饗庭との電話を終えて、米満には新たな疑問が芽生えた。
「仮にもし茉莉子がダムに沈むまでに命を絶ったとしたら、ダムが出来てから茉莉子がこの地で自殺をしたかのように装った人がいるとしたら、一体どんな目的であの地で茉莉子の自殺を偽装を、どんな目的で行ったのであろうか。だとしたら、一度この地を選んで死んだ人を何もそこまでしてまでする必要性などはあったのだろうか?」
そう思うと果たして一体誰が、何の目的で行ったのか、分からなかった。
一先ず19時過ぎには家に帰ったと同時に、厳木ダムで撮影した写真に不審な点があるか否かを確認するために検証の作業に取り掛かった。
「うん、何だろう?厳木ダム中央公園で撮影した、ダム湖を写した写真に不審な点が見受けられる。これは一体・・・?水面にセミロングのヘアスタイルの女性の後ろ姿だろうか浮き上がっている。俺が観音の滝で見た望月裕だろう、邪心に満ち溢れた様子などは見受けられない。白い靄に包まれたこの女性の正体は何なんだ・・・?」
早速発見したことを安村にメールで報告をすると同時に、まだまだ調べることがあると思って22時過ぎには就寝することにした。
そして明くる日 2022年3月5日土曜日。
朝の8時に家を出た米満が向かった先は、心霊現象研究家の鬼塚彰が自殺した虹の松原だった。
「唐津湾の海浜に続く虹の松原は、国の特別名勝で、三保の松原、気比の松原とともに日本三大松原の一つに数えられる景勝地だ。長さ約4.5km、幅約500mにわたり、約100万本のクロマツが群生している。虹の松原の歴史は古く、17世紀初め初代唐津藩主寺沢広高が防風・防潮のため、海岸線の砂丘にクロマツを植林したのが始まりともされている。そんな由緒ある場所が首吊り自殺の名所になるなんて何て皮肉なことだろう。又調べてみると松原一揆が起きた場所でもあり、首謀者の処刑を西ノ浜処刑場跡地で行われたことも影響しているのだろう。」
そう思いながら、虹の松原へと足を踏み入れた。
唐津湾を望むことが出来る海岸沿いからポラロイドカメラで撮影をし始めると、続けてクロマツの木々が生い茂る松林を映し始めた。
「噂によれば、ふらついた足取りの自殺者の御霊が彷徨っている、また女性の霊や中年の男性の霊を見た、この地に入れば入るほど頭痛が酷くなる等の体調不良の報告があがってきているが、今のところ俺自身に頭痛などはしないが、歩けば歩くほど悪寒にも近い寒気がとてもしてきた。間違いなく霊はいる。そしてかつてのソメザワ・マテリアルの副社長でこの地で首をつって自殺をした福冨克哉の御霊もこの地にまだいることだろう。」
米満が虹の松原の中を散策し始めること30分ほどが経った頃だった。
ふとクロマツの木々の後ろから誰かに睨み付けられたような鋭い視線を感じ、米満は振り返った。しかし振り返ってもクロマツの木々しかなかった。
米満が迷わず視線を感じた方向へポラロイドカメラのシャッターを切った。
「よし、撮った。まだ先が続いているから、端まで進んでいこう。」
そう思った瞬間だった。
背後に誰かいるような気配がしたので振り返ると、首を吊って死んだ後が生々しく首の傷跡が残る30代半ばだろう男が米満を見て睨み付けていた。
「俺を首ツリーの仲間にしようって魂胆か?残念ながら仲間にはならない!」
米満がそう主張すると、背後にいた自殺者の御霊に対して、清めの塩を撒いた。
同時にポラロイドカメラのシャッターを切ることにした。
虹の松原の中を散策し終えたところで、次は七ツ釜へ行こうと思い七ツ釜へとむけて出発をした。
「七ツ釜は国の天然記念物にも指定されており、玄武岩がその波の荒々しさで知られる玄界灘の荒波にさらされ浸食されてできた景勝地としても有名だ。断崖は深くえぐられており、その名の通り七つの洞窟が並列している。岬の北端には神功皇后が朝鮮出兵の戦勝祈念の時土器を捨てた場所との伝承があり、皇后を祀る土器崎神社があることでも知られている。有名な噂では、女性が七ツ釜に飛び込む姿を目撃したので警察に通報したが、明くる日に捜索をしても遺体は見つからなかった。霊になってでも未だに飛び込み自殺を行っているのではなかろうかという説があるように、先程の虹の松原と同様に、七ツ釜も景勝地でありながら自殺の名所でもある。」
駐車場で車を停めた後、まずは七ツ釜園地に入って、海に向かって立つ乙姫大明神の像を見て、七ツ釜まで向かっていくのだが、七ツ釜に近づけば近づくほど、霊の集団を感じざるを得ないほど、非常に重苦しく、また寒気も段々と酷くなってきた。
「あまり七ツ釜に近づいても下を覗き込まないようにしなければ、引きずり込まれる可能性が高い。」
そう思い、黒瀬鼻から象の鼻に至るスポットをポラロイドカメラで撮影した後は、土器崎神社へと向かって歩くと、平瀬やめがね岩と言ったところまで隈なく撮影を行った。そして自分が体験したことを取材ノートに書き綴ることにした。
「七ツ釜では、望月樹が最期の地として投身自殺を図ったこととして知られているが、はたして樹の御霊はこの地で死を選んだ御霊の中に紛れているのだろうか。」
そう思った米満は再度七ツ釜のほうへと歩みだすとやはり何もなかった。
しかし何かの気配を感じざるを得なかった米満が背後を振り返っても何もいない。
「遺体が引き上げられただけで、この世にはもう未練はないって事か。」
そう思い、玄界灘のほうを見て振り返ると、顔の左側が陥没骨折をした形跡のある男性が目の前に立っていた。
米満を見て睨むと、米満は恐怖のあまりに腰を抜かしてしまうが、ふと我に返りポラロイドカメラでシャッターを切ると同時に「これでも食らえ!」といって必死の抵抗で清めの塩を撒き始めた。退散したところで、米満は助かったと思うと息遣いが荒くなっていくのだった。
「助かった。ひょっとするとあれが樹だったのだろうか。」
一日を通して二度得体のしれない幽霊に襲われかけた米満は、支倉のことが気になり電話を掛けてみることにした。
「支倉、出るかな?土曜日だし休みだろうから電話に出ると思うけどなあ。」
そう思いながら電話を掛けてみると、すぐ電話は繋がった。
「支倉!久しぶり!俺だよ!米満だよ!!元気にしていたか?」
米満の言葉を聞いた支倉は「ああ、元気だよ。ところで、どうした?」と聞かれたので米満は「饗庭から、何て言ったらいいんだろう。支倉の出生のことで話を聞いたからそれで気になって電話を掛けたんだよ。」と話すと、支倉は「電話で話すと長くなる。直接会って話がしたい。」と話し、米満は「今、俺心霊取材で七ツ釜にいるからいいよ。気遣わなくても、俺が吉野ケ里町まで行くから待っててほしい。」と語ると支倉は「いいよ。気分転換がてら、俺も七ツ釜に行くから駐車場のところで落ち合おう。」という話になり、米満は「遠いのに俺のためにわざわざ会ってくれるなんてありがとう。」と話すと支倉は「何言っているんだよ。それに大学を出てからお互い顔を合わせていなかったから喋りたかったんだよ。」と語ると、米満も「そうだね。また近くに来たら連絡をしてね。」と話し電話を切った。
支倉との電話を終えた米満は、駐車場に停めてある自分の車(V60)のところへと戻り早速ポラロイドカメラで撮影した写真を検証し、調べてきたことを取材ノートに書き綴ることにした。
「虹の松原で見た、あの首を吊った痕跡が生々しいあの男を映したものだろうか、やはりあの男も、そして今俺が七ツ釜で見た陥没骨折をした後が残るあの男も、全て黒い靄、そして赤い瞳。自然現象で映し出すとは思えない、やはり明らかな人の形をしている。そういえば観音の滝の見た目が判別不能だったあの何者かも黒い靄に、うっすらだがやはり赤い瞳をしていた。全ての地にはやはり深い闇があるのだろうか。いやあの世での自らの仲間を増やしていくにつれ、負のエネルギーが増大になってあのような姿になってしまったのだろうか。このことについても謎ではある、だが最大の謎は茉莉子だ。彼女は一体どこへ失踪をしてしまったのだろうか、そして失踪後の12年後に厳木ダムが出来た後に彼女の物と思われるパンプスがダムの近くに置かれ”茉莉子”と書かれた手紙が置いてあった。そもそも彼女は本当に公衆トイレで出産をしたのだろうか。だとしたら彼女は助産師並みの高い技術を持ち、へその緒が付いたままの赤子を死なせぬようにすぐに処置を行い、交番に置いたことになる。このことについてもやはり誰かしら協力者がいないと成立しない話だ。だとしたらそれは一体誰なんだ。考えれば考える程、謎の根が深い。」
そう思いながら米満は車の中でじっと支倉の到着を待つことにした。
暫くすると、米満は眠たくなってついついシートを倒して寝てしまった。
そして、車のドアをコンコンと軽くノックをする音と共に目覚めるのだった。
「おーい!おーい!!」
その声に米満は寝ぼけながら「何でしょうか?僕駐車違反でもしましたか?違反金を支払う必要があるなら僕支払いますよ。」と言いながら外に出ると支倉だった。
米満は思わず「あっ!」となったが支倉は笑いが止まらなかった。
「駐車場に停めているのにここ駐車違反になる?饗庭にでも聞いてごらんよ。そんなことが成立したら、全国各地の無料の駐車場に一時的に5分以上停めている人が全員駐車違反になるぞ。そんなことだったらPIG BOOBOOのようなコインパーキングにしてしまうしかなくなってしまうじゃないか。」
支倉の言葉を聞いた米満は思わず顔が顔が真っ赤になった。
「本物の駐車監視員なら、その場で支払ったとしても違反金は受け取れない。まあ警察に出頭をするか否かは記載された内容にもよるけどね、警察への出頭要請は基本的には紙に記載されてあることが多いよ。殆どは後日に罰金の支払い用紙だけが届くんだよ。」
米満は「ああ~!!恥ずかしすぎる~!!!」と言って頭を抱えた。
2人はその後エンジンをかけて七ツ釜の無料駐車場を後にして、近くの喫茶店へと車で走らせた。そこで2人きりで話し合うことにした。
席に着いたと同時に、米満は支倉に話を切り出した。
「饗庭から話は聞いた。支倉が、あの都市伝説でも有名な”潤一郎さん”の孫だったとは俺も思ってもいなかった。そして俺も、饗庭の出生の話を聞いて、何だか俺一人だけが普通の家庭で生まれ育ち大学まで通わせてもらっているみたいで、だからそれを知って縁を切りたいって言うわけではないよ。俺達の友情は永遠だって言いたかったんだよ。支倉がこの世に生まれてきたことには何の罪もないからね!」
米満なりに話せた言葉だったが、それが支倉には痛いほど伝わった。
「気遣ってくれてありがとう。でも良いよ。俺だって最初から訳ありだっていうのは調べなくても薄々は分かっていたことなんだよ。」
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