何とかわんちゃんたちも落ち着いて、私は一番小さな柴犬のリードを持っておじいさんと並んで歩く。その間、私はおじいさんの話に耳を傾けた。
「それじゃあ、おじいさんは一人でわんちゃんたちのお世話をしているのですね……」
「ああ、妻に先立たれてからはこいつらがわしの心の支えでのお、今日みたく振り回されることも多いが、それでもこれだけは止められんわい」
「でも、それこそ私のようなアンドロイドにお散歩だけでも任せたら……」
「しかし、レンタルでもわしの懐事情では手が出んでなあ。それに……」
そう言って、おじいさんが足を止め、私の方をじっと見る。
「念のための確認じゃが、お前さんは、アンドロイドじゃよな?」
「は、はい。MID-0796型のメイドアンドロイドですよ?」
「いやなに、お前さんはわしが知る限りのアンドロイドとは違う気がしてな。何と言うか、『暖かい』、と言おうか……」
「暖かい、ですか?」
「ああ。そもそも、アンドロイドってえのは自らの『役目』ってもんがあって、その役目に忠実であることが求められるんだあよ」
おじいさんは私から目を離すことなく言葉を紡ぐ。その雰囲気に押され、私もわんちゃんたちもその場で立ちすくむ。
「しかし、アミィちゃん、お前さんはちょっと違うんじゃ。他のアンドロイドにはない、何かを持っとる。さて、どう表現したものかな……」
しばらくの沈黙の後、おじいさんは私に言った。
「多分、お前さんは、『自然体』なんじゃろうなあ」
「自然体……」
「そう、与えられた役目をこなすとなると、どうしても恩恵を受ける側はしゃっちょこばった印象を受けるもんさ。ま、『してもらっている』と思ってしまうってこった」
「してもらっている……」
「お前さんからはそんな固っ苦しい気配がまるでない、純然たる『善意』でわしを助けてくれた。それは人間にだって難しいことなんじゃよ、アミィちゃん」
おじいさんの話は、私にはちょっと難しいのかな。でも、今の私が悪いわけじゃないことだけは間違いないと思う。
「おじいさんは、こんなアンドロイドはおかしいと思いますか?」
「いや、アンドロイドにもそんなはぐれものがいたっていいさ。アミィちゃんは今のままでいるのが正解じゃよ」
おじいさんの話が、私の『心』に染み込んでいくのが解る。ああ、私はこのままでいいんだ。
「おじいさん、もし宜しければ、これからも時々わんちゃんのお散歩の手伝いをさせてくれませんか?」
「ああ、お前さんになら任せられるかな。やっぱり犬の散歩には『愛』がないとなあ……」
こうして、私とおじいさんは約束をした。ご主人様は正直にお願いすればダメとは言わない方だ。
もちろんドジを踏まないようにはしないといけないけど、これからも、おじいさんが言ってくれたように、私は、自然体でいよう。
…………
おじいさんと別れ、時刻は正午過ぎに差し掛かっていた。そろそろお買い物にいかないと!
私は公園を抜け、商店街へと向かおうとした。そこで、私は嗅いでしまった。芳ばしく、甘い匂いを。
その匂いの元は公園の出口に構えていた。ちょっと季節外れの、焼き芋屋さん。
ダメ! ダメよ私っ! このお金はご主人様のもの、メイドの私が勝手に使ってはいけないの! でも、でも……!
「……ジュルリ」
…………
「おっ! らっしゃい! 何個だい?」
「一個……いえ、二個くださいなっ!」
「あいよ! お嬢ちゃん可愛いから大きいのサービスだ!」
「あ、ありがとうございますっ!」
「まいどありい!」
買った、買ってしまいました。申し訳ありませんご主人様っ……! メイドでありながら私はご主人様の財産に手をつけてしまいましたっ……!
ああっ! 私はダメなメイドですっ……! お叱りは受けますから、どうか、どうか御許しをっ……!
こうして私の手の中にはホッカホカの焼き芋がふたつ。買ってしまったものはしょうがない。冷めないうちに戴くとしましょう!
私は公園のベンチに腰掛け、巻き込んで封をされた紙袋を開けた。
「はちちっ!」
私は小さい方の焼き芋を紙袋から取り出し、真ん中から二つに割る。すると、割れ目からポワンと湯気が上がり、黄金色の中身が露になった。
割る前とは比べ物にならない甘い芳香。実は初めての焼き芋、私は皮ごと端からかぶりついた。
「あむっ……んふぅ~!」
まず口に広がるのは皮の渋み。その後、舌をねっとりと包み込むような甘さが押し寄せる。
口の中でいつまでも味わっていたい。それでも口の中でトロトロになったさつまいもを飲み込まずにはいられない。
「美味しいっ……!」
一口、二口、ああ、もうなくなってしまう! 美味しいものが早くなくなってしまうのはなんでなんだろう!
この美味しさ、ご主人様にも味わって欲しい。そのための二個買い、買っておいてよかった!
でも、持って帰る頃には冷えてしまって、焼き立ての美味しさには到底及ばないだろうな。
私はご主人様への後ろめたさと、焼き立ての焼き芋を味わってもらえない残念な気持ちを抱えながら、ベンチから立ち上がり、商店街へと向かった。
…………
「いらっしゃい! 今日は何にするんだい?」
「え~っと、ジャガイモみっつにニンジンふたつ、あとタマネギひとつ、く~ださ~いなっ!」
「おっ、今日はシチューかカレーかい?」
「はいっ! 今日はカレーです! 本当に、いつも美味しいお野菜をありがとうございますっ!」
「おっ! 嬉しいこと言ってくれるねぇ! よし! いつもうちで買ってくれるから、タマネギはおまけしとくよ!」
「いいんですか!? ありがとうございますっ! それでは、これでお願いしますね!」
「はいよ! 丁度だね、また来てくれよ! アミィちゃん!」
「は~いっ!」
よし! これで晩御飯の材料は大丈夫! お~肉に野~菜に~カレ~ル~♪ 隠し~味の~チョコレ~ト~♪
後は帰って、晩御飯の支度をしないと! 私は公園を通って真っ直ぐお部屋に戻る。
その途中、何だか怖そうなカップルとすれ違った。すれ違いざまに、私が苦手なタバコの匂いがしてきた。この公園、禁煙なのにな。
それからしばらく歩くと、遠目に見知った顔を見つけた。リューネさんだ、今度はベビーカーを押しながら遊歩道を歩いている。
そこで、私はゾワリと嫌な予感がした。このまま行けば、さっきのカップルとリューネさんがすれ違う。男の人の手にはタバコ、ベビーカーには赤ちゃん。
もしかしたら、赤ちゃんにタバコの火が当たるかもしれない! 男の人は女の人の方を向いたまま歩いているから尚更だ。
早くリューネさんに伝えないと! でも、距離が遠すぎる! 声も届きそうにない!
どうしよう、どうしよう、どうしよう! 私には私の不安が的中しないことを祈ることしか出来ない!
そんなことを考えているうちに、私の意識が突然途切れてしまいそうになる。ああ、リューネさん……赤ちゃん……無事でいてっ……!
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