魔銀のメアリ

青井きりん
青井きりん

05 篭からの脱出

公開日時: 2021年1月28日(木) 19:57
更新日時: 2021年8月1日(日) 23:56
文字数:2,074

 そして、夜。

 今夜は早めに立つことにした。荷物がいつもより多いためだ。メアリは窓を開け、身を乗り出す。


「じゃあね、マリアンヌ」

「ええ、さよならメアリ」


 シスターの巡回が来ても、マリアンヌがうまくごまかしてくれるだろう。

 メアリは手を振ったあと、外へと飛び出し、窓を閉めた。


(今日から私は銀翼竜と共に生きるんだわ……!)


 着替えなど色々なものが入った革の鞄は重い。だが、メアリの足取りは、鞄の重さに反比例してとても軽かった。

 修道院の敷地を一歩超える。

 メアリは修道院を振り返る。

自分はもう、ここに2度と戻ってくることはない。

 裏口を出て、森へと侵入する。


(森の中が、いつもより静かね)


 いつも聞こえてくるはずのセミフクロウの鳴き声も聞こえない。

 虫たちの鳴き声はおろか、木々をそよぐ風すら凪いでいる。

 空に月はなかった。

 灯りがまったくない夜の森は、昼間とはまるで違う。

 普段なら銀翼竜が発していた銀の光が道を照らしているはずなのだが、その灯りもない。

 植生が濃い場所は、手探りで先に進まなければならなかった。

 月明かりのない夜の森は、ただただ暗い。

 ここ連日足を運んでいなかったら、ひょっとしたら迷っていたかもしれない。


(まさか、私を置いて出発しちゃった、なんてことはないわよね……?)


 時間が経つごとに不安が増していく。

 だが今は、銀翼竜を信じて進むしかない。


 不安と闇の恐怖に折り合いをつけつつ進んで行く。

 もう少しすれば森を抜けて、湖が見えてくる。


「あら?」



 ふと、自分の後方から小さな灯りが折ってくることにメアリは気づいた。

 銀翼竜のものではない。

 ふわふわと左右に揺れながら、こちらに向かって接近してくる。


「こんばんは、メアリ」

「こんばんは、ファム」


 道中でいつも出くわす、森の精霊だった。

 メアリの手ほどの大きさしかない、人の形をしたそれは、自ら光を放っている。

 メアリの顔の手前でピタリと止まった。


「メアリ、よく聞いて。あのドラゴンについていくのはおやめなさい」

「どうして?」

「不幸になるからよ」ファムは言った。いつものおちゃらけた感じとは違う、真剣な様子で。

「ついていけば、必ず不幸が訪れるわ。そして、世界に災いが訪れるの」

「災い? どんな?」

「教えられないわ。でも、あなたはきっと後悔する」

「私を騙そうとしているんでしょう」批難するようにメアリは少し強い声を出した。「最初に会ったとき、迷わせようとしたみたいに。その手には乗らないわよ」

「本当のことよ、メアリ。お願い、彼についていってはダメ」

「どいて」メアリは強い口調で言った。「それとも、また私を迷わせてみる?」


 メアリの言葉に、ファムは悲しそうに首を横に振った。


「私が迷わせられるのは、心に迷いのある人間だけ。あなたはもう迷わないでしょう。でも、私は世界のためにも、あなたをここで止めなければならないの」

「どうやって?」

「彼女たちに託すことにしたわ」


 チャムがそういうと、メアリの後ろから複数人が駆けてくる音が聞こえた。


「メアリ!」


マリアンヌだった。彼女が、シスターを引き連れている。


「マリアンヌ、ついてきたの!?」

「ごめんなさい、メアリ……でも」マリアンヌは申し訳なさそうに言った。「わ、わたし、どうしてもあなたの相手のことが知りたくて……でも、途中でシスターに見つかってしまって……」


 メアリがマリアンヌに何か言おうとしたとき、後ろの草むらから音がした。

 そこから、メアリが所属する修道院のシスターが2人飛び出して、メアリに声をかけた。

「メアリさん、止まりなさい」シスターが前に出て言った。「あなた、自分が何をしようとしているかわかっているの?」


 マリアンヌがつけられていたのだ、と悟る頃には、メアリは荷物を捨てて身軽になり、全力で走り出した。荷物を抱えたままでは、追いつかれてしまう。

 銀翼竜がいる場所まではもう少しなのだ。

 だが奮闘むなしく、森を抜ける前に追いつかれてしまった。メアリはまだ10歳にも満たない子どもだ。大人との追いかけっこで、勝てるはずもない。


「離して!」


 当然、力でも。大人二人に押さえつけられて、身動きが取れなくなってしまう。


「あなたのためなのよ、メアリさん」


 全力で抵抗してみたところで、はねのけることはできない。それでも、メアリは全力で抗った。連れ戻されたくはない。

 あの誰もいない孤独な自室で、飼い主が餌を与えてくれるだけの、篭の中の鳥のような生活はもううんざりだった。


「離しなさい!」

「外に出たところで、生きていけっこないのよ、メアリ」

「そんなの、わからないじゃない!」


 チャムの言葉に反発する。

 そうだ、結果はわからない。

 篭の中の鳥を自然に帰したところで、生きていけるかはわからない。

 ひょっとしたら、すぐに弱って死んでしまうかもしれない。

 それでも……


「……な、なんです?」不意にシスターが慌てた声を発した。


 大地が、大きく揺れた。

 前を見れば、森の先の何もない空間に、巨大な山がうっすらと見える。

 よくよく注視すれば、それは翼と尾を持った巨大な獣だとわかる。


 その姿は徐々に鮮明になっていき、やがて銀色の竜が姿を現した。

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