重く気だるいマブタを開くと、見知らぬ白い天井が目に入った。
同時に、消毒の匂いがツンと鼻につく。
柔らかい毛布のぬくもりと清潔なシーツの肌触りが心地よくて再び目を閉じてしまいそうになりかけたけれど、復讐の二文字によって鍛えられてきた自制心がオレの上体を強引に起こさせて。
不意打ちしてきたメマイの残兵に抗いながら、慎重にベッドを降りた。
リノリウムの床のヒンヤリした冷たさが靴下を通しても伝わってきて、思わずブルッと身ぶるいする。
ベッドの下をのぞき込むと、茶色の革靴が揃えて置いてあった。
右のウィングチップの一部分に乾いたシミが付着している。オレ自身の血痕だろう。
―――おろしたての新品だったのに……
イラつきながら、両足をつっこんだ。
気付けば上半身は裸だった。
簡素なパイプフレームのベッドとサイドテーブルだけが置かれた殺風景な小部屋。
―――どれくらい気を失っていたんだ、オレは?
時計すら見当たらないし、窓もないので外の様子もうかがえない。
けど、ここがセンター内の病院の一室だとは容易に察しがつく。
右耳に手をやると、予想どおり、分厚く巻きつけられた包帯の感触があった。
局部麻酔がまだ効いているのか、患部の周囲がいっせいにシビれた感覚に陥っている。
おかげで、噛みちぎられた耳たぶを無事にくっつけてもらえたかどうかも、判断がアヤしい。
枕元のナースコールのボタンを無視して、オレは、壁のフックに引っかけてあった白衣を勝手に素肌に羽織ると、ドアの外に出た。
向かって右にはすぐ踊り場と上下に続く階段が見え、左には廊下が伸びていた。
視界に人影はないが、明らかに人の気配はある。かすかな細いうめき声が、遠く近く、断片的に重なって聞こえてくるからだ。
オレはすぐに、蛍光灯の白けた照明に浮かび上がる細長い空間に、無造作に靴音を響かせながら、足を踏み出した。
廊下の片側に等間隔に並んだドアを、近いほうから開けて中をのぞく。
オレが抜け出てきたのと全く同じレイアウトの個室のベッドに、水色の病衣を着た男が横たわっている。
ヤケに荒い息をたてているが、寝顔は安らかで、若い。20代前半といったところか。
点滴につなげられた右腕は、肩からヒジまで包帯に覆われている。
ベッドの足元にネームプレートがあった。
『南房・1919号』
ここ「緋連沢社会更生促進センター」の一般ユニットの監房は、東西南北の棟に区分けされている。
つまり、この患者は、その南の施設から入院してきた囚人の1人なんだろう。
南房には、20才から30代までの囚人が収容されているはずだ。
オレは、次々に他の病室もコッソリのぞいてみた。
患者の傷病の具合はそれぞれに異なり、男性だけでなく女性もいた。
手足をギプスで固めている者や、頭部や顔面を包帯で包まれているのもいた。
苦しそうに顔をゆがめてうめき声をあげている患者も少なくない。
すべての患者に共通することは、ネームプレートに『南房』の表示があったことだ。
いかに血気さかんな若い囚人だらけとはいえ、まがりなりにも刑務所内の病院だ。
こうも多くの重傷人が入院しているのは、いささか異常なことではあるまいか?
オレは、不穏な胸の高鳴りをおさえながら、廊下のツキアタリにある最後のドアを開けた。
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