヶ月ほど前のことだ。俺は学園高等部への入学に備えて横浜から上京してきた。
うちは富豪ではないので、学費がバカ高い魔術学園に通うにあたって、俺はアルバイトをすることにした。
横浜から通えないわけではないが、母さんは一人暮らし――いや俺とエースの二人暮しを強制してきた。母さんはエースが嫌いだったからな。まあ俺にも色々あったんだよ。
そんなある日、いつものように三鷹家にデリバリーピザを届けていたとき、和也さんに「そのアルバイトを辞めてうちでお手伝いとしてはたらかないか? 給料は今君が貰っている3倍……いや、5倍は出そう」という内容の提案をされた。
いわゆる家政婦ならぬ家政夫として、掃除、炊事、洗濯をこなし、幼い娘の凛とジョーカーのお世話をするというものだった。
家事全般は苦手じゃなかったし、小さい子どもは好きなので、俺は快諾した。
最初の頃、凛は本ばかり読んでいたし、ジョーカーもゲームばかりしていて、あまり懐いてこなかった。だがガイストであるエースに会わせたところ、2人は少し心を開いてくれた。
さらには偶然同じ学園だったこともあって、今では4人で一緒に登下校したりもするようにもなった。
ずっと気になっていたので、俺は凛に「何読んでるの?」と聞いて表紙を見せられたが、びっくり仰天。
そこには『ローレンツ力と相対性理論の矛盾性――魔法学の解釈と物理世界への介入』という文字が並べられていたのだ。
最初は目を疑っていた俺だが、凛とジョーカーの部屋の隣の書斎を見て、なるほどと確信した。
凛は3年前――すなわち初等部1年の頃から物理学や魔法学に興味を持って、魔法マテリアルの研究者である和也さんの影響もあり、独学で勉強を始めたらしい。
今や大学以上のレベルの内容まで余裕で理解できるという。
ガチものの天才というやつで、新聞やニュースで「天才少女現る」なんかの見出しで報道されていたこともあったらしい(興味がなかったので、俺は覚えていない)。
その吸収力の速さから、海外の有名大学――具体的にはイギリスの超名門オックスフォード大学や大英魔法学校、現代魔導魔術の体系化に成功した17世紀の魔術師エレナ・イェルヴォリーノの名を取って設立された、イタリアの魔術大学の名門ローマ=イェルヴォリーノ魔術大学などからも留学のオファーが来たりしているそうだ。
そんな天才美幼女だが、普段は年齢相応の子どもで、論文だけでなく、児童向けの小説や伝記、少女漫画なんかも読んだりする。
基本的な思考回路はちょっとおませな女児そのものなのだ。
ジョーカーはよくゲームをする。ネットゲームやPCゲーム、ソーシャルゲームなど幅広いジャンルをたしなんでいる。
本人曰く、「わたしの生きていた時代にはこんな素晴らしいものはなかったと思うから」と。
ガイストは、死んだ人の霊魂が宿主の体内由来の魔力粒子に憑依することで、半霊体半実体を得た存在である。大抵の場合は生前の記憶を継承しているが、ジョーカーの場合は部分的に記憶喪失らしい。
嫌な記憶は脳内から消去されるというが、生前に悲惨なことがあったのかもしれない。
俺が入学してしばらく経って、俺にも数人の友達ができ始めた頃。俺はもはや仕事という感覚ではなかった。
朝早く起きて三鷹家に訪れて凛とジョーカーを起こし、一緒に朝食を取って一緒に登校する。
昼は授業を受けたり友達と楽しく談話したりして、そのまま夕方には彼らとどこかへ遊びに行く。
たまに遅くなるが7時までには三鷹家に帰着して、ご飯を作ってみんなで夕食をとる。
凛とジョーカーがお風呂から上がってきて、しばらくしてから俺とエースは田町の自宅に帰る。
それが日常化していた。
そんな平和な生活がしばらく続いていたわけだが、今俺の隣にいるハイスペ同級生の前にそれはあっさり敗れ去ったのだった。
「ふーん、マンションにしては中はけっこう広いんだな」
「いいから中に入れ。適当に座ってろ」
俺はそう言って尚子の背中を押した。
「麦茶でいいだろ?」
「ミルクティーで」
「お前なぁ」
「アールグレイで頼む」
「ハートはジュースがいい! 何ある?」
「てめーらなぁ……自分のしたことと立場がわかってないのか?」
俺ははぁとため息をついて呆れ顔で尚子とハートに言った。
まあハートはお茶目でかわいいから許すが、尚子お前は許さない!
「パインジュースといちごミルクがあるよ」
凛は冷蔵庫を開け、普通の友達と接するようにハートにそう返した。
「いちごミルク飲みたーい! そこでつっ立ってるお兄さん! ぼさっとしてないで早くおねがーい!」
「は!?」
「早くしてくれ。喉が乾いた。アールグレイ」
「ふざけるなよ? お前らなんて自分の唾でも飲んでいやがれ!」
するとエースが俺たちの間に入って、
「みんな落ち着いて! くだらないことでみっともないよ!」
と、喝を入れてくれる。なんてできた子なんだうちエースは……。と、ちょっと親目線になってしまった俺。
「しょうがない。エースに免じて今回だけは許してやろう」
「それはこっちのセリフだ」
尚子と俺はそれぞれ睨み合ってから顔を逸らした。
「エースもいちごミルクだろ? みんなの分のコップといちごミルクを持って来てくれ」
「うん、わかった」
俺の言葉に首肯して、エースは食器棚からコップを、冷蔵庫からいちごミルクのパックを取り出し、テーブルに持ってきてくれた。凛はエースが持ちきれないコップを運んでくれた。
To be continued!⇒
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