支倉との2人での話を終え、2人で色々と日頃のストレス発散にとばかりに、流行りの話題曲を歌い盛り上がった夜はあっという間に終わった。
「あ~、久しぶりに大声で歌ったら日頃たまっていたストレスが発散できる!」
支倉が腕を上げてストレッチをしていると、同じことは米満も思っていた。
「記者になってから色んな所を各地転々と取材をして行く中で、あんまり雑誌社にいる時よりも、外であっちこっちインタビューをしていたりとかしているときのほうが俺の中ではずっと長いから、何だろう。会社員になった自覚っていうのがないんだよね。ほら、普通の会社員だったらずっと会社で仕事だろうけど、俺の場合はずっと外で現地取材をするのが当たり前で、会社での仕事といや原稿を仕上げてそれを編集長に提出するぐらいのことだけなんだよ。だからこれが世間一般の会社員の働き方とは全く異なる働き方を俺はしているのかな、ずっと世間とのずれを感じながらこの1年間を過ごしてきた。支倉はどうなんだよ?」
米満の社会人になってからの相談話を聞き、支倉は自分なりの話をし始めた。
「俺は自衛隊に入って世間とのずれというのか、まあ特殊な組織でもあるから、そんなことを考えるのはしょっちゅうだよ。でも、自衛隊に入ってよかったなあって思ったのが、昨年の8月に武雄市と杵島郡大町町で2年にわたって大水害が起きたじゃないか。俺は2年前のときはそれこそボランティアで泥を描き出したりの作業に手伝ったりしたけど、今年の大水害は陸上自衛隊の一員として現地に災害派遣されて、改めて救いを求めている人たちに対して俺が微力ながら助けることが出来て、その時に色々と思ったことがあるんだ。こういう大災害が起きた時ほど、人は一人では決して生きられない、それは決して人の力が必要な時こそ改めて実感させられるものなんだって思った。俺が助けに行ったところの家なんて、1階部分が完全に水没していて、今にも水の勢いが迫ってきそうな2階の窓から『助けてください!!』って女性の声がしたんだ。俺はすぐさま、他の船に乗る団員とも話し合ってすぐ声が聞こえる方向へと船をこいで助けに行ったんだ。その時女性から言われたことを今でも覚えている。『助けてくれてありがとうございます。』って何度も何度も頭を下げられてね、僕たちからしたら生きている方々がいるだけでも嬉しい話なのに、僕らのしたことってボートで安全な場所に避難をさせるぐらいのことだけなのにね。」
支倉の話を聞いて、米満は「へぇ、そうなんだ。」と頷きながら話すと支倉が語り掛けてきた。「米満の仕事は記者だし、それこそパソコンだけを検索していじっていたらいいっていう仕事じゃないしね。常に事件や事故が起きた現地に赴き、現地の人から意見を聞き、それをもとに取材したことを誰もが見る記事にしなければいけないのだから、世間と違って当たり前だと俺は思っている。」と話した。
その言葉を聞いた米満は「そうだね。その通りだよ。何だかそう言ってもらえて気が楽になれたよ。ありがとう。」と話すと、支倉は「あっ、そういえば3月3日が米満の23歳のお誕生日だったじゃないか!ごめん、忘れてた!お祝いにだけど、俺のおごりでフライドポテトでも頼もうか?」と話すと、米満は笑いながら「ありがとう、支倉。フライドポテトにケチャップ塗り捲って、楽しく乾杯しよう!」といって笑い合った。支倉がフライドポテトのオーダーを通すと、何分か経ってから、フライドポテトが出てくると、ポテトに添えられてあるマヨネーズとケチャップを混ぜてオーロラソースを作ると、支倉は「まずお誕生日の米満からどうぞ。」と手を差し出すと、米満は「ありがとう!では早速頂きます!!」といって食べ始めた。
「うん。ジャガイモがアツアツ、ほくほくしていておいしい。」
米満がそう話すと、支倉が続けて食べ始めた。
「うーん、熱いけど!でも揚げたてサクサクで美味しいね!」
2人で笑いながら誕生日を祝うと、米満が「こんなときに饗庭がいないのって残念だよね。もう時間だって22時を回ったし、俺この時間から長崎には帰りたくねえ。饗庭が今からでも駆けつけてくれるんだったら、3人で近くのビジネスホテルにでも宿泊してさらにワイワイして過ごしたいなあ。」と語ると、支倉が「もうこの時間なら饗庭だって唐津署に籠城はしていないだろうから、連絡して聞いてみようか?」と話をしてくれたので、米満は「ハハハ。」と大爆笑すると、早速支倉は饗庭に連絡をかけてみることにした。
「あっ、もしもし饗庭。支倉だけど今何している?」
支倉の言葉に饗庭はまるで魂が抜けてしまったかのような感じで語りだした。
「家にいる。だけどこれから、俺の元に帰ってきた、鬼塚さんの家にあった8mmフィルムを映写機で見て検証しなければいけない。明日から3日間休みを与えてもらって、ずっと徹夜で働きっぱなしだったからだいぶゆっくりは出来そうだけど、でも俺は俺の課題をしなければ、眠い~。ではお休み。」
饗庭が今にも眠たそうな口調で電話を切られてしまったので、支倉は「饗庭は家には帰ってきているみたいだけど結構疲れているみたいだ。そっとしてあげて、明日また様子を伺うことにしようか?」と米満に聞くと、米満は「そうだね。今日はカラオケで宿泊して、朝方にまた饗庭に連絡をしてみようか。」と話し、2人で一夜を過ごすことにした。
2022年3月6日 日曜日。
カラオケ店のソファで横になって寝ていた米満。
夜中の3時30分をまわった頃だった。
足元で自分の履いているズボンの裾を引っ張られたような気がして目が覚めると、思わず「はっ!」となってしまった。
そこには頭から血を流すロングヘアーの30代だろう女性がソファの下から、米満の履いているズボンの裾を掴むと、下へ引きずりおろそうとしていたのだった。
「残念だが、俺はまだ死なない!」
米満が女性の霊に気付くとすぐ足で蹴って反撃すると、女性の霊はあっという間に消えたのだ。
女性の霊を見て改めてソファから起き上がると、今先程の出来事が夢だったのか或いは現実だったのか、それすら区別がつかないまま、「あの女性の正体は一体何だったんだ?」とばかりの疑問ばかりが芽生えてゆくのだった。
俺の物音に支倉が気付いて、「どうした?何かあったのか?」と話しかけてくれると先程の頭から血を流している女性がズボンの裾を掴み引っ張られそうになったと話し始めた。それを聞いた支倉はある可能性を米満に指摘した。
「こんなことなら饗庭に聞いたほうが早いけど、米満のここ最近ってさ、観音の滝に行ったり厳木ダムに行ったり、虹の松原や七ツ釜に、自殺の名所とされる場所に行ったりしているだろ。憑いてきたとしたら相当強い負のエネルギーを持った地縛霊という事になるが、一般的な地縛霊だとそこまでは憑いてこない。だから、考えられるとしたら、そういった負の地を訪れに訪れたために、負のエネルギーにひかれてあちこちにいる浮遊霊が憑いてきた可能性が高いと思われるんだよ。」
支倉の答えに米満は再度聞き返した。
「負のエネルギーにひかれて浮遊霊が憑いてきたってどういうことなんだよ。俺だって出てきた霊に対してはそれぞれお清めの塩を撒いてきたし、今の俺にはそういった要素はないと思うんだけどなあ。」と話すと支倉は「よくさ、過去に事件や事故或いは自殺があった場所に訪れた時ほど、お清めの塩で清めてもらう以外にも、御祓いをしてもらって悪いものが憑いてこないようにするじゃん。今の米満の状態だとお清めの塩は撒いた、それだけだと御祓いを受けていないがために、何の防衛策にも繋がっていないって事なんだよ。お清めの塩をまいたとしても、霊の攻撃を一時期的に防ぐことしか出来ないからね。だからそんな状態だと、その攻撃をした霊が憑いてこないとしてもその攻撃をした霊のパワーが強ければ強いほど、浮遊霊を引き寄せてしまうものなんだと思う。明日にでも饗庭に見てもらって、簡単な御祓いを受けるべきだよ。」と言って米満を説得した。
そして朝9時になったと同時に、延滞料金を払った二人はカラオケ店を後にして、支倉から饗庭に連絡をすることにした。
「饗庭、おはよう。今から饗庭の家に出頭していいかな?」
支倉の一言に饗庭は苦笑いしながら「おはよう。残念だが、令状がないので逮捕をすることはできない。」とボケると、今朝方の米満に起きた出来事を話し始めた。
饗庭は支倉から話を伺うと、「米満からも話を聞きたい。」と話すと、支倉は携帯を米満に渡した。「もしもし、米満だよ。饗庭、久しぶりだな。」
米満の言葉を聞いたと同時に饗庭は「相変わらず元気で何よりだ。支倉の話は俺も聞いた。急いで米満の状態が見たい。悪いのが憑いて来ている可能性がある。」と話し米満は「俺に何か自殺の名所に来てしまったことで憑いて来ているものがあるとでもいうのか?」と訊ねると、饗庭は「それも含め、一度俺の家に来てほしい。見てあげるから。」と言われ電話を切ることにした。二人は唐津市内の饗庭の住む1LDKのマンションへと向かうことにした。
着いたと同時に二人は近くのコインパーキング PIG BOOBOOに駐車をした後、饗庭の住む303号室へと向かった。
支倉がインターホンを鳴らすと、綺麗に身支度を整えた饗庭がすぐ出てきた。
「待っていた。家の中に入ってほしい。」
饗庭に言われ、中へと入っていく二人。
玄関を上がってすぐの左側の部屋へと案内され、中へ入る。
そこには丸いテーブルと、テーブルを取り囲むように4つの椅子があった。ブルーのカーテンは閉じられ、窓の近くには8mmフィルムの映像を映し出すことが出来る映写機と、あの生前の福冨が虹の松原で埋め隠した金庫があった。
「鬼塚さんのアパートにあったものだけどね。映写機こそは俺の実家にあったものだけど金庫だけは違うから、これを”俺の物です”っていうの結構大変だったんだよ。本当に饗庭の物かって諄いぐらいに言われてね、”先祖代々から伝わる呪われた金庫を鬼塚さんが見たいというものでお貸ししました”って変な理由をつけてまで返してもらったよ。ったく呪われた金庫って、我ながら何変なことを言っているんだろうって思ったよ。二人には今から金庫の中に眠っていた”魔王サタン降臨会①”と記されたものを見て頂きたい。そこに今回、米満が見てしまったものにヒントが隠されているだろう。恐らくは強烈な負のパワーとエネルギーにひかれ、霊本体は地縛霊である以上あの場以外に動くことはない。だとしたら、関わってしまったことに、霊が持つ何かがついて来てしまった可能性がある。分かりやすく言うなら、猫と遊んでいるうちに猫の体に付着をしていたネコノミに噛まれてしまったみたいなものだね。」
饗庭なりの解釈に、米満は質問をした。
「その霊が持つ何かって何だよ。教えてくれよ。」
米満の質問に饗庭は答えた。
「恐らくだがこの世の生きる者に対する呪いだろう。米満が見た女性というのは恐らくそのカラオケ店の近くで事故死をした女性の浮遊霊が、米満が放つ強力な負のパワーに引き寄せられて現れた可能性が高い。たとえ対象となる呼ぶ呼ばないに限らずとも、自殺の名所のボスと言われる霊を見て関わったら、その辺りにうろついている浮遊霊を引き付けてしまうリスクは十分高くなる。」
饗庭の説明に米満は思わず身震いをしてしまった。
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