魔銀のメアリ

青井きりん
青井きりん

04 友情の証

公開日時: 2021年1月23日(土) 20:08
更新日時: 2021年1月25日(月) 11:08
文字数:1,797

「メアリ、この頃夜に抜け出して、どこに行っているの?」


 朝の祈りが終わり、朝食を済ませて部屋に戻ると、ルームメイトのマリアンヌがメアリをつかまえて尋ねた。


「気づいていたの、マリアンヌ」

「毎晩抜け出していたら、さすがに気づくわよ。シスターが何度か来て、ごまかしてあげてたりしたんだから、感謝してよね」


 マリアンヌは鼻を鳴らしてメアリに言った。


「それに最近のメアリったら、昼間に居眠りしてることが多くなったじゃないの」


 たしかに、夜にまったく寝ていないので、代わりに昼間に眠るようになった。

 自由時間はほとんど眠って過ごしているし、講義やお祈りの時間も寝てしまうことが多い。

 居眠りで反省文を書かされたのは、メアリにとって初めての経験だ。


「さあ、どこに言っていたか白状して。じゃないとシスターに、メアリが悪いことをしているって言っちゃうんだから」


 それは困る。

 今晩は絶対に抜け出さなくてはならないのに、シスターに報告されるのはまずい。

 今までの外出がバレたら、鍵をかけた懲罰室に閉じ込められて、今夜はまず外へは出られない。

 仕方なく、メアリはマリアンヌに打ち明けることにした。


「実はね、マリアンヌ」


 メアリは誰かに聞かれる心配はないか、窓の外と扉を順に見渡した後、マリアンヌの耳元に唇を寄せる。


「ある人に会いに行っているの」

「ある人って?」

「旅人よ。世界中を旅しているらしくて、お話を聞かせてもらっているの」


 まさか『銀翼竜』と正直に言うわけにもいかない。メアリは少し悩んだ末に、そうごまかすことにした。


「その人、かっこいいの?」

「とっても。かっこよくて、優しいのよ」

「私も会いに行きたい」

「ダメよ!」メアリは強く止めた。

「どうして?」

「シスターが来たとき、2人ともいなかったら怪しまれるわ」

「また私にごまかせっていうの?」

「お願い、マリアンヌ」メアリは手を合わせた。

「いやよ。私はメアリの召使いじゃないのよ」

「引き受けてくれたら、これをあげるわ」


 そう言ってメアリは自分のベッドに戻り、枕元の箱を空けて櫛を取り出した。

 黄金の、宝石がちりばめられた櫛が、日の光を受けて輝いている。


「マリアンヌ、前にこれを褒めてくれたことがあったでしょう? きっとあなたに似合うと思うわ」

「う、受け取れないわよ!」マリアンヌは慌てた。「だってメアリ、これは第2皇女様が、あなたに贈った物じゃないの!」

「いいのよ」メアリはマリアンヌの手に握らせる。「あなたに持っていて欲しいの、マリアンヌ。お願い」


 マリアンヌは、メアリの目をまっすぐに見る。いつになく真剣な表情で。


「その人と駆け落ちするつもりなのね、メアリ」

「駆け落ちだなんて……」


 否定しかけたが、その後の言葉が出なかった。

 たしかにメアリが惹かれているのは事実だ。

 あの大きな翼に。

 流麗な銀の輝きに。

 そして、彼が見せてくれるだろう新しい世界に。


「わかっているの? そんなことをしたら、あなたの父である皇帝陛下の顔に泥を塗ることになるのよ? 捕まったらきっと牢屋入りよ。結婚だってできなくなるのよ」

「それでも」メアリは、マリアンヌの瞳をまっすぐに見返す。

「それでも、私は彼についていきたいの」


「それは、とてもいけないことなのよメアリ」

「わかっているわ。でも、もうどうしようもないの」


 銀翼竜が語ってくれた外の世界への憧れは、今もますます膨らんでいる。

 銀翼竜について、広い世界を見て回りたいという欲求は、もはやメアリ自身でもどうしようもないものになってしまっていた。

 この感情は、たしかに恋と似ているのかもしれない。


「お願い、マリアンヌ」


 しばらく真剣に見つめ合っている2人だったが、マリアンヌの方が折れた。


「これ、持っていって」


 マリアンヌは自分の髪を留めていた櫛をとき、メアリに手渡す。


「いいの? これ、お母様からもらった大切なものなのでしょう?」

「友情の証よ」先ほどのお返しとばかりに、マリアンヌがメアリの手を握った。

「その代わり、私のことを忘れないでね。絶対よ」

「わかったわ、マリアンヌ」


 マリアンヌからもらった櫛を、メアリは自分の髪に通した。緑色の髪に、彼女の黄色の櫛はよく目立っている。


「それにしても、あなたほどの女を夢中にさせるなんて! 相手はどんな方なの、メアリ?」

「大きくてかっこいいわ。話も面白いし。それに……」

「それに?」

「きっと目を離すと、どこへでも飛んでいってしまう。そんな自由な人なのよ」

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