『ブロンド・モーメント』という俗語がある。
「ボーッとしてアタマがまわらない」というような意味らしいが。
ゴージャスな金髪に出くわしたとき、ひとりでにノボせて見惚れてしまう世の男どものサガを揶揄したものか。
事実、あの華やかな密室に初めて足を踏み入れた日、天窓のガラスの色を吸って青ざめた日の光を圧倒するかのように、輝きを照り返していたプラチナブロンドを目にした瞬間、オレは不覚にも、たちまち茫然となってしまった。
念願かなって、ようやくヤツの独房に配属されたのは、23歳の春だった。
初めて訪れた日、支給されたばかりの新しい制服は、ノリが効きすぎていて。
一般受刑者ユニットから特殊厳戒独房専従ユニットとやらに続く渡り廊下を歩く間も、ヒジやヒザやらの関節が窮屈な感じがしていたから。ぎこちない挙動に見えただろう。
隣に肩を並べていたセンター長は、肉づきはいいが小さな手で、オレの背中をポンポンと2回たたいた。
「なに、そんなにシャッチョコばらんでも。平気だよ、新田君。何かトラブルが起これば即座に対応できるように、専門のチームが24時間体制で常駐してるからね。非常ボタンひとつで隣の部屋から飛んでくる。そのへん心配ないから。安心して」
「はい。ありがとうございます」
「なんでも事務的にやってりゃいいんだから、淡々と。一般ユニットの仕事より気楽なくらいなもんだ」
「まさか」
「いや、本当本当。……君は気に入られるよ、きっと」
人当たりのよさげな丸い顔をほころばせてチラリとオレを見上げる。
そのまま他愛のない会話のキャッチボールを続けたがっているテイだったが。値踏みするような上目づかいが不快だった。
だいたい、「気に入られる」ってイイグサはなんだよ。
囚人のオメガネにかなわなきゃ、看守の業務に支障をきたすとでも? ふざけるな。
残念なことに、オレはポーカーフェイスが得意じゃない。
それきりクチビルを引き結んで黙りこくったオレの横顔から何を感じとったものか、センター長は、キマリ悪そうなカラ咳を力なく「ケフン」と漏らした。
それから、勤務シフトだの食事休憩だの有休だのアタリサワリのない就業規則なんかをポツリポツリと教えてくれた。
この若干メタボ気味な愛想のいい好々爺にとって、まさしく「アタリサワリのない」日常こそが絶対の生活信条なんだろう、と。
このときオレは決めつけてかかったものだったけれど、以後その先入観は少しも変わらず、確信を増すばかりだった。
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