今回は、ノベプラ、ノベリズム、なろうの同時公開です。疲れました。
なにやら急に行動を開始した彼は、自身の従者を探すために裏市場へと向かった。競売にかけられている奴隷達と、その客の前に姿を現した彼は、己が現れた事で静まり返った競売会場を我が物顔で闊歩する。彼は一体何をするつもりだ…?
彼は足早に廃屋敷の中を進み、地下へと続く階段にたどり着く。この階段を下りた先が件の目的地だ。
己の目的を反芻しながら、彼は階段を下りていく。普段は外出どころか、自室に引きこもってベッドからも出ない自分が、わざわざここに来た理由である。
それは、『己の従者を探す事』。メイド長のカリーナではダメなのだ。彼の目的は特殊であり、それ故に新しく従者を迎える必要があった。
「必ず見つかるはずだが……不安だな。杞憂で終わればいいが……」
彼は、何やら気味悪げに呟く。それもそうだ、彼は己の直感に自信を持っている。そして今の今まで外れた事など皆無なのだから、杞憂では終わらないと無意識で理解する。
この時の彼はまだ知らなかった。――――その直感が的中し、それが計画の出だしを大きく狂わせる事になるなんて……。
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――直感や経験から来る予感をないがしろにするのは推奨できない。なぜなら、それらの勘は決して気の迷いなどではなく、至高の存在である神や天使といった神聖な存在からの暗示であるためだ。これらの存在に裏打ちされた『勘』を気の迷いとする者は、この世界で生き残る事は厳しいだろう。
――通称、無名の隠者著『感じる事とは?』より
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――彼は階段を下りきり、地下へとたどり着いた。ここはまだ入り口ではない。この小部屋を出ると廊下があり、その先に会場があるのだ。
彼は目的地が直ぐそこまで迫っている事を感じ、逸る気持ちを抑えて極めて冷静であろうとする。
ここで舐められてはいけない。ただでさえ自分は【寝たきり勇者】と呼ばれて世間から舐められているのだ。彼は勇者の名が辛うじて、自分を今の立場に留めている事を理解している。
威厳もクソもないが、それでも実力はある。会場にいる連中は、その程度の事は理解している。ゆえに、力を持つ自分は堂々としていればいいのだ。
「さて…………反応や如何に?」
バタンッ! と音が立つ。それは、彼が競売会場の入り口を開いた音だった。中にいる人々は何事かと彼に目を向け――そして、驚愕し、戦慄する。
自分達の小さな宴に訪れた客は――――誰もが来訪を望まない人物だったのだ。会場は、予想外の闖入者に静寂を以て応えた。
「おやおやおや、こんなところで何をしているのかね? …………その商品は……奴隷かね? 現在の法では認められていないはずだが?」
「これはこれは勇者様。こんなところに何の御用でございましょう? 貴方様には使命があると認識しておりますが、如何されたのでしょうか?」
商品が並ぶ舞台に近寄る彼に近寄ってきたのは、オークションを進める司会だった。手もみしながら皮肉る男に彼は鬱陶しさを隠さずに返事を返す。
「何、ここで奴隷市をやっていると聞いてね。丁度いいので私の従者を拵えようかと思ったのだよ」
男は絶句する。当然だ、目の前にいる【寝たきり勇者】は、一体どうやってその情報を手に入れたのか? その疑問が残るのだ。寝たきり勇者、彼はこんな古屋敷の地下で行われている違法競売場へとやってきた。
それは、彼がミズガール王国の裏社会を知っている事を意味している。
つまり、彼は一般の貴族達のような甘ちゃんとは違うのだ。現実を、闇を知って尚逃げない。男はそれだけで、彼を客として扱わざるを得なくなった。
「………何をお求めで? 本日は奴隷市です。ここで今売れる商品は奴隷しかありません」
「それは知っているさ。奴隷市だから来たのだよ」
「なるほど。では、何か気になる商品はございますか? 優先的に売りましょう」
少しばかりニヤついてしまう。これはアドバンテージだ。さっさと用を済ませてしまおう。彼は男に先導されながら、己の求める従者を見つけんと舞台へと上がる。
「おや! それはありがたい。……見て回っても?」
「構いません」
「礼を言おう」
彼は意識して表情や言葉遣いを変えていたが、男が優先すると言ったのを聞いた瞬間はそれが崩れかけてしまった。いけない、と彼は内心で反省する。
自分は今、舞台に立っているのだ。役割を演じなければならない。与えられた役割を超える振る舞いが看過される事は、決してないだろう。
彼は今、舞台に立っていた。古屋敷のかつての主は演劇好きであり、屋敷の地下に劇場を造らせたのだ。背後から無数の視線を感じながら、彼は檻に入れられた奴隷達を見定めていく。
左目に大きな傷のある人間の幼女、右耳が千切れた犬系獣人の少年………金髪碧眼の少女、緑髪の女、黒い短髪の男――――いない。
違う。何かが違う。ロックされた錠前に針を突っ込んで弄っているような……そんな、かみ合わない違和感を感じる。だがいるはずだ。今この時この瞬間に、彼女はいるはずなのだ。
夢は絶対だ。この中に必ずいる。それは彼にとって推測や予想ではなく、ただの事実であった。彼は、ようやく見つかるという妙な興奮と、未だに見つからない少しばかりの不安感が、この密閉された欲望の空間の中でぐちゃぐちゃになっていくのを感じていた。
「………銀髪の女はいるか?」
「へ? え、ええ……。確かにいますが……」
「何人だ?」
「……一人です…」
「案内しろ」
「……かしこまりました」
男が彼を見る目は、何やら軟化していた。彼は、男が嫌な思い違いをしているのではないかと思いつつも先導する男について行く。
――――やがて、意図的になされたとしか思えない……見るからに隔離された一つの檻が見えてきた。彼が目を細めたのを察したのか、先導する男が訳を話し始める。
「あの檻に入っているのは……まあ銀髪の女な訳なんですが………ちょいと仕事に失敗しましてね? 元々私らに金を借りてた事もあって、奴隷として出品する事になったんですが………」
「なんだ? はっきり言え。不良品を掴ませられるのは御免だぞ?」
「いえね……契約の通りに首輪をつけようとしたら暴れる暴れる…。仕方なく薬を打って眠らせてから首輪を付けたんですよ。打った薬は結構強いやつでしてね? 副作用が凄いんですわ」
「どんな?」
「精神がイカれかけてますわ。そのせいで他の奴隷達に近いところには置けんのです。精神汚染が広がりかねませんわ……」
「問題ない。むしろ、完全にイカれてた方が好都合だ。まあ実際のところは、どちらでもいいのだがな」
男はふう、とどこか安心したように胸を撫でおろす。どうやら懸念事項だったようだ。
「それと…………混沌種の名に聞き覚えは?」
「あるにはある。三種以上のハーフで、家畜で言うところの雑種だと聞いた事があるな」
「雑種? ははっ、そりゃ冗談ですよ……」
「なんだ? トラウマでも植え付けられたか?」
男は体を震わせる。ブルブルと体を揺らしながら歩いている男を見ると、彼は……いや、何も思い出さない。何も見ていないし、聞いていない。
男は恐怖の色が明確に浮かんだ声で言う。
「あの女は雑種なんて可愛いもんじゃありませんよ! もっと別の……別のナ二カです…。……っと着きましたよ。この檻の中にいますわ」
男が案内してきた先にある檻は、素人であっても一目見れば特別製だと分かるものだった。檻の色が明らかに違う。金属の純度と密度が非常に高いのだ。
裏社会にて奴隷が取り扱われる場合、基本的には内側からの物理的及び魔法的干渉を阻害する人工金属で造られた檻に入れられる。そして多くの場合は純度や密度の低い、少しばかり粗悪なものが用いられるのだ。
だが、この檻は違う。そこらにあるようなものではない。これは中に入れられた者に対して講じられた封印だ。彼の目には、活力を奪う魔法や身体能力を低下させる魔法が檻にまとわりついているのが見えていた。
彼は檻の中を覗き込む。男が「勇者様! 危険ですわ!」と叫んでいるのも、もはや関係ない。彼の意識からは男は既に消えていたのだ。
そして、魔法がかけられた檻に放り込まれた者は…………静かだった。だが、中にいる女と視線が交錯した瞬間にそんな印象は消し飛んでしまった。
彼は確信する。この女こそが、自分が求めている従者であると…!
女の眼は死んでいなかった。むしろ、油断すれば食い殺されるのはないかと思うほどの眼光を向けてきたのだ。これは期待できる、と彼は早速女に話しかけた。
「なあ」
「………」
「なあ」
「…………」
少し語気を強くして再度呼びかけるも、再度無視されてしまう。彼はますます期待が強くなっていた。だが、ここで男が割り込んでくる。
「おい! 勇者様に応えろ! 失礼だろうが!!」
女は『勇者様』という単語に耳にした瞬間に驚愕の表情を見せた。それは、彼女が初めて見せた人間らしい反応だ。彼は少しばかりニヤついてしまう。
彼は再度、彼女に呼びかける。今度は無視されないという確信と共に……。
「なあ」
「……なんですか」
予想通りだ。彼女は呼びかけに応じた。彼は妙な達成感を覚えたが、直ぐに頭から追い出す。これから行われるのは交渉なのだ。交渉にそんなものは不要である。
「……そこから出たいか?」
「ッ!?…………出せると?」
「もちろんだとも。君が望むなら今すぐにでもね」
「……偽りは? 隠し事は? 目的は?」
勝った、と彼は確信する。交渉は得意だ。相手がこちらに興味を持てば、それだけで望む結果まで事を運ぶ事ができる。それは、彼が最も得意とする事の一つだった。
彼には偽る気も、何かを隠す気もなかった。やましい事などない。目的だってそうだ。彼は静かに彼女の問いに答えた。
「どちらもない。君には私の従者となってもらいたい」
「……私の利益は?」
彼はそれを聞いて喜んだ。当然だ。この状況下で尚、我を通そうとしているのだ。自分が限りなく不利で相手が限りなく有利な状況、その中で相手に媚びず我を通そうとする者がこの世にどれだけいるだろうか?
世界に1000人いるなら、きっと10人もいればいい方だ。ますます好感が持てる。
「まず一つ、ここから出れる。次に二つ。まともな生活が保障される。更に三つ、給与の一環として自由な時間を与えよう」
「………悪くはない」
ここでまた男が出しゃばってくる。どうやら商品である女が客である彼に対して取る態度が気に入らないようだ。
「貴様! 一度ならず二度までも!!」
しかし、そんな様子の男に彼は冷ややかに言う。
「少し黙れ。私と彼女は交渉中だ。邪魔をしないでもらおう」
「しかしですねえ! これは流石に……」
「構わん。これが原因で文句を言う事はないと誓おう」
「うっ……それなら………責任は取れませんぜ?」
「構わんと言っている。少し離れろ」
「へい、わかりやした」
男は直ぐに離れていき、檻から6ヤードほどの場所で止まった。おそらく待機しているのだろう。気にする必要もなくなったために、檻の中にいる女に向き直る。
「すまんな。場所や立場というものは、時に我々貴族を縛る枷となるのだよ」
「……構いませんよ。ここがそういうところなのは身を以て理解していますから」
「それは助かるよ。……話を戻そうか。で、どうかな? 条件は悪くないと思うが……」
「……三つ目、給与の一環とは?」
「私は君を雇う気でいる。当然給料も支払おう」
「まるで楽園ですね。あなたが蛇でなければ、二つ返事で雇われたのですが……」
「私を信用する必要はないさ。今は信頼さえいらない。私を利用してここから出る、それでいいと思うがね?」
彼女は俯く。乗るかどうか考えているようだ。だが、意味などない。ここで爆弾を落とすのだから。
「……撤回する」
「! やはり――」
「私の命令さえ聞けば、限度はあるにせよ何をしても構わない。ただ命令を聞けばいい。それだけで自由を保障しよう」
「!? それは――」
それは彼女にとって、悪魔の甘言よりも効く言葉だった。聡い彼女はそれだけで察した。この男は、何か大きな事をしようとしている。そのために駒が必要であり、最悪の場合は自前でそれを用意するであろう事を。
彼にとって、誰でもいいのだ。自分でなくても、代わりを用意できると――言外にそう言われたような気がして……彼女は気に入らなかった。
代わりの効かない存在となってやろう! そんな考えが頭に広がってくる。この不遜な男を見返してやりたい、と念が強くなっていく。
――――もはや、交渉に否定的だった彼女はいなかった。今はもう、目の前にいる男をただぶん殴ってやりたい…! その思いしかなかった。
彼女は――決断した。自分は――――
「――私は……。…………いいでしょう、乗ります。……貴方の名は?」
「私は――いや、俺はノア。ノア・ガルシア。これからお前の主となる男だ。お前は?」
「私はラヴィーネ。ラヴィーネ・エーデル。これから貴方の従者となる女です」
こうして、彼と彼女は出会い、そして物語を描いてゆく――――
――混沌種とは、三つ以上の特殊な血族の血が混じった者を指す単語である。例えば、吸血鬼と人間のハーフは半吸血鬼(ヴァンピール)と呼ばれる。だが、彼の者達に決まった種族名は存在しない。ゆえに、ただ単に混沌種と呼ばれるのだ。彼らの絶対数は決して大きくはない。そのため、目にする機会はおそらくないだろうが、頭に留めておくべき事が二つある。それは、彼らが人間でも、亜人でも、魔族でも、天使でも、悪魔でも、まして神でもない事。そして、入り混じった血に酔いしれ、己が身に流れる血の力を振りかざす事である。
――フレデリック・ディック・アッシュワース著『我が祖国の害敵達』より
予定に遅れるかと心配でしたが、なんとかなりました! 今回は筆が止まらず、5103文字に――! 自分でも驚いてます。これ以降、燃え尽き症候群になったら申し訳ありません(真面目に心配です)
途中で『ヤード』が出てきましたが、これはウィキを参考に少し改変してます。この世界では1ヤード=1メートル1 1yd=1.08mです。
それと、ようやく主人公の名前を作中で出せました! なにげに初です。司会の男はね、書いてて途中からユニークキャラ化が決定しました。また出てくるでしょう。
混沌種はこの物語の根っこに大きく関わってたりします。彼らは母数が少ない事や、その危険性から世界各国から大きく警戒されています。その秘密もいずれは明かされますので、どうぞお付き合いくださいませ!
では、次回で会いましょう!!
A.D.2021/6/5 追記
ヤード・ポンド法の表記を訂正しました。
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