お待たせして申し訳ございません! 動画編集とダークソウルが楽しすぎました……。
カリーナと共に脱衣場で着替えを済ませ、会話をしながらしばらく廊下を歩いていると、物陰からスッと姿を現す女がいた。あまりに気配を感じなかったものだから、少し驚いてしまった。
私を見据えて一礼すると、ノアがリビングで二人を待っている事を告げる。少しばかり私を見つめ、その女は再び物陰に姿を消した。
カリーナが言うには、シャーリーと言うらしい。ガルシア邸の家事部門代表だそうだ。この屋敷には家事部門と対外部門の二つがあり、カリーナがそれらを統括管理する。
家事部門の者は黒髪で、対外部門の者は白髪らしい。家事部門は分かるが、対外部門が何をするのかは教えてもらえなかった。「まだ早い」らしい。
ちなみに、シャーリーは家事部門の代表だそうだ。メイド長であるカリーナの下に家事部門を取りまとめるメイドキーパーと、対外部門を取りまとめるフルールがおり、更にその下に家事部門と対外部門があるのだという。
メイドキーパーとフルールは尊称であり、メイドキーパーは少し長いので「キーパー」、もう一方はそのまま「フルール」と呼ばれるそう。
目的地も分かったので、二人で目指す事にする。つい先程会ったばかりだが、カリーナの人柄は、少し理解できた気がする。
「少し待たせたかもしれませんね。急ぎましょうか」
「ですね」
そもそもカリーナが悪いのだ。風呂場でふざければ転ぶというのは子供でも分かるだろうに。いや、そういう意味では「子供心を忘れない」と言えるのかもしれない。
まあ、別に擁護できるわけでもないしするつもりもないのだけど。後で密告しておくとしましょうね。せいぜいお叱りを受けるがいいでしょうよ。
と、まあそんな事を話したり考えたりしながら、私を先導するカリーナについて行くわけです。この屋敷で何年も生活してきたのでしょうね。迷いが無い。
いや、それも当然なのだけど。この状況で迷いでもされたら困りますからね。ひとまず安心、といったところでしょう。後数分もせずに辿り着くでしょうね。多分。
途中からは特に会話もなく、黙々と進んでいく。そして、ある扉の前でカリーナが立ち止まる。
「ここよ。失礼のないようにね?」
「ええ。分かっていますよ」
カリーナは扉をノックし、「失礼します。カリーナとラヴィーネです」と部屋の中にいるであろう人物に声をかける。
すると、「入れ」という返事が返ってくる。それを聞いたカリーナは扉を開け、私は彼女の後ろをついていく。部屋の内部は、一言で言えば圧巻だった。
リビングと聞いていたが、この部屋の調度品はそのカジュアルな用途とは少し不釣り合いに見える。しかし、調度品の雰囲気は非常に落ち着いていて、成金というよりは上品さを感じさせる。
一言で言えば、非常に良い趣味の部屋だった。私を落札するためだけに5000万ドルも支払った男の趣味だと思うと、少し......いや、かなり意外です。
「ゆっくりできたか? 疲れているだろうし、少しでも体を休められていれば幸いなんだが」
「はい、とてもいい湯でした。体の芯が温まりましたよ」
「それはよかった」
彼は私の返事を聞いて嬉しそうに微笑む。”喜劇”と称してあんな事をやらかした男の微笑みだと思うと、かなり不気味に思えてしまう。
私達が入ってきた時はソファーに寝転がっていたこの男は、今はその体を起こしている。深く腰掛けてはいるが、表情は至って真面目なものへと変わっていた。
それだけ真剣な話をするのだろうか? そう思っていると、ノア様が私とカリーナに着席を促した。私達は二人で数人用のソファーに腰掛ける。
部屋に入って右側に暖炉があり、部屋の奥に大きめな窓。暖炉の前にテーブルが設置され、窓側と扉側でそれを挟むようにソファーがあるのだ。
そして、私達二人がソファーに腰掛けたのを見てノア様が話を切り出す。
「それじゃあ、突然だが事情聴取を始めようか」
当然だが困惑した。なんで事情聴取? と思ったが、何やら必要な事らしい。これからの方針等を決めるに当たって、私の話が必要なのだ、と。
「分かりました。どこから話せばいいでしょうか?」
「奴隷となった経緯を全て、だ。ハービヒト関連に関しても考える必要があるからな」
「かしこまりました。では――」
そう言って、私は今までの経緯を話し始める。
―――
ラヴィーネはギルド”白の蹄鉄”に所属する探索者だった。実力は上位に食い込み、ギルドマスターからも目をかけられるほどである。だが、ラヴィーネはそれをあまりよく思ってはいなかった。
上位者による下位者への寵愛は、他者からの嫉妬の的となる事を理解していたからだ。それは要らぬトラブルを生み、自分の立場は危ぶまれる事になるだろう。
しかし、ギルドマスターの顔を潰すわけにもいかない。そのため、ラヴィーネはどうしたらいいのか分からないまま状況に流されるままになっていた。
当然、自分に嫉妬する者達がいるのも知っている。だからこそ余計に何とかしたかったが、その望みは結局叶う事はなかった。件の一団が接触してきたのである。
「こんにちわ、【銀雪の魔法使い】」
「……誰でしょう? 私は知り合いが少ないので、貴方方には見覚えがないのですが」
ギルドの本部を出て直ぐの路地を通りがかった時、彼らは声をかけてきた。それも、いりもしない空の手土産を携えて。
「見覚えがないのも当然です。我らは日差しを好みませんので」
「……」
彼らがただの一般人でない事は直ぐに分かった。漂う雰囲気が非戦闘員のそれではないし、服装は黒のローブで統一されていて妙に規律だった集団に見える。声をかけてきた者は、恐らくこの集団のリーダーなのだろう。
「そう警戒なさらずに。我らは貴女に”仕事”を頼みたいのですよ」
「……仕事ですか。ならばギルドを通せばいいのではないですか?」
そう返すと、リーダーと思しき者は溜息を吐きながら事情を話す。自分達が管理している森に魔物が湧いてしまい、どうにかしようにも手に負えず、困り果てているという。
更に、その魔物は各ギルドで共通する等級でB級に当たると推測された。排除に動いた末端の部下達が数人やられて、B級の魔物がいるという事くらいしか情報がない。
肝心の自分達は別の問題をなんとかする為に動いていて、魔物の排除はできない。自分達はマフィアの為、表立ってギルドを頼るわけにもいかない。だから信用できるラヴィーネに頼みたいのだ、と。
「報酬はお約束しますよ。一万ドルお支払いします」
そう言うリーダーは、少し不気味に見える。顔はフードで隠れているが、今までの経験から意地の悪い笑みを浮かべているのだろうと苛立ちを覚える。
ラヴィーネは思う。こういった話はまれに聞く事がある。マフィアやギャング等が探索者に相場より高い報酬を約束して仕事を依頼するのだ。まさか自分が当事者になるとは夢にも思わなかったのだが。
更に言えば、こういった手合いとの取引には重い契約が付き物だ。ラヴィーネはそれを理解していながら、この者との契約に乗り気となった。
自分は追われる身なのだ。混沌種というだけでどこも排斥されてしまう。どこか遠くの田舎にでも引っ越して暮らす。そのためには、金が必要なのだ。
「……詳細を聞きましょう」
「ありがとうございます。では、こちらへ……」
リーダーに促され、ラヴィーネは路地へと入る。少し薄暗いが、昼間だけあって明かりは十分だ。
「王都から南東に7マイルほど歩いたところに村があります。その東側に件の森があるのです。村に着いたら、村長にギルドカードの提示をお願いします。それが我らからの依頼を受けた証となりますので」
「分かりました。それで、どうするのですか? 貴方達のようなマフィアとの契約は報酬がいい分重い契約になると聞いています」
「お察しの通り、この仕事に失敗すれば我々の奴隷となって頂きます。というのも、私共は今の勢力を維持し、可能ならば拡大する。それがマフィア全体の目的なのです。そして、我々もその例に漏れません」
「私を勢力拡大の餌に……ですか? それとも他のファミリーとの抗争使う鉄砲弾? ……いいえ、奴隷と言うからには……そう、オークションに出品されたりするのかもしれないわね」
最後の想像を口にした瞬間、その場の空気が凍り付いたような錯覚を覚える。いつの間にか肌寒くなっていて、ふと視線を下ろせば鳥肌が立っていた。……まるで、何かに恐怖しているように。まるで、本能が死を訴えているかのように。
そして、リーダーが重々しく口を開く。こちらを正面に見据えて、フードの中身が見えているのも構わずに。能面のように、何も感じさせない無表情をその顔に浮かべて。
「……あまり、そういう事は言うものではありません。何か勘違いをしているようなので、それを訂正して差し上げます」
リーダーはそこで一旦セリフを切って、こちらを威圧するように言う。
「我々はただ動かないだけだ。ただ、手が足りないだけだ」と。事実、そうなのだろうと思う。リーダーを含めてこの集団は、先程と打って変わって死の気配を漂わせている。
この集団にかかれば、たかがB級の魔物如き容易に始末できるだろう。A級でさえ相手にならないかもしれない。なのにそれをしないのは、ひとえに人手が足りないからだ……と。
「本来、わざわざ他所に依頼するほどの案件ではないのです。末端が先走って何人か死んだせいで、解決しないと若衆が騒ぐ。しかし! 丁度この時期はファミリーの上連全体が忙しくなる。ならば、外部に頼る他ない……。いいですか? 最悪自分達でどうとでもなるのです。敢えて貴女に依頼しているのですよ、【雪娘】」
「……いえ、すみませんね。あまりまともな生き方をしてこなかったものでして。どうか容赦願います」
そう言って私は頭を下げる。ここで争っても意味も利益もないのだ。なら発端である自分が頭を下げて事を収める必要がある。
「まあいいでしょう。契約成立、それで構いませんね?」
「はい。ああ、期限はいつまでになりますか? 場合によっては直ぐに出立した方がいいと思いますので」
「二週間です。二週間後の9月13日までに、またここに来てください」
「わかりました。では、失礼します。それと、一つ忠告しておきます。この町にいる間は、貴方達はマフィアではなくギルドに守られている事を忘れないように。もし、ギルド間の共通規則に抵触すれば、それはすぐに露見し、貴方達全員に制裁が加えられるでしょう」
「肝に銘じて置きましょう。では、お気をつけて」
リーダーの無機質な視線を背中に感じながら、ラヴィーネは路地を離れた。
「さて、まずは消耗品を買いに行きましょう」
王都ミズール。この国最大の都市であるここは、「王の膝元」という別名がある。国内に点在する他の都市などよりも、職人や商人、また良質な道具が集まりやすい。
何故なのか? 答えは簡単だ。この街は、文字通り王の膝元なのだ。ミズガール軍の本隊が常駐し、総司令部もまたこの王都にある。更に、王の政策である「容易市場案」が「王都に訪れる商人への優遇措置。また、転居し活動する職人への支援」というもので、人が集まりやすいのである。
ラヴィーネは王都東地区に足を運ぶ。ここは職人街で、腕の確かな職人が多く工房を開いていた。彼女は迷わず、ある工房を目指す。
多くの人が通りを歩き、耳を傾けずとも職人達が鎚を振るう金属音が聞こえてくる。人混みを通り抜け、ようやくそこに辿り着く。通りの端にポツンと建っている工房には、『鍛冶屋オードル』の看板が立てられていた。
ラヴィーネは慣れた様子で、遠慮もなく工房へ入る。中を見渡しても誰もいない。彼女は溜息を吐き、どうせ鍛冶場にこもっているのだろうと呆れながら鍛冶屋を探しに行く。
……そして、鍛冶場に近づいた途端に熱気を肌で感じた。それに応じて鎚を振るう音も聞こえる。「いい加減、客を取る事を覚えて欲しいんですけどねえ」と呟きながら、ラヴィーネは鍛冶場に入った。
「オードル、入りますよ」
そんな彼女の呼びかけに返ってきたのは、粗野でいい加減な返答だった。
「ああ!? ラヴィーネか。ちっと待ってろ!」
彼の名はオードル。この鍛冶屋の主であるドワーフだ。粗野でいい加減だが、腕は本物。コミュニケーション能力すら鍛冶の材料にしてしまったのか、弟子も客も取らない変わり者である。
身長は4'5"と、ドワーフにしては随分と大柄な体格。髭も生えてない。――それは、このオードルという鍛冶師がその生まれからして異質である事の証明だった。
ちなみに、「対外長」は仮称です。良い名称が思い浮かばなかったので、改稿後に期待しといてください。
それと、ルビに関してです。これからはルビをその単語に込められた意味として扱います。今回の話で言うなら、対外部門の長を「フルール」と言い、「対外長」という意味を持っている、という感じです。
「上連」は「上の連中」を縮めた造語です。ヤクザ用語(合ってる?)でいう舎弟と子分の総称です。組織全体で上位に位置する者達を指します。
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