小鳥遊《たかなし》から木彫りの木箱を受け取った米満はすぐ饗庭に渡した。
「ここに饗庭が求めている答えがあるはずだ。俺が持っているより、饗庭が持っていたほうがいい。」米満の言葉に饗庭は笑いながら「ありがとう。でもどうせ最後は俺に渡すつもりだったんだろ?」と話した。
時計の針は12時を回り、お昼休憩の時間に入ったところで、小鳥遊社長のご馳走でランチに連れてもらうことになった米満と饗庭兄弟。
「今日はお忙しい中、僕達と話し合いの機会を設けてくださってありがとうございました。その上僕たちにお昼ご飯のご馳走をして頂けるなんて思ってもいませんでした!本当に何から何までありがとうございます!!」
米満と饗庭そして侑斗が口を揃えてイタリアンのランチを食べながら、小鳥遊社長にお礼を言うと、小鳥遊は「いえ、こちらこそ今になって父が僕に伝えたかったことがやっとわかったような気がした。まさか僕の中では事件で一家全滅したとばかりに思っていたが御子息がこんな形で、今も潤一郎おじさんと裕おじさんや樹おじさんの血筋が残っていることに驚きを隠せられなかった。やっと父が僕に対して答えを示してくれたのだと思っている。君達に会えて、本当に嬉しかった。そして果たすべき父からの任務をやっと終えて一安心している。」と語り始めた。
侑斗は普段食べないイタリアンランチがあまりにも美味しかったのか無言で食べ進んでいく。
侑斗が必死になって食べている姿を横目に饗庭が小鳥遊に話し始める。
「ところで、小鳥遊社長。どうして小鳥遊悟さんが準一路や望月兄弟、福冨克哉と共に降臨会に参加をしたの思っているんですか?潤一郎の目論見がソメザワ・マテリアルやモチヅキ・ドリーム・ファクトリー、そしてフェニックス・マテリアルの経営統合を図るのが目的ならば、この3人が一致団結さえしたら競合他社に立ち向かえるほどの強い存在感を示したと思うのですが、なぜそこまでに話が合意に至らなかったのでしょうか?潤一郎がサタンに一心不乱になって悪魔崇拝にのめりこんだのは赤字に赤字が膨らんだ結果、ライバル会社を一つでも消したい思惑があって、悪の手にでも染めたいと思った。だが結局潤一郎は、悪に負けてしまった。その後を追うように望月裕、福冨克哉、さらに望月樹と続くが、小鳥遊悟さんがかつてのフェニックス・マテリアルがあったこの土地に移転をしたのは、実は小鳥遊悟さんもサタンに傾倒していたんじゃないんですか?そうじゃなかったら、気味悪がってこんな悪魔を呼び込むための儀式の間がある部屋が残るこの社長室に、まともな考えなら居座りたくないと思いますよ。」
饗庭の質問に、小鳥遊が嫌なことを思い出すかのような感じの口調で話し始めた。
「父は確かに、悪に身を染めた。潤一郎おじさんの誘いの元、サタンを呼び出すための降臨会に参加をしたのは、ソメザワ・マテリアルの企業秘密ともいうべき情報を盗み出す為が目的であり、潤一郎さんおじさんはわかっていたはずだろう。しかしそれでも裕おじさんと樹おじさん、そして福冨さんを呼び出さなければいけない理由があったとすれば、悪魔を呼び出すために、円に五芒星を描き、その五芒星の指す方向に生贄となる人の魂をサタンへの捧げ物として提供するのは勿論のこと、
交流会を行うためには5人の人物をかき集めなければいけなかった。その際に潤一郎が甘言を言って誘い出し、父も含め潤一郎おじさんの誘いの元悪魔降臨会に参加した全員がサタンへの忠誠を誓う悪魔崇拝者になってしまったのじゃないかと思われる。福冨さんが虹の松原で首吊って、樹おじさんが行方不明になり、さらに茉莉子さんまでもわからなくなってから、僕は2人で心中を図ったんじゃなかろうかと本気で心配したが、樹おじさんのお孫さんが生きている姿を見て、改めて思った。茉莉子さんはお腹に宿った子供だけは実名報道の犠牲者になってほしくないために、出来ることをやり遂げて消えてしまったんだろうと僕は思っている。」
小鳥遊の答えを聞いて、饗庭は少し考え始めた。
「君たちは若いから、高度経済成長期が終わってからの日本の成長率が著しく低くなったのは多分分からないだろう。新商品の開発に力を注いだとしても、日本経済そのものが一時的に低迷をしていた頃でもあったからね。そんな中で、父も含め見出した答えは”ライバルとなる会社を一つでも潰していく”ことだったのだろう。その上で悪魔崇拝に藁にも縋る思いでのめり込み、傾倒していったのだろう。潤一郎おじさんはとりわけお母さんがあんな借金漬けのギャンブル依存症の状態でもあったからね、尚更借金を抱えるわけにもいかず、妻にも迷惑をかけるわけにはいかないという思いもあったから、追い詰められた末に導き出した答えだったのだろう。」
小鳥遊なりの解釈に、米満は「まあ、当事者たちが死んでしまっている以上、僕たちが出来るのは机上の空論にしかならないですけどね。」と語ると饗庭も「これ以上議論をしてもしょうがないことです。木彫りの箱に生前の小鳥遊悟さんが遺してくれたことを読むしかないと思います。そこに真実があるはずです。」と語り、4人での会食は13時前にレストラン内で解散して終わった。
小鳥遊が先に出発するのを見送ると、米満は饗庭に話しかけた。
「どうして息子の譲が生前の父が書き残したノートを読まないことに何か理由でもあるのだろうか?不思議でしょうがない。知ろうと思えば幾らでも知る機会があったはずなのに、どうしてそれを知ろうとしなかった。疑問で疑問でしょうがない。」
米満の質問に、侑斗が答え始めた。
「俺が透視をしている限りでは、父親が悪魔崇拝に傾倒するところを見たのは勿論のこと、やはりこれまでの父親が悪事を行ってきたという事実を知ってしまっている以上、関わって損をしたくないっていう思いが強かったんじゃないかと思う。だって、自分の父親の話なのに、あの人嫌々話している感じが拭えなかった。」
侑斗がそう話すと、饗庭も続けて話し始めた。
「俺もそんな感じがした。何か聞かれては困るような、ものを強く感じた。きっと譲さんにとっても、父と過ごした日々そのものが思い出したくないトラウマそのものなのだろう。だから、父が遺してた木彫りの箱をあんな気味の悪い部屋に保管しておくのも、きっと生前に良い思いをしなかったからというのも意味しているだろう。」
米満は2人の話を聞いて、「まあありえなくもない話だな。この木彫りの箱に入っていたノートなんだけど、茉莉子を知る上において何かしらのヒントが記載されているのかもしれない。先にノートだけ借りてもいいか?」と聞き出すと、饗庭は「いいよ。木彫りの木箱と一緒にもっていきなよ。」といって渡してくれた。
米満は「ありがとう。発見ごとがあればまた連絡をする。」といって、米満は一人ヴィクトリー出版社へと戻ることにした。米満がヴィクトリー出版に戻ると、借りてきたばかりの木彫りの木箱を開け始め、古びたノートを開いて読み始めた。
”拭えぬ穢れ”
1975年4月8日 茉莉子さん 僕はあなたの出産にお手伝いをしたことを今でも鮮明に覚えている。旦那の樹が七ツ釜で行方不明になり絶望的な気持ちになりながらも、茉莉子さん あなたは決して出産を絶望的な気持ちになって諦めたりはしなかった。俺はそんな茉莉子さんが不憫に思い、自分でもできることがあるはずだと思い、茉莉子さんを探し始めてやっと茉莉子さんの実家にいるのではなかろうかと思い、唐津市厳木町広瀬地区にある鮎川邸に来たら、そこは廃屋も同然の佇まいと化していた。誰も住んでいないだろうと思いながら2階へと上がっていくと、茉莉子さん あなたがいた。俺はそんな茉莉子さんを見て、出産をするまでサポートをしてあげようと誓った それが俺が出来る罪の償いでもあった
茉莉子さんへの食事のサポートを毎日続けた 茉莉子さんはいつも笑顔で『ありがとう、ありがとう』とそれは天使のような微笑みでいつも迎えてくれた そして出産の時を迎え、茉莉子さんが布団の上で出産を迎えようとしていた時に、僕はただ茉莉子さんの手を握り2人で一緒になって生まれてくる命が無事誕生するのを一緒になってサポートをした そして「おぎゃあ」という産声と共に生まれてきた男の子は天使そのものだった 茉莉子さんに似て綺麗な顔立ちをしていた 僕は茉莉子さんに生まれた男の子はどうするのかと話をした際に、茉莉子さんは下の階にあるゆりかごをこの部屋に持って来てほしい。」と言われ僕が下に降りたその瞬間にあなたは毒を飲んだ。僕が2階に上がってきたときには既に口から泡を吹いた状態で息絶えていた。枕元には『青酸カリ』と書かれた薬瓶が置かれてあった。ずっと支え続けてきた僕は泣きじゃくった ”茉莉子さん、茉莉子さん” しかし茉莉子さんは目覚めることはなかった。青酸カリの瓶の傍には遺書とも思える手紙が置かれてあった。僕は今でも茉莉子さんが綴った遺書をこのノートのしおりとして挟んでいる。いずれ僕の中で気持ちの整理がついたら読むことにしたい そして茉莉子さんが命を懸けて産んでくれた天使は、本来なら俺が引き受けるべきだったが、妻の反対を受けることは避けられない すまない 本当にすまない 生まれてきた僕が良心のある里親の元へ引き取られることを夢見て、へその緒が付いた天使を体温が下がらぬように毛布などでくるんだ上に、ゆりかごに入れた後に毛布の上には茉莉子さんが書き綴ったように見せかけるように僕が一筆書いたものをのせた 『一人では育てることが出来ません どうかこの子を引き取ってください 茉莉子』 これがどれだけ罪深い事なのかは重々分かっていた。ゆりかごは交番の前に置いてきた 発見した警察が保護責任者遺棄の罪で捜査していることも知り、益々名乗り出るのが辛くなってしまった 勿論、自分が茉莉子さんのご遺体をブルーシートに包んだ後、敷布団と掛布団で覆い隠すように、遺体は物干しスタンドのある庭の穴を深く掘った場所に埋めた 生まれ育った天使はいずれ本当の両親のことを知りたくなるだろう しかしそのことについては触れないほうがいいと思っている 茉莉子さんが殺害事件を起こしたことも、その後自責の念に問われ どこかで手に入れたであろう青酸カリを飲み服毒自殺をする 父親は恐らく七ツ釜で自殺だろう こんなことを知っても誰も得をしない ただ一つ言えることは、生まれた天使が無事生き残って成長して立派な家族を持ってほしい そればかりだ
最期に 俺は染澤が主宰する悪魔降臨会に参加をしたのはソメザワ・マテリアルの企業秘密を盗み出すのが目的だった だがその目的はその場にいる裕・樹兄弟そして福冨と同じ願いへと変わっていく ”競合他社が一斉に潰れますように” そのためには宗教上悪い事であっても悪の力を借りなければライバルたちを蹴散らすことは出来ないことに答えは行きついた 俺も裕・樹兄弟も福冨も、染澤亡き後であれど、サタンへの忠誠を誓う降臨会は続けてきた サタンへの忠誠は俺が死ぬまで続ける
1975年7月7日 小鳥遊悟
ノートの内容を一通り読んだ米満は間に挟んであった封筒を開けて手紙を読んでみることにした。
我がお腹に宿る天使がもうそろそろ生まれてきそうです わたしが今迄に生きてきた以上、最も最悪な過ちを犯しました それは殺人です 義兄家族が殺害される1ヶ月前の事だった 住んでいるアパートの郵便ポストに奇妙なメモ書きが書き記されてあった そこには”義兄を家族殺しの犯人と見立てたら賞金100万円を渡そう”というものだった。最初は気味悪くなってその場でゴミ箱に捨てたが、同じ内容のメモ書きは毎日のように投函され、さすがにどういう神経でこのメモ書きを投函したのか 犯人を突き止めようとした するとそのタイミングを見計らうように連絡先が書かれたメモが投函された わたしは迷わず連絡先に連絡をした すると福冨さんでもない 小鳥遊さんでもない 不気味な声が聞こえてきた ”殺せ、殺せ”と わたしが電話を掛けたのは1回だけだったが、同じ声の主から毎日のように電話がかかってきた ”殺せ 魂を我に捧げよ” すぐその場で人間ではないことはわかりました それでも最初に投函された”賞金100万円”の話が頭をよぎり、夫にも相談するべきだと思いましたが、会社の資金難で今にも倒産が目前になってきている以上、お金の話は引き受けるしかないと思い相談できませんでした そしてモチヅキ・ドリーム・ファクトリーは12月28日に経営破綻の末倒産すると、義兄さんは自己破産して全てを失いました そんな中でわたしが唯一相談できる相手が福冨さんだけでした 福冨さんにも、そして夫にも同じ内容のメモがあったことを知りわたしだけじゃないとわかり でも行きついた答えは前述したとおり殺人でした 少しでも、いやその半額だけでもいい 借金のあてになればというすがるような思いでわたしは夜の22時に犯行に及びました 絹子さん 哲也君 和保君 本当にごめんなさい 指紋は義兄さんが大切に使っていた万年筆から登山道具から採取したのものをあたかも義兄さんの犯行に見立て、わたしは指紋などがつかぬように手袋とそして毛髪などもおちぬよう長い髪を束ねヘアーキャップをしそして上から黒い帽子を被り犯行に及んだ 計画通りだった 抵抗痕などを残さぬよう一瞬で人が殺せるのはこんなにも容易い事なのかと思った でもこれには何かがあるとしか思えなかった 物音を立ててしまった時もあったが、子供達はそんな物音にすら気づかずぐっすりと夢の中にいた だからうつ伏せで寝ていた彼らを抵抗されることもなく反撃されることもなく殺すことが出来た 家族を殺した後は家中に指示書にあった通りにガソリンを撒くとマッチで火をつけ放火をした わたしは轟々と火が燃え上がっていくのを背にその場を後にした その後の義兄さんの行方は福冨さんと夫に伝わった内容の通りに計画的に行われた 義兄さんは”サタンへの忠誠を誓う”と叫び観音の滝へダイブしたとのこと 後を追うように福冨さんも虹の松原で死に、そして夫も七ツ釜で行方が分からなくなり 義兄さんが言っていた”サタンへの忠誠” これはもはや呼び出した悪魔に対して魂を捧げたとわたしの中で解釈をした わたしも生贄ではあったが、悪魔降臨会に参加をしたのは事実だ わたしも穢れた魂をサタンに捧げよう 今まで支えてきてくれた両親 そして義兄さんのせいにして申し訳ありませんでした。
もうこの世には思い残すことなんてありません。
1975年4月7日
望月茉莉子 望月(印鑑)
手紙の内容を読んで何も考えられなくなった米満。
そして本の表紙のところに小さな文字でメッセージが記されてあることに気が付き、読み始めることにした。
”潤一郎→二股”
えっ、これって一体どういう事なんだ?
二股をしていたのは事実だが、いやこのメッセージの意味が分からない。
書いた人物は小鳥遊悟さんだろうか、一体何を伝えたかったのだろうか。頭の中では混乱するばかりであった。しかし、何か意味があるはずだと思い、読んだ別のページに何か残されていないか探り始めた。
するとこんな記載があった。
"セツさんに頼まれた コンクリートに入れ壺の中に入れ埋めた 佐賀に災いを齎さぬように九州以外にしろとはセツさんの指示だ"
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