渡り廊下の壁は全面に素通しの強化ガラスがハメ込まれていたから、昼前の明るい日差しだけで照明は充分に間に合っていた。
なだらかな丘陵の斜面を彩る鮮やかな新緑を一望に臨める。一般ユニットの受刑者たちによって丹念に手入れされている植栽だろう。
その中腹あたりからスソ野の平地にかけて頑強な鉄のフェンスで囲まれているのが、ここ「緋連沢社会更生促進センター」の全容だ。
管理ユニットや職員宿舎用の高層マンション6棟等を含め敷地面積にしておよそ50万平米……配転研修のときにもらったパンフレットによれば、東京ドームの10倍あまりの広さだとか。
犯罪傾向の低い比較的軽微な犯罪を犯した受刑者を常時およそ二千人ほど収監し、それぞれの適性を加味して様々な職業訓練に取り組ませたうえで、社会復帰に充分な職業技術と免許や資格を習得させる更生施設であり、北関東では唯一の「官民協働」の刑務所だ。
土地と建設にカラむ負担は国が、センターの実質的な運営は全て民間の業者の手による。
ここが、およそ一般的な刑務所のイメージとはオモムキの違う、……鉄格子さえなければ……新興の私立大学のキャンパスなどと偽られても信じてしまいそうな開放的で明るい雰囲気がただよう施設であるのは、そういった背景があるからだ。
一般受刑者の収容棟から、集中警備システム棟を間に介したガラス張りの長い渡り廊下を通りぬけた先にある"独房専従ユニット"も、また、外観だけ見れば、あるいはクリスチャン系の学校で見かける礼拝講堂あたりに見えなくもない。
一般建築より堅牢な資材を用いた鉄筋コンクリート造りの……といってしまうと色気もないけれど、壁にはレンガ様のパネルが敷き詰められて瀟洒な白亜の光沢を放っている。高さ10数メートルほどの六角柱の形状を成す建物の上に鐘楼のごとく高い塔が乗っかっているが、備えつけられているのは金無垢の十字架でも清らかな音色を奏でる鐘でもなく、死角ゼロが謳い文句の高性能の監視カメラと、耳をつんざく非常サイレンのスピーカーである。
白亜の壁を気取るレンガ様のパネルも、もちろん、警備システム部の危機管理プログラムによってシミュレートされうる範囲の銃撃や爆撃……火炎ビンだの、アーカー(AK-47)だの、C4とかプラ爆だの……には持ちこたえられる強度と防炎性を持った特殊なセラミック合金だったりするわけだ。
渡り廊下の突き当りにたどりつくと、まず、ドアノブや取っ手の見当たらないフラットな金属扉の横の壁面にハメ込まれたセキュリティロックのカードリーダーにIDカードをかざす。
次に、個々に指定されている暗証番号を指紋認証も兼ねるテンキーに打ち込むと同時に天井に設置されたCCTVカメラを通じて顔認識システムの照合が行われる。
さらに、内部の警備スタッフによるモニターチェックもクリアーすれば、扉の内側に常駐している守衛が、守衛室のそこかしこに組み込まれている制御装置盤のスイッチとレバーのいくつかを慎重に順番どおりに押してロックを解除してくれる。
薄いながらも強固な鉄板を芯に内蔵する扉が、プシュッとエアシリンダー音をきしませながら横にスライドすると、特殊厳戒独房専従ユニット棟……通称"六角堂"……の、1か所しかない出入口が、ようやく開くのだ。
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