私はリューネさんと一緒にご主人様のお部屋に帰ってきた。さっきは急に倒れたみたいだけど、とにかく赤ちゃんが無事でよかった。
さあ! 気を取り直して晩御飯の準備をしないと! 私はキッチンで、早速さっき買ったお野菜を水洗いして切り揃えていく。
私は皮剥きが苦手だから、キレイに皮が剥けないけど、『皮だって食べれるんだから大丈夫!』ってご主人様は言ってくれるから、大丈夫!
お野菜が切れたら、お肉を炒めて、カレールーの箱に書いてあるだけ鍋にお湯を沸かして、お野菜とお肉とカレールーをドボ~ン!
本当はもっと美味しく作る方法があるんだろうけど、あんまり余計なことをして食べられなくなったら困るから、これで大丈夫! うん、大丈夫!
あとは隠し味のチョコレート! 今日はちょっと奮発していいチョコレートを買ったから、いつもより美味しくなるはず!
でも、その前に、ちょっとだけ、ちょ~っとだけ味見してみよう。味見も立派なメイドのお仕事です!
パキッ!
「あっ! 美味しいっ……!」
いつも使うチョコレートも美味しいけど、やっぱり高いチョコレートには高いだけの理由があるってことだよね。
口当たりは滑らか、甘みはくどくなくって、カカオの苦味と香りもいつもとは段違いに伝わってくる。
「……あと一欠、あと一欠……!」
パキッ!
「ああっ……! 多分、今、世界中で一番幸せっ……!」
パキッ!
パキッ!
…………
「ハッ! や、やってしまいました……」
一欠食べたらもう一欠。食べだしたら止まらない止まらない。そして、結局買ってきたチョコレートは残さず全部食べてしまった。
私は甘いものが大好きだけど、私はあくまでメイドアンドロイド。これじゃあ、いつかご主人様に愛想をつかされるかもしれないな。
ご主人様は私が何をしても、いつも笑って許してくれる。私なんかを愛してくれている。
だけど、それを当たり前だなんて思っちゃいけないよね。だから、正直に話して、謝ろう。
…………
「ただいま、アミィ」
「お帰りなさいませ! ご主人様! 晩御飯、出来てますよ! すぐ食べられますか?」
「ああ、今日はちょっと動いたからお腹空いてね。この匂いは……カレーかな?」
「はい! 今日はいつもと違ってちょっと辛いかもしれませんが……」
「そうなんだ……どうしたんだい? アミィ。そんなモジモジして」
「あのぉ……そのぉ……今日は本当は隠し味に美味しいチョコレートを使おうと思っていたんですが……」
私がなかなか言い出せないでいると、ご主人様がにこりと笑いながら私に言った。
「もしかして、全部食べちゃったとか?」
「ど、どうして解ったのですか!?」
「だって、アミィが甘いもの大好きなのはもう嫌と言うほど知ってるからね。猫に鰹節だよ」
「も、申し訳ありませんっ! この埋め合わせは何とか致しますので……」
「いいよ、たかだかチョコレートくらい。それより、美味しかったかい? チョコレート」
「は、はい! それはもう! 食べているときは夢見心地でした……」
「それならよかった。アミィが幸せならそれが一番! あとは二の次さ」
やっぱり、ご主人様は私のことを一番に考えて下さる。それを疑ったことなんて、一度も、ない。
それでも、今日はもう一つ謝らないといけないことがあるのを忘れちゃいけない。
「ま、済んだことは置いておいて、カレーの準備をお願いね。俺は部屋着に着替えてくるから」
「はい! たくさん食べてくださいね!」
私はキッチンに向かい、意気揚々とカレーの盛り付けをしようとした。すると、私の目に、炊飯器の中で水にヒタヒタに浸かっている米が飛び込んできた。
ああ、やってしまった。私はどうしていつもこうなんだろう。ご主人様はお腹がすいてるのに。本当に、本当に……!
「お待たせ~……って、どうしたんだい!? アミィ」
「申し訳ありません……ご飯のスイッチを入れ忘れててぇ……ご飯が……」
ご主人様は許してくれる、それは間違いない。でも、私は今日までずっとその優しさに甘えてばっかり。
「あらら……それじゃあ先に風呂にしようかな。ゆっくり浸かってくるから、準備お願いね」
そう言ってご主人様はお風呂場へと向かった。疲れているはずなのに、嫌な顔一つせず。
こんな失敗ばかりの私なんか、本当はこんなに優しくされる資格はないのに。
それでも、私はご主人様のことが大好きだから、ずっとお傍にいたいから、少しずつでも、ドジを踏まないようにしないと。
本当に、ご主人様の元に来られて、幸せ。多分、世界中で一番、誰よりも、幸せ。本当にありがとうございます、ご主人様。
…………
「ごちそうさまでした! たまには辛いカレーもいいもんだよ」
「お粗末様でした、ご主人様!」
ご主人様と私は、カレーを食べ終えたあと、二人で食器を洗い、お洗濯をして、一日のお仕事が全て終わった。
「さて、今日は疲れたし、早く寝ようかな~」
ご主人様がリビングから寝室へ向かおうとしている。さあ、今しかない。ご主人様に謝らないといけない、もう一つのこと。
「ご主人様、お休みになる前に一つよろしいですか?」
「どうしたの? アミィ、そんなにかしこまって」
「えっと……今日、私……」
謝らないといけないこと、今日、買い物の帰りに倒れてしまったこと。リューネさんに付き添ってもらって帰ってきたこと。
でも、これを知られたら、ご主人様は私のことを心配してしまう。ごめんなさい、やっぱり、このことは言えません。
「焼き芋……」
「焼き芋?」
「お買い物の途中で焼き芋を買い食いしてしまいましたっ! 勝手にお金を使ってしまって申し訳ありませんでしたっ!」
「何だ、妙にかしこまるもんだから何事かと思ったよ。いつもアミィは頑張ってるんだから、それくらいしたっていいじゃないか。気にしない気にしない!」
「えっと、あの、それでですね、そのとき、ご主人様の分も買ったんです、焼き芋……」
私は隠しておいた紙袋から焼き芋を取り出した。もう完全に冷えてしまって、カチコチになった、焼き芋を。
「焼き芋、どうしてもご主人様にも食べて欲しくって、でも、これじゃあ……」
私が焼き芋を握りしめながらうつむいていると、ご主人様が何か準備をし始めた。
「アミィ、その焼き芋、濡らしたキッチンペーパーで包んで、電子レンジに入れて暖めておいてくれないかな?」
「はい、それはよいのですが、ご主人様は何をされているのですか?」
「これはね、焼き芋が美味しくなる魔法さ」
そう言いながら、ご主人様は鍋に何かを入れて、暖めている。すると、仄かに甘い匂いが部屋中を包み始めた。
…………
「お待たせ、アミィ。焼き芋は暖まってるよな?」
「はい、こちらです」
「よし、それじゃあ……!」
ご主人様は、ソファーに腰掛け、ホカホカになった焼き芋をふたつに割り、片方を私に差し出した。
「ほら、こっちにおいで。一緒に食べよう、アミィ」
「あ……はい!」
私はご主人様に言われるまま、焼き芋を受け取り、ご主人様の横に並んでソファーに腰掛ける。
「それと、こっちも一緒に、な」
そう言って、ご主人様はテーブルの上からプラスチックのマグカップを取って、私に差し出した。
「ホットミルク。これと一緒に焼き芋を食べると美味しいんだ。さあ、召し上がれ」
「はい、それでは、いただきます」
私はご主人様に言われるまま、柔らかくなった焼き芋をかじり、ホットミルクをなめるように飲む。
「!! 美味しいっ……! 美味しいです! ご主人様っ!」
「それならよかった。いや~ 昌也からは『ジジ臭い食べ方』なんて言われたから心配してたんだ」
ご主人様はそう言うけど、本当に、美味しい。今日食べた食べ物の、どれよりも。
焼き立てだからじゃない、高級だからじゃない、ホットミルクと一緒だからじゃない。
多分、いや、絶対に、ご主人様と一緒に食べるから、こんなにも美味しいんだ。
そして、この焼き芋とホットミルクには、ご主人様の『愛情』が詰まってるから、こんなにも美味しいんだ。
「あれ、変ですねっ、えへへっ……ご主人様、とっても、とっても美味しいんですよぅっ……! なのに、なんでっ……!」
ダメだなあ、私。また泣いちゃった。こんな泣き虫の私に、ご主人様は私の頭をポンポンと叩きながら微笑みかけてくれた。
「何も泣くことはないじゃないか、アミィ。これくらいいつだって食べられるんだからさ。そうだ! 今度は一緒に、焼き立ての焼き芋、食べに行こう!」
「はいっ……! 一緒に行きましょうっ……! 絶対っ、絶対っ……!」
ご主人様と一緒に並んで食べる、焼き立ての焼き芋。ああ、想像しただけで口のなかが甘くなってしまいそう。
これから先、どれくらいご主人様と一緒にいられるか解らないから、これまでの想い出も、これからの想い出も、深く、深く、記憶に刻んでいこう。
…………
こうして、私の長い一日が終わった。私はご主人様が眠ったのを確認し、戸締まりをして、充電スタンドに腰かけて、目を閉じる。
さあ、次に目を開けるときには、出会いもトラブルも幸せも、いつもと同じようで、いつもと違う明日がやって来る。
未来はどうなるか解らないけど、ご主人様が隣にいてくれるなら、私は大丈夫ですよ。
私、これからもご主人様のために、できる限りのことをしていきます。ですから、これからも私をお傍に置いてくださいね。
ああ、何だか眠くなってきました。それでは、お休みなさいませ、ご主人様。
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