2022年3月3日 木曜日。
心霊現象研究家の鬼塚が虹の松原で絶命しているのを発見してから、一夜が明けた。
フェニックス・マテリアルの社員による観音の滝での集団自殺、大嶌組による社員の連続殺傷事件が起きた多久市内の幽霊屋敷の解体現場、七ツ釜の集団自殺と佐賀では続けてが核的根拠では示すことが出来ないことが続けて起きていることにオカルトマニアがこぞって集まり、九州でも屈指の心霊スポットと化していた。
続けて心霊スポットでの自殺、事件が相次いでいることに、長崎市内にある雑誌出版社でお馴染みの株式会社ヴィクトリー出版に勤める若手記者が疑問を抱いた。
「どうしてこんなにも立て続けに佐賀で事件が起きるんだ?」
疑念を抱いたのは、熱心なオカルト研究家でもあり、またこれまで数々の心霊現象に纏わる事件を取材し報道をしてきた記者の米満朔弥がそこにいた。
一連の事件をテレビニュースで報道される内容を見て熊は上司であり編集長の安村信二に相談を持ち掛けた。
「観音の滝や七ツ釜での集団自殺、そして幽霊屋敷の解体現場で起きた事件。いずれも僕は何かしらの共通点があると思っています。」
米満が安村に相談を持ち掛けると、頷いた後に返事をした。
「確かにその可能性は捨てきれない。あの地で最期を遂げた望月兄弟や染澤潤一郎は悲惨なものだったからな。お互い戦友だったわけだしまたお互いの家を行き来する親友でもあったから、根本的な原因は実は探っていけば理由は共通しているかもしれない。今回心霊現象研究家でもあった鬼塚彰が亡くなった虹の松原はかつて、染澤潤一郎が経営したソメザワ・マテリアルの副社長でもありまた望月兄弟が経営したモチヅキ・ドリーム・ファクトリーの従業員でもあった福冨克哉が首を吊った場所でもある。理由が分かれば、今話題のニュースにもなっているから調べる価値はある。多久市内と唐津市内へ出向き、全ての事件現場を当たって来てほしい。これは命令だ。」
安村の指示に米満は「はい!わかりました!」と言って、佐賀へと向かった。
愛車のV60に乗り込む前に、米満はある人物に電話を掛けてみることにした。
「饗庭は何をしているのだろうか?牛首トンネルでの集団自殺があったから心霊捜査で忙しいのだろうか?」
大学生時代に同じダイビング部に所属し、卒業後もお互い忙しい合間を縫って、沖縄や九州各地のダイビング巡りをすることを趣味としていた親友の饗庭星弥が気になった。
「俺は雑誌記者として勤め、饗庭は公務員試験に合格した後に警察官になった。同じダイビング部には支倉宙弥も、大学生の時は俺と饗庭と支倉の3人で徹夜してよく遊んだな。あいつも卒業後に陸上自衛隊に入隊してから忙しくなってなかなか会えなくなってしまったなあ。そういう俺も各地に取材の日々で社会人1年目ながら忙しいのは皆お互い様だな。」
米満は饗庭の携帯に電話を掛けてみたがコールのみで電話には出なかった。
「忙しいのかな。」
気持ちを切り替え、V60のエンジンをかけ始めた。
「大嶌組の社員による連続殺傷事件が起きた多久市内の幽霊屋敷は原則立入禁止となっている。仮に取材であってもお断りされると話は伺っているから、事件で生き残った元社員の女里谷昴と、事件後に無断に中に入りYouTubeの生配信を行ったメンバーの一員でもあったモニカに取材を行うしかない。取材には彼らのアポイントメントを取らなければいけないが、今は出来ることを急ぐしかない。唐津市内にある観音の滝から、虹の松原、そして七ツ釜の順で調べよう。現地に行けばわかることがあるかもしれない。」
米満はカーナビの案内を頼りに、観音の滝へと向かうことにした。
そして観音の滝の無料駐車場へ着いたと同時に熊が携帯をチェックすると着信履歴があることに気が付いた。
「電話、誰だろう。あっ、饗庭だ!折り返し連絡をしてくれたんだ。」
米満は気が付き饗庭に連絡をすると、すぐ電話は繋がった。
「饗庭、ごめんな。忙しいのに折り返し連絡してくれてありがとう。」
米満が饗庭に気遣うと、饗庭は熊にこう語り始めた。
「俺に用事があって連絡をするということは、さては唐津市内で起きた一連の事件について聞きたいことがあったから俺に電話をしたんだろ?違うか!?」
饗庭の話に米満は苦笑いをしながら答えた。
「警察官は凄いな。流石だよ。その通りだよ。唐津署に勤務する饗庭なら、観音の滝や七ツ釜での集団自殺、並びに心霊現象研究家の鬼塚彰が虹の松原で首を吊った状態で自殺をしたことについても調べているはずだと思い、連絡したんだ。」
米満の何気なく聞く態度に、饗庭からもあるお願いをされた。
「お願いがある。一連の心霊スポットで起きた事件を調べるのなら、俺がお願いすることを聞いてほしい。」
饗庭に懇願された米満は「何だよ。お願いって一体どういうことだよ?」と訊いてみることにした。
「フェニックス・マテリアルの社員による観音の滝での集団自殺、多久市内の幽霊屋敷の解体現場で起きた大嶌組の社員による連続殺傷事件、そして七ツ釜でのオカルト研究家の幽鬼や超常現象研究家の吉井竜之進、都市伝説研究家の五月雨緑が続けて自殺をした案件についても、実は根本は同じなんだ。全ては染澤潤一郎から始まっている。そして、かつてソメザワ・マテリアルがあった場所には佐賀を代表すると言っても過言ではない大企業のフェニックス・マテリアルがある。染澤は経営が悪化していくにつれ、悪魔崇拝に傾倒していくと、モチヅキ・ドリーム・ファクトリーを経営する望月兄弟やフェニックス・マテリアルの創業者の小鳥遊悟らと共に悪魔サタンを呼び出すための降臨会を幾度となく行ってきたと、ソメザワ・マテリアルの副社長だった福冨克哉が生きているときにスーパーエイトを用いて撮影した8mmフィルムには記録がされている。その8mmフィルムは福冨の手により虹の松原に埋められた後に、福冨はクロマツの枝にロープを括り付け自らの命を絶った。全ては染澤が呼び出した悪魔に憑依されたせいだと物語っている。まあ俺も悪魔の信憑性については疑って食ってかからなければいけないが、その8mmフィルムは死んだ鬼塚の家に金庫ごと保管がされている。今頃きっと警察の家宅捜査が入るだろう。でも警察では残念なことに内容を確認することはできても、40年以上も前に解決した事案については首を突っ込んでまでは捜査はしない。ただ映写機は俺が鬼塚さんにレンタルをしたものだ。俺と事実を知る支倉の3人で、闇に葬られた真相を暴き出し、それを公に公表するための俺と支倉の活動に手伝ってほしい。」
饗庭からお願いされた話を聞いた米満は笑い始めた。
「饗庭は昔から変なところがあるなあとは思っていたよ。強い霊能力を持っているからって夏休みや冬休み、春休みの大学の長期休暇の度に除霊術の修業に行ったりしていたからね。まさか一連の事件を”悪魔のせいです”って認めてしまうのか?それって凄く馬鹿馬鹿しい結論だと思わないのか?悪魔をこの世の中に認めてしまえば、狼男だって、吸血鬼だって、この世に存在していますという事を言ってしまうものだよ。もう少し検証をしてから話すべきなんじゃないのだろうか。」
米満の答えを聞いた饗庭が真面目な口調で語り始めた。
「米満、俺は真面目に頼んでいる。頭がいかれた奴でごめんな。でも生きてきたこの23年間でシャブに溺れた事は俺はないから安心してほしい。米満にも福冨克哉が遺した8mmフィルムを是非とも見てほしい。それは俺の本音だ。支倉にも聞けば、見た映像のことについて教えてくれるだろう。俺は残念ながらまだ牛首トンネルで拘束されてしまいそう、集団で自殺をした大学生の遺体の損傷が激しいからね。遺体の身元すらわからないものだってあるんだ。それを今から歯などでDNAを調べた結果を駆けつけた遺族に公表できると判断できた場合は、直接遺族と対面させる。ただ今はどうして誰一人も生き残らず首吊り自殺を選んだのかが、謎だらけなんだ。地元民すら行かないような場所を選び、黒部から来た土地勘のない彼らがこの地を最期の地として迎えた事すらね。きっとこのことは今後も令和における謎として語り継がれることだろう。所詮、調べても答えには辿り着けない謎でもあるからね。俺は応援から外れることになった暁には、佐賀に帰れることが出来る。だから、米満、お願いだ。雑誌出版社に勤める米満にしか頼めないことなんだ。」
饗庭が懇願する様子を見て、米満は「わかったよ!一緒になって映像を見て共通性があるかどうかも含めて検証しよう。饗庭が嘘をついていないことは俺だってわかる。帰ってきたら支倉と3人で協力し合って、8mmフィルムに映し出された映像の謎を解いて公にすることを誓うよ。」と語った。
饗庭は米満の答えを聞くと「ありがとう。また話が進展したら、米満に連絡をするね。ではまた。」と言って電話は切れた。
饗庭との電話を終えた後、米満は観音の滝へと向かい歩き始めた。
「観音の滝は滝に向かって左側には生目観音があり、この淵の水で目を洗えば眼病が治るという逸話があり、目の病気を持っている方が願掛けにやってくることでも有名な観光地である。高さ45m、幅10m。ビルの高さで計算すると1階あたりの高さを3mと計算し大よそ14階建てか15階建てのビルと相当する。激しく落下する水流から”男滝”と呼ばれるほどだ。そんな豪快な滝を前に、この地で川に流された人間が滝まで流された後に亡くなってしまう死亡事故が相次いだことから、観音の滝に纏わる心霊スポットの話は、ヴィクトリー出版のWEBサイト上に掲載されてある”読者の心霊体験談”でよく読者から投稿されることが多いスポットの一つだ。俺もこの地に訪れるまでに、心霊スポットならではの、空気を思わず感じてしまった。滝壺に近づけば近づくほど、重苦しく感じてしまう。俺が心霊スポットであることを分かっているからではない。これは死んだことにすら理解を示していない御霊がまだこの地で彷徨い続けているという証なのだろう。さて、滝壺の近くから離れ、望月裕が自らの命を絶った観音の滝の滝面に一番近づけるスポットへと向かおう。」
米満が取材ノートに改めて思ったことをボールペンで書き綴った。
そして観音の滝の滝面に一番近づけるスポットへと到着すると、早速水飛沫の激しさに思わず「凄いな!」と思った一方で、この地に訪れたことで自分一人しかいないこの空間なのに他に誰かひとりいるような気配がしてならなかった。
これもまた水難事故の多発スポットであると同時に自殺の名所としても知られている観音の滝ならではだろうと思った。
「自殺の名所では亡くなった方々が自ら同じように死の道を選ぶように誘導してくる地縛霊の集団の塊ともいうべき事案による報告が多い。俺が体感したことも、そのうちの事例の一つなのだろう。俺は記者としてまだまだやりたいことがある、死ぬにはまだ早い。残念ながら君たちの仲間にはならない。」
そう強く心に言い聞かせると、滝面の近くで顔面を強く岩に打ち付けた跡がある何者かが米満のほうを見ていたのだった。
米満はその姿を見て、持っていた御祓い用の塩を撒き始め、難を逃れた。
「あれは一体何だったんだ。この地で自殺をした御霊だったのだろうか。」
米満はそう考え先程体験したことも含め、取材ノートに記録をすることにした。
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