天国のジレンマ…殺されない死刑囚の憂鬱と、殺したい看守の焦燥

世界で一番ゴージャスな監獄に暮らす優雅な殺人犯についての記録
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海の光にたゆたう華麗な牢獄の優雅な人魚 3

公開日時: 2021年4月27日(火) 20:02
文字数:1,387

「センター長、お疲れさまです」

几帳面そうな細面の守衛は、フロントデスクの椅子からサッと立ち上がるなり背筋をピンと一直線に伸ばすと、右手をヒタイの前にかざして、いわゆる最敬礼のポーズを取った。


センター長は「よせやい、オオゲサな」とヒラヒラ手を振り、ザックバランな口調で、

「新しく入ってもらった新田君。正式な配属は明日からだけど。今日はレクリエーションってことで」

と、言ってから、今度はオレに向かって、

「彼、ここの守衛室長の黒柳くろやなぎ君。若いけど、ここのことは何でも心得てるから。頼りにするといいよ」


見かけはオレと変わらない年頃なのに、「ここ」での役付とは大したもんだ。

とはいえ、さすがに敬礼を返すのは気恥ずかしかったので、オレは、制帽を脱いで一礼をした。


黒柳は、茶色い瞳をまんまるく見開いた。

「ああ、姫川ひめかわさんの後任の……」

そこまで言いかけてからハッとしたように口をつぐむと、やっと思い出したように右手をおろした。


看守以外の警備スタッフ専用の制服に決められているらしいベージュの詰襟つめえり。一番上のホックまでキッチリ留めてあるのを見ているだけでオレの方が息苦しくなってきそうなんだが。


黒柳は、……小柄な体格も相まって……リスやハムスターなんぞの小動物のタグイを連想させる小作りな造作の細面に如才のないリラックスした笑顔をのぞかせ、

湯滝ゆだき主任なら、中にいますよ。呼びますか?」

先まわりして聞くなり、センター長の答えを待たずに勝手にインターホンの受話器を手に取る。


センター長は、「ああ、うん、エヘン」とカラんだタンを切るようにノドを鳴らしてアイマイに返事をした。


どうもこのセンター長、フランクでキサクな好人物なのが、かえって威厳や貫録に欠けるせいで、部下たちの人望を得られないタチなのか。

それとも、黒柳の尊大にもみえる自負心が、長幼の序をないがしろにしているだけなのか。

そのいずれも的を射ているような気がした。


「え、……いいんですか、そっちに連れてっちゃって?」


事務的な短い言葉で通話していた声色を急に裏返して、黒柳は、チラリとオレを振り返った。


「……そうですか。湯滝さんがそう言うんなら、まあ。……了解です」


受話器を置くと、意味深な目つきをしてみせながらセンター長に、

「新田君を中に、って。湯滝主任の指示です」


「そうなの? まあ、でも、主任がそう言ってるなら……」

センター長は、さっき黒柳が電話ごしに話していたセリフをそのまま繰り返して、うなずいた。


黒柳は、すぐに如才のない笑顔で、

「じゃあ、新田君。中に案内するから。ついてきてもらえる?」

短い言葉でうながすと、サッサと守衛室の奥の自動ドアの前に立ち、慣れたブラインドタッチでテンキーの操作を見せつけてロックを解除する。


おそらくは無意識のうちに、スキあらば誰に対しても自分がイニシアチブを握ろうとするのは、小動物めいた小作りな容姿にでもコンプレックスがあって、その反動で人一倍に権力欲や功名心が強かったりするのかもしれないなどと、オレは、フロイトよろしく考察したものだったけれど。

けっこう当たらずとも遠からずだろう。


「私は、ここで待たせてもらおうかな。黒柳君について行っといで、新田君。大丈夫、大丈夫」

センター長は、自分自身に言い聞かせるように語尾を繰り返した。


「分かりました」

と、軽く頭を下げてキビスを返し、オレは、黒柳を追って守衛室を出た。


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