六角堂の内部の構造は、まず外周に沿って、2階までいくつか部屋がある。
さっきの守衛室は、1階部分にある部屋のうちのひとつ。
それらの空間の内周に、移動用の通路がグルリと一周している。
窓のない壁面に点々と据え付けられた照明の光量は控え目で、最上部はボンヤリと薄暗くてハッキリ見えない。
ずっと天井まで吹き抜けになっているんだろうけど。
ビニール系のシートを貼った固い床の上を歩く2人の革靴の底は行儀よく静まり返っている。
「この通路の屋上に、地下水をくみ上げるデッカい取水ポンプがあるんだけどね。なんでだか分かる、新田君?」
オレより一歩先を進みながら、しばしば横顔だけ向けて話しかけてくる黒柳の声も、不自然なくらいに全く反響しない。
吸音仕様の壁材を使用しているとかだけでなく、雑音をみずから積極的に打ち消しにいく干渉型のアクティブ・ノイズ・コントロール装置が取り入れられているように察せられた。
「さあ? 火の用心じゃないんですか」
つとめて興味深そうに問い返したつもりだったのに、消音システムを介して戻ってくる自分の声は、我ながら、いつも以上にサメて乾いた響きだけを残して聞こえた。
黒柳は、したり顔で首をふる。
「いやいや。防火目的ってのも副次的な意味ではアリなんだけど。本来の目的は、いざって時にイッキに大量の水を流して、通路をまるごと水没させちゃおうっていう」
「まさか。脱走した囚人を水攻めに、とか?」
もっとも、ヘキサゴンに収容されている囚人は1人だけだが。
「脱走囚じゃなく、外部からの侵入者への対策だね。"ヘキサゴンの天使"には、イカレたファンがゴマンといるから。守護者気取りで押しかけてくる過激派がいつ襲ってくるとも限らない」
クツクツと皮肉っぽい笑い声をたてながら踊り場に向かうと、1足飛びにピョンピョンと階段を駆け上がる。
オレも1足飛びに、……ただし、たしかめるようにステップを踏みしめながら、……彼の背中に向かって聞いた。
「2階なんですか、独居房は?」
「2階っていうか、1階半ってとこかな。ヘキサゴンの中央部の床は上げ底なのよ。分厚い鉄板を何層も積み上げてコンクリでガッチガチに固めて。その上に独居房があるの。モグラがトンネル掘って入ってこないようにね」
モグラとは、つまり、地下からの侵入者ということか。
オレは、素直に感心してみせた。
「さすがですね。国内最高の警備システムとは聞いてましたが」
階段を上りきると、黒柳は、容貌に似合わないシニカルな笑みをまた漏らして、
「最高なのは警備だけじゃないぜ。特注の高級インテリアと最新の家電を完備。吹き抜けのワンフロア独占。おまけに三食昼寝付き。ヤツの代わりにオレがブチこまれたいよ、いやホントに」
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