ノベリズム版も更新! 今回は初の本格的な戦闘回になりますぜ。ノアの実力をご覧あれ!!
ヴェイグファミリーを煽って喧嘩を売るノア。彼はヴェイグファミリーを黙らせる方法を『喜劇』と称した。言うまでもないその荒業に、集まった客もラヴィーネも驚愕してしまう。はたして、わざわざこんな荒業をするノアの目論見とは——?
ノアはステージの中央でふんぞり返っている。周囲を睥睨し、見下すような視線をこちらに向けるその様は、頭の弱いチンピラ集団であるヴェイグファミリーの怒りの炎を扇ぐには充分すぎた。
怒りで我を忘れたのか目は血走り、フゥーフゥーと荒い息を漏らしている。当然、各々が自分の獲物を手に持ち、構えている。
だが、そんな光景が目の前にあってもノアは全く動揺していなかった。チンピラ如きに敗北を喫するほど弱くはないと言う自信があるのだ。
更に言えば、それは過信などでは決してない。彼我戦力差の計算、過去の経験、武の心得の有無……ノアの自信はそれらに裏付けされた、いわば確信だ。
実際、ヴェイグファミリーの面々がノアに襲い掛かったところで何も変わらない。ノアが勝つ……それも必ず。それは、もはや絶対と言っていい。
「さて、どうしたよ? かかってこないのか? ……ああ、そうか。かかってこれないんだな? 可哀想に……」
ノアのその言葉にますます怒りを煽られていくヴェイグファミリーの面々。もう顔が真っ赤っかだ。熟れたトムトみたいだね。見ていて笑えるくらい滑稽だ。
そんな頭の弱いチンピラの一人が怒号を上げる。
「てめえ!! 何しやがった!? 俺らを放せ!」
――そう、現在彼らは全く身動きが取れていないのだ。しかし、その原因が分からない。思考が単調なアホ共は、自分達の目の前で余裕を崩さずにふんぞり返っているノアが何かしているとしか考えられないのだ。
まあ、それで正解なのだが。
現在ノアはチンピラ共にとある魔法をかけていた。それは彼の魔法適正に沿ったものであり、それ故に彼らはもがいて魔法から脱する事はできない。
ノアがかけた魔法は『催眠魔法』だ。この魔法は大概の場合、対象を術者の命令に従うようにするもの。だが、ノアはこの魔法を肉体の操作権を奪うという形で使用していた。
つまり、ノアはこの時点で彼らを自由に処分する事ができた。しかし、そうはならなかった。何故なら――
「ほら、これでいいだろう? 全く、この脳筋共め。少しは会話を覚えたまえよ。もっと文化的な方法があるだろうに……」
「へへ、これでようやく……。死ぐぁあ!?」
――面子が命のマフィア、その面子を叩き潰すためだ。それも彼らが望む、徹底的な暴力を以て。
ノアは催眠魔法を解除した直後に襲い掛かってきたチンピラの一人を思い切り殴り飛ばした。相手が自分の懐に入りかけた瞬間に己の右拳を相手の左頬にめり込ませたのだ。
それは貴族の家柄なら幼い頃から習う武術の初歩的な技に過ぎなかったが、油断した愚か者への制裁としては十分だった。
「……まず一人」
「野郎!」
ノアが殴り飛ばした男はその勢いのまま数瞬宙を飛んだ後に床に叩き付けられた。そのまま起き上がってくる様子がない事から気を失ったのだろう。
自分の仲間がやられた事が気に障ったのか、チンピラの一人が激昂して襲い掛かってくる。獲物はマチェット。間合いに気を付ければなんて事はない武器だ。
ノアは振りかぶられたマチェットを冷めて目で見つめ――そして、それは振り下ろされた。誰もが寝たきり勇者の死を幻視した。
誰もがノア・ガルシアの脳天が真っ二つになる様を脳裏に浮かべ――そして驚愕した。
なにせ、そこにノアはいなかったのだから。
その事実にチンピラだけでなく、事の経緯を見守っていた客達にラヴィーネまでもがノアを探し始めた。
5分程経った頃、チンピラの一人が突然叫びだした。ノアにマチェットで襲い掛かった男だ。見るからに様子がおかしい。まるで、そう……何かに怯えているような……。
「うわあああああああああ!? やめろ! やめろ!! こっちに来るなああああああああああああ!!!」
「おい! どうした!? おい!!」
「ダメだ、こいつ正気じゃねえよ!」
「一体何があったってんだ!!?」
「一回気絶させろ! 錯乱してて話が通じねえ!!」
あまりにも様子がおかしい。話は通じず、目の焦点は定まっていない。明らかに発狂している。事態をなんとかするために、チンピラの一人が気絶させろと叫んだ。だが――
「やめ、やめろおおお!! あああああああああ!? この化け物が!! こっちに来るな!! あっちに行け! あっちに行けよおおお!!!??」
――ついには意味不明な事を叫びながら暴れ始めた。今までへたり込んで後ろに少しずつ下がっていたのが、獲物のマチェットをひたすらに振り回している。
何がどうなっている? それは会場にいる者達の総意だった。皮肉にもこんな状況下で、相容れない者達の思いは一致した。
そしてついに、男のマチェットがチンピラの一人を切り裂いてしまう。だが、仲間を斬ったはずの男は動揺もせず「ははは………やってやったぞ! 俺は化け物を殺せるんだ!!」と声を上げる。
さらに、それを最も近くで目にして返り血を浴びた一人の男も様子がおかしくなっていく。突然笑い出し、狂ったように床を転げ回る。
「あはははははははは!!! ひゃははははは!! ははははあっはははははは!!!」
発狂した者が増えた事で全員に困惑と動揺が広がる。何が彼らを狂わせたのだと言うのだ?
落ち着け、俺はまだ正気だ。俺はまともだ。だが何故だ? 一体何が二人を――そうか、分かったぞ……。俺は完全に理解した。俺は
――
「――喰われねえぞ……」
「あ? なんつった?」
「俺は喰われねえ! 俺は化け物の餌になんかならねえ!! てめえらまとめてぶっ殺してやるぅぅ!!」
「うわああ!? こいつまでおかしくなりやがった! どうしろってんだよぉぉ!!?」
ついに発狂者に三人目が現れてしまった。だが、当然これだけで止まるはずもない。「喰われない」と叫ぶ男に両刃のロングソードで斬りかかられた小柄な男は寸前で回避する。
男は仲間からの斬撃を回避したかもしれない。だが、狂気からは逃れられなかった。
斬撃を回避した途端、目の前にいる生物が一瞬認識できなくなる。そして数秒が経過し、視界中に怪物の姿が映る。
いや、違う。それは仲間だった。仲間のはずだったのだ。何が彼を突き動かしたのかは分からない。だが、自分に斬りかかってきた次の瞬間には、目の前の仲間が……仲間でなくなっていた。
顔の皮が剥がれ、中からいやに黒いナ二カが現れる。そのナ二カはまるで意志を持っているかのように蠢き、自発的に姿を現そうとしている。
蠢くたびに皮は剥がれ、その肉体は明らかに不自然な動きを見せる。………そして、ソレは現れた。ソレは全身が黒かった。しかし、単に黒いわけではなく、滑らかな色だ。
光が当たるとその部分は濡れたような彩と光の反射を見せる。24フィートはある身長、目算でも200ポンドはあるだろう体重、それに加えて、顔はなく、両腕は針のように細かった。そのくせ長いせいでひどくアンバランスになっている。
腕が細いのにも関わらず足は太く、直径は5インチほどだ。さして長くもない太い足に細く長い腕、パーツのない貌…………これを化け物と呼ばずしてどうするのか?
天使や神どころか悪魔をさえ冒涜するような異形、決してこの世にあってはならない存在であり、今まで見てきた何よりもおぞましいモノ……それがコレだ。
喰われる――そう直感した。こいつは無理だ。逃れられない。自分はここで……このような冒涜的な存在の餌になって無様に貪り喰われるのだ。
そして、そんな光景にまともな精神が耐えられるはずもなく――
「あああああああああああああああああああああああああ!!!!????」
――簡単にその人格を破綻させた。今やこの男に意志も自我も感情もない。ただの、空っぽの人形になり果てた。
当然、動きを止めた化け物の隙を見逃すはずもなく、男は両手で固く握りしめたロングソードを胴体に突き刺した。
何度も、何度も、何度も、飽きもせずにただひたすら、確実に化け物を殺すために己を決して裏切らない相棒でかつて仲間だった小柄な男を串刺しにする。
―――
ああ、吐き気がする。こいつも、そしてあいつらもみんな――人の皮を被った怪物なのだ。安心してはいけない。油断すれば食われてしまう。
ずっと騙されていたのだ。今まで欺かれていた。その事実に気付かなかった自分と、身近な立場から自分を狙って舌なめずりしていた怪物共には憎悪と嫌悪しか感じない。
だからこそ殺すのだ。化け物に容赦などしない。していいはずもない。このおぞましいモノはこの世に存在してはならないのだ。
誰も気付いていなかった――いや、誰もが奴らに取り込まれたのだ! でなければ、あれらの狂った、嫌悪と恐怖を想起させる、神を、天使を、神聖という概念そのものを冒涜するようなあのおぞましい怪物共に気付かないはずがない!!
だから――俺が殺すのだ。俺が殺して、みんなを救うのだ。みんな取り込まれた。もう助からない。なら……せめて、怪物から解放してやならないと……。
―――
「死ね! 死ね! お前をぶっ殺してあいつを解放するんだぁぁあああ!!」
「おい! 何してんだよ!? やめろ! ……あ?」
暴れ回る仲間を止めようとした長身の男は……しかし、胸を背後から刺し貫かれていた。
「誰……が……あ、ああ……なんで、お前……」
最期に長身の男が見た光景は、血濡れたマチェットを右手に携えて、爛々と光る紅い瞳に壊れた笑みを貼り付けた仲間だった。
―――
全てが狂った世界を憎み、世界を狂わせた勇者を呪い、絶望の最中に長身男の意識は暗黒の底に沈んでいった。
もう二度と、苦しむ事のない向こう側へと沈みゆく男の意識。それは何故なのかは分からない。ただ一つ言える事は向こう側には何もないという事だけだ。
だが、それを悟った瞬間に男の意識は弾け飛んだ。まるで何かからの圧に、耐えられなかったかのように……。
―――
会場にいる客達は今目の前で起こっている出来事に理解が及ばず、ただただ恐怖のあまりに凍り付いていた。
しかし、知ってはならないものを識った彼らは気にも留めない。彼らの瞳には、そんなものは映らない。
ただ、怪物を殺すだけなのだから。
だが、マチェットを携えて笑っていた男は背後から忍び寄るもう一人男に気付かなかった。足音を気にして振り返ると――
「死ねえ!!」
――ロングソードを振りかぶった人型の怪物が、そこにいた。そして、成す術なく首を切られた男は宙を舞っていた。
だがそれも数瞬。間延びした意識は床に落ちると同時に途切れ、世界の底へと落ちていった。
――残ったのは、最初に気絶した男とロングソードの男、そしてナイフを持った男だけとなった。狂いきった二人が互いを睨み合い、いざ斬りかからんとしたところで異変が起きる。
そう、今まで姿を消していたノアが突如として現れたのだ。しかし、発狂した二人はノアに気付いていない。視界に入っていないようだ。
「……もう十分だ。ショーは終わり、君達の役割も終了となる。いい見世物だったよ、ご苦労様」
ノアはそう言って指を鳴らす。すると、男二人の様子が更におかしくなっていく。理解できない事を喚き散らしながら暴れていた彼らは、唐突に喉を押さえて苦しみだす。
体は崩れ落ち、悪魔のような形相を浮かべてもがいている。見れば分かる。窒息しているのだ。そのまま数分が経ち、もがいていた二人はいつしか動かなくなっていた。
「これでいいのだ、これで。ふふふ、中々に愉快なショーだったねえ……。生き残りも一人だけ。実にいい終わり方だ」
ノアは誰に聞かせるのでもなくただ呟き、己が殴り飛ばして気絶させた男に近づく。少し観察した後に、容赦なく男の腹を蹴り飛ばした。
気絶していたところにいきなり蹴り込まれた男は、衝撃に苦しみながら目を覚ました。中々に最悪な目覚めである。
「うっ……あ……て、てめえ……何しやが――」
「――黙れ」
ノアは男が悪態を吐く暇もなく、再度腹を蹴りこむ。男は再び受けた痛みに震えながら、ノアを睨みつける。
「なんだ? その生意気な目は。誰のおかげで今息ができると思っている?」
「どういう……ことだ?」
「周囲を見てみろ」
ノアはうずくまっている男の首を掴み、無理矢理立ち上がらせて周囲の光景を、悪夢のような地獄を見せつける。
「!? なんだ……こりゃ……」
「お前のお仲間はみんなとち狂って同士討ちを始めたよ。よかったな、おねんねしてるところを狙われなくてさ。ヴェイグファミリー8人の内、生き残ったのはお前ただ一人だよ」
「てめえ……何しやがった!? こんな事あるわけが…! てめえが何かしやがったんだろう!?」
「なんでも気に入らない奴のせいにするものではないな。まあ、それで正解なんだがね」
「この!!」
「だから、身の程をわきまえろと言っているだろう? ミズ―ル語が通じないのか?」
「あああ!!?」
ノアは男の右腕の関節を本来なら曲がらない方向に曲げ……そのまま、思い切りへし折った。骨が折れる鈍い音が会場に響き、悲鳴を上げながら男の右肘は非可動方向に捻じ曲げられた。
「お前は生かされているのだよ。理解した方が身のためだ。お前には役割があるのだからね」
「……役割?」
「そうだ。お前にはやってもらう事がある。それは――」
——我々ミズガールの民が母語とするのはミズール語だ。だが、ミズール語以外にも当然言語は存在する。その多くは人間族が長い歴史を経て体系化されたものだが、龍族や精霊族、あるいは天使、悪魔といった存在が紡ぐ言葉には特別な力が宿る。魔法の中には、これらの言葉、『魔法言語』を用いるものも存在している。魔法言語を用いた魔法は総じて強力で凶悪である。ほとんどの場合、魔法言語を用いた魔法である『深術』は禁術に指定され、深術を扱う者は黒魔導士として追われる身となる事を忘れてはならない。
——フレデリック・ディック・アッシュワース著『我が祖国の害敵達』より
はい、約一か月もお待たせしてすみませんでしたーー!! 色々やってるせいですな。なんとか調整していきます。
ちなみに、作中の単位は大体以下の通りです。
5cm=1インチ 3cm=1in(インチ)
25cm=1フィート 36cm=1ft(フィート)
1m=1ヤード 1.08m=1yd(ヤード)
次回も遅れるかもしれませんが、なるはやで書き上げます!! では、次回で会いましょう!
A.D.2021/6/5 追記
ヤード・ポンド法の表記を訂正しました。
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