なるほど、実際、そこは予想をはるかに超えるゴージャスな独房だった。
軽く100平米はあるだろう六角形のフロアを覆っているのは、靴が沈むほど毛足の長いロイヤルブルーの絨毯。
ロココ調とでもいうのか、西洋のお城まがいのデザインの壁紙。
そのほとんどを占め尽くす、造りつけの重厚な本棚。
さらに、壁付けの大型ディスプレイと音響システム。
まだ上映を開始して間もないはずのハリウッド製の新ヒーローの姿が高解像度で鮮明に映し出され、重低音の効いた音響が派手なアクションシーンを演出している。
監獄にいながら最新映画を鑑賞できる、特等席には革張りのソファー。
プライベートシアターの後ろには、彫刻の入った一枚板のマホガニーの円卓と数脚の椅子のセット。
さらに奥には、凝った刺繍入りのフランネルでメイクされたキングサイズのベッド。
それも、銀の天蓋に深紅のビロードのカーテン付とくるから呆れるしかない。
フロアの一隅には大理石のパネルが敷き詰められていて、オトナの肩ほどの高さの半透明のパーテーションでスペースを仕切られている。
どうやら、バスルームらしいが。
清潔なシャワートイレのそばには、きっとブルジョア趣味の猫足のバスタブなんぞが鎮座ましますであろうことは、見るまでもなく明らかだった。
フロアの上空は天井に向かうほどせまく、円錐状にシボられている。
空間の形状としては、ちょうど、芯の尖端を上にして、垂直に立てた鉛筆と同じような格好。
"モグラ"対策に床が上げてあるとはいえ、それでも最上部の天窓まではかなり高さがある。
途中に梁がめぐらされ、照明と監視カメラが設置されている他はさえぎるものが見当たらない。
黒柳がボヤく気持ちも分かる。
ダイナミックな吹き抜けの壮麗なワンフロア。
これが今、日本国内で最も危険と恐れられている死刑囚のために特別に設置された、隔離監房の実態……
吹き抜けのテッペンをふさぐのは六角形の天窓。
密閉されたフロアで屋外の光を採り入れることができる部分はその一か所だけだという事実が、かろうじて、ここが牢獄であるという体裁を保っている。
窓には青いガラスがハメ込まれている。
そういえば、フロアを照らす間接照明も、みんな青味を帯びている。
たしかイギリスだったろうか。
たまたま美観目的に商店街の街灯の光をいっせいに青くしたら、なぜか犯罪の発生率が激減したとか……
刑務官試験に合格したばかりの当時、初等科研修の合間の息抜きに教官が話してくれたのをふっと思い出した。
青い色を見ると視床下部が刺激されて、癒し系ホルモンの脳内分泌を促進するので、衝動的な犯罪の抑止に効果があるんだとか。
それにならって日本でも、各地で青色防犯灯を採用した自治体が、実際に目ざましい成果をあげているとも聞いた。
"六角堂"に降り注いでいる穏やかな青い光も、もしかしたら、ここに封じ込めたバケモノの荒ぶる魂を安らかに鎮静する効果を期待しているのかもしれない。
けれど、上空高くに仰ぎ見るせいで実際の大きさよりずっと小さく感じられる天窓からだけ零れ落ちてくる外光は、ガラスの色をまとって鮮やかに青く彩られても、深い吹き抜けをゆるゆると沈んでくるうち濃密さを増す陰影に濾過されて、日の暖かさを削られた光の粒子は、無機的な透明感だけをそらぞらしく浮き立たせて。
フロアの中央を現実離れした空間に演出する。
なんなら、かえって、得体の知れない胸騒ぎをモヤモヤとカキたてるほどで。
いや。いいや。……はかなく漂うだけの色彩に、本当は何の罪科があるものか。
そこに何もない純粋な「空間のみ」だったなら、きっと、この天窓を青く染めることを思いついた設計者の思惑どおり、オレを安らかな気分にさせる生理的な効能を発揮したハズなのに。
癒しの色光を不穏の温床に錯覚させてしまうだけの存在が、そこにあったから。オレは、おもわず足をすくめたんだ。
まばゆい日の光を不穏の陰影に染め変えるほどの、……まるで、深淵。
透明なのにアイマイな青……あまりにクリアすぎるから、かえって、底までの距離が見当もつかないんだ。
手が届きそうに見える水底でも、実際には途方もなく深いのかもしれない。
不用意に飛び込めば、どこまでもどこまでも沈んでしまいそうな……
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