5月中に更新しようとしたのに6月になったアホがいるってマ?
「——で、突然なんの用だ? ああ、いや、今日はいつもとは違うな。急用か?」
「ええ、まあそんなところです。これから二週間以内に仕事を終えて帰ってこなければならないので、一応手入れを、と」
「なるほどな、任せろよ。夕方までには済ませてやる」
「助かります。頼みましたよ、オードル」
そうしてオードルに装備品を渡す。この男は性格に難があるが、それでも腕は確かだ。少なくとも鍛冶師オードルは信用に値する。……まあ、これに酒が絡むと途端に信用ならなくなるが。
私はオードルに装備品を渡し終えたのを確認すると、工房を出て行った。あの男との付き合いはそろそろ長くなる。だからこそと言うべきか、自然と彼の嫌がる事も分かる。いわゆる職人気質というやつか、オードルは仕事を邪魔されるを非常に嫌う。それこそ、『昔|(と言っても二十年ほど前らしいが)に観光気分で邪魔をした客を酒瓶で殴り倒して一年と少しの間牢屋に入っていた』と笑いながら話すくらいだ。
その話を聞かされた当時は「なんだこいつ……」と呆れたのを覚えている。まあ、つまりだ。オードルの仕事を邪魔してはいけないのだ。いや、いずれにしても他人の仕事を邪魔するのはどうかと思うが。
——そうして、私は日が暮れるまで町で過ごした。もちろん東地区外だ。職人街にこれ以上の用はないのである。
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——鍛冶師オードル。都市国家ラーデンからイスクリーミ公爵の勧誘を受けて聖歴3194年にミズガール王国王都に移住してきたドワーフである。その腕は随一であり、閣下の剣と鎧を造った。しかし、翌年の六月に戦線帝国陸軍准尉を「仕事の邪魔」と酒瓶で殴り倒して一年と三か月の間投獄されている。
——カスパー・ベルネット著『職人記』より
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太陽が西に傾く頃、私は東地区にあるオードルの工房へ戻ってきた。中から金属を打つ音は聞こえない。これは彼のいわばゲン担ぎのようなもので、一つでも仕事を終えたその日は次の日の入りまで金属を打たないというものである。
つまりは頼んだ仕事が終わったという事で、私は金貨や銀貨の入った革袋が腰に括り付けられているのを確認してから工房に入る。ドワーフは金貨や銀貨などでしか取引に応じないというのは有名な話だ。
「終わったようですね、オードル」
無感情に言う。この男に対してはこれでいいのだ。互いに接しやすい態度というやつである。
「ああ、終わったぜ。最高の出来だ。最近閣下が貴重な砥石をくださったんでな。お試しついでに使わせてもらったが、素晴らしい結果だ。今夜飲む酒は美味いだろうなぁ」
「客の物で試さないでくださいよ」
「ああ、分かってるよ。だが上出来だぜ?」
「これで出来が良くなければ氷像にして往来に飾っていたところです」
「おお、怖いねえ。だが、俺の腕は良いからな、そんな事にゃならねえよ」
目の前の髭面は慣れなければ上手く聞き取れないであろうほど異様に低いドワーフ特有の声で笑う。自信過剰なきらいがあるが、それに見合った腕を持っているというのがこの男を増長させている。にも関わらず腕は良い。不思議な男だ。
「まあ、ありがとうございます。いくらです?」
「あー、そうだな。銀貨一枚ってとこだ」
「おや? 随分と安いですね。いつもは手入れだけでも銀貨三枚は取るのに」
「ああ、砥石を試させてもらったからな。その分まけてんのさ」
「なるほど。はい、どうぞ」
「銀貨一枚、確かに。ほれ」
私は革袋から銀貨一枚を取り出し、オードルに手渡す。その後に彼からショートソードとハンティングナイフを受け取る。……確かに貴重というか、珍しい砥石を使ったのだろう。試しにショートソードを鞘から抜いてみると、銀色だった刀身はヘレナイキの花のような、妖しく綺麗な紫色の光沢を放っていた。
「……まあ、いいでしょう」
そう呟くと、私は鍛冶師に目もくれず工房を後にした。……準備は整った。後は、明日に出発するだけだ。
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——ヘレナイキの花。それはコントラット大陸北部で見られる主要な花で、殆どのものは紫色をしています。しかし、稀にみずみずしい柑橘のように鮮やかな色をしているものが見る事が出来ます。これはかなり貴重なもので、探して見つかるものではありません。けれども唯一、真夏の最も日差しが強い日の真昼に、最も陽の当たる場所に咲きます。この花で作られた茶を飲めば、たちまちどんな病も治るでしょう。
——【花の魔女】オーガスタ・フローレンス著『草花の知識・上巻』より
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その後、私は二日かけて村に到着した。調子は上々、今日の所は村長に顔を出して休む事にしよう。……村に入ると空気が変わった。まるでここだけ戦場のような、そんな鬼気迫った雰囲気を感じる。
「……これは」
そう呟くも明言は避ける。言わずとも分かるし、言う必要も無い。この村では正しく戦時中なのだろう。当然だが、それだけ魔物は脅威という事か。
見回りをしていた槍を持った男に話しかけ、ギルドカードを見せて村長の居場所まで案内してもらう。やはり既に周知が徹底されていたようで、トラブルもなく村長に会う事が出来た。
村長——白い顎髭を伸ばした禿頭の男だ。身長は四フィート 五インチといったところか、見るからに老齢で体格は小さい。だが、その鋭い目つきは未だ彼が村の長である事を示しているのだろう。
「お前か。シャカール殿が言っていたのは」
「ええ、そうなります。それにしても、彼はシャカールと言うのですね。どうやら恥ずかしがり屋なようで」
そう遠回しに名乗らなかった彼への嫌味を言うと、村長がこちらを睨んでくる。
「シャカール殿を侮辱する気か? 小娘」
「ああ、そう受け取ったのなら謝罪します。こちらとしても無用な争いはしたくありませんし、侮辱の意思もまたありませんから」
「ふん! ……ついてこい」
「……(初印象は互いに最悪ですね。まあ、私の非がかなり大きいのですけども)」
村長の後を追い、森に近づいていく。キキキ、コココ、カカカ……虫と言うべきか、それとも魔物と言うべきかも分からない不気味な声が聞こえるようになっていく。
森の声——私はそう直感した。それと同時に恐怖する。村長の背中越しに見える森の姿は酷く禍々しく、気を抜けば今にも森に取り込まれてしまいそうだ。
今まで見て、あるいは歩き、もしくは感じてきた山森林の中でも強い印象を植え付けてくるような、それでいて不愉快な気分を無理矢理にも押し付けてくる——これはそういう森なのだ。
そう思うと何故か恐怖が和らいだ。そもそもがそういう土地なのだと思えばいいと? そんな単純な事ではないはずだ——
「——ここだ小娘」
不意に声をかけられる。顔を上げてみれば村長が歩みを止めてこちらを振り返っており、周囲を見回すといつの間にか森の入り口へと到着していたらしい。「警戒すべき土地で考え込むとはらしくない」——そう思いながら、私は村長に疑問を投げかけた。
「柵は破壊されていないようですが?」
そう。森と村との境界線には柵が設置されており、しかしそれが壊されているという様子ではなかった。
「当然よ。下っ端共が中に入り込んでのこと故にな。魔物共が勢いづいているわけではない」
「なるほど。私は具体的に何をすればよろしいので?」
「B級の魔物、ビヤード三体の始末だ」
村長はそう不機嫌そうに言うが、それを聞いた私は目を見開いて驚愕していた。ビヤード……B級の魔物として知られながら、殆どのギルドで交戦禁止が言い渡される最悪の部類だ。
B級。それは熟練の探索者ならば全くの問題なく交戦できるとされる魔物の等級だ。しかし、これらの等級には例外がある。それがビヤードを筆頭に分類される『深淵からのもの』と呼ばれる魔物達だ。
そう呼ばれる魔物達は少なくとも一つの共通点を持っている。それは、接触によって人間の意思や感情といった心を攻撃するというもの。ただ、この点は魔生物学者の間でも説が分かれているらしい。曰く「そもそもとしてそういう存在」だとか、曰く「心を攻撃する事によって腹を満たしている」だとか、そういったものだ。
つまるところ、深淵からのものは人間の目に見えない部分に害を与える。現在では有効な治療法や対策が殆ど見つかっていないため、交戦禁止が徹底されているというのが共通認識だ。
「……ビヤード、ですか」
「ここにいる以上、出来ないとは言わせんぞ」
「ビヤードは今回が初めての交戦になります。屍喰らいなら相手にした事がありますが、どうか期待はなさらずに」
「その時は身を以て責任を取ってもらう」
「怖い事ですね。……今日のところは休み、明日の朝から森に入ります」
「……好きにしろ」
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——ビヤードとは、コントラット大陸北部において主にその存在を確認する事が可能な『深淵からのもの』である。ここではそのおぞましい様相を記述する事はないが、彼のもの達に対する適切な対処法を心得た者でない限り、決して近づいてはならぬ。国教連合所属の退魔執行官は常にその心得があるものとして公的に扱われる。
——フレデリック・ディック・アッシュワース著『我が祖国の害敵達』より
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翌朝。割り当てられた空き家の中で目を覚ました私は、まだ少し重い瞼をこすりながら身支度を整える。魔法を用いて水を出し、顔を洗う。そうした後は朝食だ。歓迎されない事は始めから分かり切っていたので、持ってきた携帯食を口にする。
元々が急いで食べる事を前提に作られているものというのもあり、直ぐに食べ終える。「食事と言うよりは補給だろうか?」——そんな事を考えながら外へ出た。今から仕事が始まるのだ。
森と村とを区切る柵と門を見張っている村の兵士に「仕事に行ってきます」と一言告げて森の中へと足を踏み入れる。昨日と同じような感想を抱き、しかしながら不快感はその比ではなかった。
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どれほど時間が経っただろうか。辛うじて空を見る事は出来るが、このような深い森では時の流れを感じづらい。
「ふう、少し休みますか。探そうとすると、やはり見つからないもので——」
はたと、動きを止める。視線を感じたのだ。数は……三つ。「お目当てならお手柄ですね」とお気楽に考えながら、私は再びを体を動かす。気付かれたかもしれない。しかし、「念のために」と近くの木に背を預け、気配を探る。
……一……ニ……三。数に間違いはない。どことなく緊張しているのか、あるいは恐怖か——私が今現在抱くこの感情は、なんにせよ良いものではないのだろう。
深く息を吸い、そして吐く——
「出てきなさい、怪物共よ」
——そして剣を抜き放ち、ビヤード達がいるであろう方向に向けて構えた。
「莠コ髢薙�螂ウ縺�」
「驕輔≧縲る尅遞ョ縺�」
……私は驚愕し、そして酷く恐怖した。これほどまでとは知らなかったし、想像もしなかった。——茂みから言葉に表す事の出来ないような鳴き声を上げながら、体長九フィートほどの翼のある雑種のような生き物の群れがバタバタとリズミカルに翼を羽ばたかせてその姿を現した。
それはカラスではなく、モグロでもなく、かといって肉食の鳥でもなく、スラムで見るような腐乱死体ですらない、私の何かを冒涜するような——いや、それこそ私が冒涜しなければならない生き物だった。
「あっ、あっ……く!」
動揺の余り言葉を上手く発する事も出来ず、出来たのはただ既に構えている剣を握り直す事くらいのものだった。
「螂エ縺ィ縺ョ螂醍エ�□縲ら函縺榊叙繧翫↓縺吶k縺�」
またあれが、あれが、……そう、ビヤード、ビヤードが何かを発している。私にはそれが『意味のある言葉』に聞こえ、あまりにも気味が悪かった。
目の前にいる存在の全てが私を不快にさせている。それがたまらなく嫌だ。
「はあ、はあ、あっあ……化け物め。《ああ、雪の精よ。ああ、雪の精よ。貴方の友に力を貸し与えたまえ! 雪の精霊たる所以を我らの敵に示したまえ! 貴方の友に害成す者を、物言わぬ氷像としたまえ!》」
私が使ったのは精霊魔法だ。それは術者と精霊との契約によって彼らの力を借り受け、行使するもの。雪の精霊の力を借り受けた【氷の像】という魔法は、確かに発動した。だが——
「縺翫>縲∽ス輔r縺励※縺�k��シ溘諤・縺�〒謚懊¢蜃コ縺幢シ�」
「蟆代@蠕�▲縺ヲ縺�m�√莉翫d縺」縺ヲ縺�k��」
——その次の瞬間には、それが無意味な行動である事を理解させられた。凍らせたはずのビヤードが、音を発したのだ。
「っく!? 放しなさい!」
それに気を取られ、残る二匹に抵抗する間もなく拘束される。……このような状況に陥った者の末路は悲惨だ。私もその例に漏れないだろう——
「よくやりましたね」
——そんな考えは、今しがた現れた男……シャカ―ルによって容易く砕かれ、思考の色は怒り一色に染まる。
「シャカ―ル! 私を騙したんですか!?」
「おや、私の名を……。ああ、村の者から聞いたのですね」
「そんな事は聞いていない! これは契約違反ですよ!!」
「貴方はたった今失敗したでしょう? であれば、契約違反ではありませんよ」
「どうやって!? 深淵からのものを使役するなんて……」
「……私はね、小娘。魔術師なのですよ」
——そうして、私はシャカ―ルに捕らえらた。そして、最終的にノア・ガルシアという男に仕える事になったのだった……。
恐らくまた更新が遅れます。また今月中に更新できればいいのですが……。
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