寝たきり勇者の冒険譚

~部屋からもベッドからも出たくないので、強そうな女の子に魔法をかけて操り、魔王を倒します~
葦原 仁月
葦原 仁月

第7話  息抜き

公開日時: 2021年7月17日(土) 18:00
文字数:5,458

 グレゴリー・ロドリゲスの襲撃から約1時間。今度は何事もなくノアの屋敷に到着した。門の傍にはカリーナが控えていた。どうやらノア達を待っていたようである。


 ノアが門に近づくと、カリーナが挨拶を口にする。


「おかえりなさいませ、ご主人様マスター。御無事で何よりでございますわ」


「ただいま、カリーナ。途中で一度襲撃されたが、撃退したよ」


「まあ。ご主人様マスターを襲撃するなんて、無知は恐ろしいものですわ」


 カリーナは嗤う。その美貌を歪ませて、けれどその身を震わせて、妖しい笑みを貼り付けて。愚か者の無知を嘲笑う。実に愉快だ。自然と笑みを浮かべるほどに。


 だが、いつまでも主を待たせるわけにはいかないのだ。新たに従者が増えたのだから、早急さっきゅうに教育する必要がある。


 カリーナはその身を抱きならがも直ぐに落ち着き、二人を先導して案内を始める。主が連れてきた少女は、言っては何だが少々汚い。


 いや、定期的に風呂には入れられていたのだろう。しかし、埃まみれだ。貴族のくせに細かい事はどうでもいいと断じる主と違って、カリーナはわりと繊細なのである。


 なので彼女には風呂に入ってもらわねばならない。主が気にしなくても自分が気にするのだ。この屋敷における使用人の長は自分であり、以降は主の直属なのだとしてもある程度は言う事を聞いてもらわねば困るのだ。


 三人は屋敷に入り、一階の玄関正面から向かって右端にある浴場へ向かう。カリーナはノアに少女の入浴について許可を取り、ついでに主もどうかと提案した。


「俺もか? 一人でゆっくり入りたいんだが……」


「年頃の娘と風呂場で二人きりですよ?」


「お前それ本気で言ってる? 俺はな、風呂は一人でゆっくり浸かりたいんだよ」


 ノアはカリーナに白い目を向ける。昔からカリーナはこういうところがあるので、たまに困らされるのだ。それなりに厄介なのである。


 そもそも本人がいないならまだしも、目の前でこういう事を言うのがカリーナである。外ならしっかりしているが、身内の前ではデリカシーが少々欠けるのだ。


 その証拠に——


「うぁ……」


 ——ラヴィーネが赤面している。何を勘違いしたのか、顔を赤らめてノアの股間をちらちらと見ている。本人は両手で目を隠しているつもりなのだろうが、全然隠れていない。


「……」


 ハッキリ言ってこの状況はなんだ? 何故自分が、二人とはいえ他人のペースに乗せられている? なんにせよ、まずはラヴィーネを現実に引き戻すべきだろう。


「おい、ラヴィーネ。おい!」


「え? ハッ!?」


「さっさと風呂入ってこい。ゆっくりでいいから」


「は、はぃ……」


「では、早くサッパリしましょうか~」


 そうしてカリーナとラヴィーネの二人は浴場に姿を消して行った。嵐をもたらすようなカリーナがその場から去った事で、ようやく静寂が——


 ガタンッ!! ガラガラ……


 ——訪れたはずだった。浴場の奥から「ちょ!? 何やってるんですか! マスターに怒られるのは私なんですよ!?」とか「知りませんよ! 風呂場でふざけるからこうなるんです!!」などと騒いでいる声が聞こえてくる。


「はあ……。シャーリー、いるか?」


「ここに、マスター我が主


 ノアが一声かけると、物陰からシャーリーと呼ばれた女が姿を現し、綺麗なカーテシーを決める。


 茶色のワンピースに白のエプロンを組み合わせたエプロンドレス姿で、夜空のような黒髪を背中に流していた。


「二人が何かやらかしたようだ。後で浴場の確認を頼む」


「かしこまりました。……ところで、メイド長まで…?」


「多分な。まあいつもの事だろうさ」


「彼女にも困ったものです。少しばかりはしゃぎすぎなきらいがありますわ」


 そう言ってシャーリーは、「それでは、失礼いたします」と言い残して物陰に姿を消した。その瞬間にも、彼女の気配は霧散する。


 それを確認したノアは、今も浴場ではしゃいでいるであろう二人を待つためにリビングへと向かう。少し長くなるだろうが、待つ事には慣れているので何の問題もない。



―――



「それじゃ、早くお風呂に入りましょうか」


「あの」


「何かしら?」


「貴女は…?」


 ラヴィーネの言葉を聞いてそういえばと思い出す。互いに自己紹介をしていなかった。カリーナは着替えながら自己紹介をする。


「私はカリーナ。ここ、ガルシア邸でメイド長をやっているの。と言っても、使用人は女しかいないのだけどね」


 「だから、実質的にはここで一番偉いのよ?」と言いながら、カリーナはラヴィーネが少し意識を逸らした隙に一糸纏わぬ姿となっていた。


 高めの身長と豊満な胸、肌は艶があってとても美しい。女であるラヴィーネから見ても、ふとした時に心を奪われてしまいそうになるほどだ。


 ラヴィーネは頬を赤らめつつも、しっかりと自己紹介を行う。


「私はラヴィーネ・エーデル。元探索者シーカーです」


「あら、探索者シーカーだったのね。所属は?」


「”白の蹄鉄”でした」


 探索者組合シーカーギルド「白の蹄鉄」。ギルドと言えば直ぐに名の挙がる五つのギルドのうちの一つで、ラヴィーネの古巣でもある。


 五大ギルドの中でも中堅どころであり、かなりの人気を誇っている。


 ラヴィーネはそこに所属する探索者シーカーで、奴隷などとは無縁のはず。どういう事かというと、どうやらきな臭いようである。


 何でも一か月程前にとある一団が接触してきたそうだ。その一団はどこから持ってきたのか、相場よりも高めの報酬が設定された案件を持ってきた。


 その依頼を受けたはいいが、事前に聞いていた情報を上回るレベルの魔物モンスターと遭遇し、依頼は失敗した。


 何とか街に戻ると、何故か依頼人の一団が武装して待っていた。どうやって知ったのか依頼を失敗した事を引き合いに出され、契約の通りに奴隷とされかけた。それはもう、最初から仕組まれていたのではないかと疑うほどに早い流れだったのである。


 いざ拘束されようかというところで抵抗し、何とか数人は始末できた。だが、そこまでだった。己の身に宿る血の力。それさえも暴走させようとしたが、ハービヒトによって阻止されたのだ。


 そして例の活力を奪う魔法等デバフがかけられた手錠を嵌められ、囚われたのだという。

今思えば出来過ぎである。


「それはまあ……大変だったんですね」


「ほんとですよ。まあ、ご主人との縁ができたのであまり悪く言えませんけど」


 二人は脱衣場から浴場に移る。そこには町の風呂屋のように、桶がピラミッド状に積み重なっていた。


 カリーナは何を思ったのか、ここで唐突にふざけ始めた。


「とーこーろーでー」


「? どうしました?」


「中々いい身体してるじゃないですか~」


「ハァ!?」


 カリーナは両手をワキワキと動かしながらラヴィーネに迫る。場が場なら事案である

(普通に事案である事に触れてはいけない)。


 ラヴィーネは当然の如く後ずさる。彼女の瞳に己の上司興奮する変態が映り、恐怖したのだ。


 ……が、ラヴィーネの背後には積み重なった桶があった。彼女はそれに気付かず、カリーナは触れず、結果——


「キャッ!?」


 ガタンッ!! ガラガラ……


 ——桶の山に背中から突っ込み、ラヴィーネは桶の山に埋もれる事になったのだ。

 当然、ラヴィーネは抗議する——よりも先に、カリーナが文句をつけてきた。


「ちょ!? 何やってるんですか! マスターに怒られるのは私なんですよ!?」


「知りませんよ! 風呂場でふざけるからこうなるんです!!」


 だが、被害者であるラヴィーネにとってはどうでもいい事なのだ。元凶に文句を言われても、説得力など皆無なのである。


 無慈悲にも「自分で片づけてくださいね」と言い残し、ラヴィーネは体を洗い始めた。泣き言を言いながら桶を片付けるカリーナを尻目に、ラヴィーネは思う。


 まるで物語のようだ、と。


 そう多くは読んだ事はないものの、物語はあくまで作られたお話であり、作者にとって都合のいい展開が演出されるものだ。


 彼女にとって、今の状況は十分に”それ”を疑う根拠になっていた。少し都合が良すぎないか? と、そう考えずにはいられないのだ。


「ふう……」


 体を洗い終わった後、浴槽に張った湯に身を沈める。ゆっくりと四肢を伸ばし、疲労が溜まっていたのだと苦笑する。


 と、そこにカリーナがやってきた。桶を片付けて体を洗え終えたようだ。縦7yd、横4ydの広い浴槽の、ラヴィーネの対面になる位置で湯に浸かる。


「難しい事を考えている顔ね。今置かれている自分の立場について……かしら?」


 ただの変態かと思ったがそうでもないようだ。カリーナが指摘した事は、正しくラヴィーネの思考を言い当てたのである。仮にも元とはいえ、探索者シーカーであるラヴィーネにとっては驚愕だった。


 彼女は今まで自分一人で生きてきた。10年前に家族を喪って以来、己の身一つで生活してきた。当然、他人など信用に値しない。会話も最小限に留めてなるべく他者と関わらないようにしてきた。


 表情はとうに固まっており、ギルドではよく不愛想だと言われていた。無表情で、感情や思考を表に出さない。だからこそ驚いた。目を見開き、視線をカリーナに固定するほどに。


「……分かるんですか?」


「ええ、貴女は特にね。『自分は無表情』って油断してるから」


 またもや驚愕である。まさか、表情を読んだというのだろうか? 今までとは違う。それを改めて認識した気がする。


 「人が計れるのは己に満たぬ者達に過ぎぬ」と言うが、まさしくその通りだ。少し、楽しいくらいである。


「やっぱり、”違う”んですね。面白いです」


「まあ、私もご主人様マスターも”普通”とはかなり違うからねえ。貴女が今まで関わってきた人達は、あまり物差しとして使い物にはなりないと思うわよ?」


「そのようです」


 ふふふ、と二人で笑う。案外気が合うのだろうか……?


「後少ししたら出ましょうか」


「そうですね。のぼせる前に、ね」



―――



 ドアノブに手をかけると、ギィと音を立てて開く。そのまま無言で部屋へと入り、後ろ手にドアを閉めた。部屋にドアが閉じる「バタン!」という音が軽く響き、直ぐに静寂が戻る。


 部屋に入るが止まらず、奥にある窓に向かって進む。閉められたカーテンを開けば、窓の外に深い暗闇と、それを照らす月光が広がる。


 窓越しに空を見上げ、月を見る。今夜は三日月で、どこか妖しげな雰囲気を感じる。それは今日になってようやく”始まった”が故の達成感にも似た感覚がもたらす錯覚に過ぎないのだが、彼にとってはどちらでもよかった。


 彼、ノアは10秒ほど無言で月を眺めると、今度は月に背を向ける。そして部屋の中央にある机に向ける形で設置された多人数用のソファーに腰掛ける。


 深く体重を預け、しばし目を閉じる。こういう時間はとても大切だ。ノアはそれをよく理解している。カリーナとラヴィーネの二人が来るまで、ゆっくりとくつろぐのだ。


 普段から眠ってはいても、「それはそれ、これはこれ」なのだ。冬になれば暖炉に火をつけて、パチパチと薪の燃える音を聞きながら微睡むのだ。中々に心地いいものである。


「ん~」


 抜けた声を上げながら、体を伸ばす。今日は久しぶりに外出をしたせいか、少しばかり疲れているようである。「鈍ったな。どこかで鍛えておかないと……」と呟きながら、今度は寝転がる。


 そして、思う。ハービヒト、かなりの大物だった。何故自分にへりくだっていたのか分からないほどに。そういう演技なのだろうか? あれほどの人物なら、もっと傲慢な立ち振る舞いも許容されるだろうに。


 自分にはよく分からない。と、そんな事を考えていると静かな部屋に「グ~」という音が鳴った。知らぬ間に空腹になっていたのか、ノアの腹の虫の音だった。


「……今日の夕飯はなんだったか。あ、ラヴィーネの分もあるだろうな……?」


  自分の分はともかく、今日連れてきたラヴィーネの分もちゃんと用意があるのか気になったノアは、それを確認してみる事にした。食事を作る者に直接聞くのだ。


 ノアは体を起こし、是非を問いかける。


「シャーリー、今いいか?」


「勿論でございますとも、ご主人様マスター


 ノアが虚空に向けて問いかければ、間を置かずに返事が返ってくる。ガルシア邸の家事担当の代表であるシャーリーが姿を現したのだ。彼女は物陰から静かに現れ、恭しく一礼する。


「シャーリー、ラヴィーネの分の食事だが……用意は問題ないよな?」


「当然でございます。以降ご主人様マスターの直属になるとはいえ、可愛い後輩のようなものですから」


「そうか、ならいい。急に呼びつけてすまなかったな」


ご主人様マスター私共わたくしどもは貴方様の従者です、謝罪など不要でございます」


 シャーリーはそう言って微笑む。この屋敷にいる者達は自分達が仕える主のこういうところが好きなのだが、作法で言えば褒められた事ではないのだ。


 それはそうと、丁度主に知らせようとしていた事があった。シャーリーはノアに「お知らせします」と前置きして、それを話す。


「つい先程、メイド長とラヴィーネが浴場を出ました。御命令通り浴場内部を確認しましたが、異常は見られませんでした。恐らくはメイド長が片付けたのだと思われます。私が二人を御案内致しまょうか?」


「案内はいい。カリーナに俺がリビングにいる事を教えて仕事に戻ってくれ。今日はラヴィーネと二人で食べようと思うから、そのつもりで。あ、どうせだから少しばかり豪華にしてくれ」


「かしこまりました。そのように手配します。それでは、失礼致します」


 そう言ってシャーリーは再び物陰に姿を隠し、それと同時に彼女の気配が消える。二人にノアがリビングにいる事を伝える為だ。


 後は食事を済ませて、カリーナも交えて三人で今後の話をする。それで今日は休む事にしよう。そう思い、ノアは再びソファーに寝転がったのだった。

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